106 雁木マリは武力解決手段に訴えることを提案しました
一方的主張を繰り返すばかりで要領を得ないゴルゴライの者たちを引き下がらせた後、俺たちは宿屋の寝床でじっとしていたニシカさんのところに向かった。
ニシカさんは外の様子が気が気ではなかったらしく、そわそわしていたらしい。
「おおっシューター、いいところに帰ってきたじゃねえか!」
「表で話は聞きましたよ、ゴルゴライのデブと揉めたらしいじゃないですか、やっかいな事になっていますねえ」
「すまねぇ、オレのせいでとんでもねぇ事になっちまって。責任を取って俺が出頭しようかと思ったんだけどよう、カサンドラに擦り付ける様な結果になっちまって……」
ツダから戻ってきた俺たちに、長耳をしおれさせたニシカさんがうな垂れてそう返事をしたのである。
聞けば、時間が立つにつれて徐々に責任を感じていたみたいだ。
◆
彼女は今回の事件があってすぐ、ナメルシュナイターと取り巻きがやって来たところですぐにも自分から出頭しようと思ったらしい。
「オレの投げたナイフで怪我をした不埒者が、ここの領主の馬鹿息子だっただとぉ?」
当然、護衛として当たり前の対処をしたニシカさんが、その程度の事で動じるはずもなかった。
「そそ、そうなんですよう。表でニシカさんを出せとゴルゴライの騎士さまという方が声をあげていて……」
「上等じゃねえか、あろう事か貴人の全裸を覗き見しようとした様な大馬鹿者ごときに、この飛龍殺しのニシカさまが怖気づくとでも思ってるのか」
「さすがおっぱいエルフなのです。ニシカさん、ひとこと文句を言ってくださいなのです!」
腕まくりして憤慨したニシカさんに、ようじょも強く賛同したらしい。
けれどもカサンドラはそれを制止した。
「いけませんニシカさん!」
「何でだよカサンドラ」
「がっ外交使節団の留守居役をお預かりしているのはこのわたしです。責任はあくまで、わたしにありますっ」
「んな事言ったってどうするんだカサンドラ。ああん? オレさまがぶちのめして黙らせてやればいいのよ」
「それは駄目です」
キッパリとニシカさんを否定した俺の正妻は、その時ひどく怯えた表情をしていたらしい。
けれども俺たち夫婦がお揃いで持っている護身の短剣に手を当てて深い息を何度も繰り返し、改めて振り返るとこう宣言をしたらしい。
「事情は責任者として、わたしがこれから説明します。村長さまやシューターさんにご迷惑はかけられませんッ」
◆
そうした事情があって、宿屋における押し問答となったらしい。
「やっぱり直接オレがカサンドラの言葉を無理にでも断って出ておけばこんな事にはならなかったんだぜ」
「安心してちょうだいニシカさん。あたしから見れば覗きをした人間の方がはるかに悪いに決まっているわ。それだけじゃない」
「…………」
「仮にも貴族たる領主の息子という身分や立場もわきまえず、その様なことをしたというのであれば、これはもうゴルゴライ準男爵ハメルシュタイナーの落ち度と言っても問題ではないわね」
メガネを押し上げながらつらつらとそう言ってのけた雁木マリがまずニシカさんを見やってニッコリとした後、ふいと俺と女村長の顔を見比べた。
先ほどまでは公平に預かるなどと言っていたけれど、結局は俺たちの身内である雁木マリは最初から俺たちの味方なんだよなぁ。
すまんねナメルくん。俺たちは婚約者だったんだ。
「ドロシア卿、武力解決手段をやりましょうか」
「うむ、わらわもそれを考えていたところだ。こういう場合は自助救済に訴えるのがいいな、その先の事も考えると尚更、な」
「そうね、あたしたちにはシューターがいるし?」
「その通りだ、辺境最強の戦士がいるのであれば、これを使わない手はない」
俺のよくわかってない中で、雁木マリと女村長の間でトントン拍子に盛り上がっていくのが恐ろしい。
そのフェーデっていうのはいったい何だ? どこかで聞いたことがある気がするが……
そんな事を考えていると、カサンドラが俺の方を見やって小首をかしげていた。
「あのう、武力解決手段って何でしょうか」
「わかりやすく言えば、決闘なのですねえさま」
「決闘? シューターさんと、ゴルゴライのお貴族さまが決闘をなさるのですか?」
マリとアレクサンドロシアちゃんの代わりにようじょが答えてくれた。ッヨイさま賢い!
そう言えば、モノの本で中世ヨーロッパでは自己の権利を著しく侵害された被害者が、一族のものや知人の助けを得て、一種の仇討ち手段を講じることができるというのを見たことがあった。
ファンタジー小説や映画が大好きな俺は「異世界やべーな野蛮だよ」とか思っていたが、江戸時代にも身内の恥辱を雪ぐために仇討ち手段に訴えるという話はあったらしい。
国家の法整備が近代化されていない当時、自分の不利益は自分で排除しなくちゃいけないんだよねぇ。
怖いね異世界!
と他人事で済ますわけにはいかない。
何しろその仇討ちの助っ人に、どうやら俺が期待されている風なのである。
「そういう事ね。ニシカさんなら多分負けることがないと思うし、その助っ人が辺境随一の戦士なのだから、これはもう間違いなく勝てると見ていいわ」
「しかしどうやってフェーデに持ち込むつもりだ、聖少女どの」
「あら他人行儀にそんな風に言わなくてもいいですよ、これからは家族なんだから」
マリと女村長がふたりだけで色々と話を進めていくので、俺たちは置いてけぼりである。
だがちょっと待て、これからは家族とか、まだカサンドラに説明もしていないんだぞ?!
案の定、ふたりの会話を怪訝な表情で聞いていたカサンドラが「これからは家族」というフレーズに及んで俺を見上げてきた。
「そうだな、義妹よ。わらわは先に結婚する事になるから、それでいいかの?」
「構わないわ義姉さん」
とても嫌そうな顔をしたカサンドラが、その表情で「どういう事ですか、旦那さま?」と訴えかけてくるではないか。
訴えかけるだけでなく、ぎゅっと袖の上から俺の腕をつねってくる。
詳しい事は今夜、ゆっくり寝屋で話そうね……
「手段は考えているわ。こちらで事情聴取をし、怪我をしたという馬鹿息子のお見舞いついでに先方にも状況を伺った上で、女神様のもとで武力解決手段に訴えるのがいいとあたしから提案するの。まあ地元の教会堂には筋を通しておけばいいしね」
フフンと腕組みをした雁木マリが、俺の方を見やりながら笑った。
こいつ、武力解決手段の「武力」って俺の事だと思っていやがらないか?!
「シューターさんは辺境でも並ぶもののない最強の戦士だと、ガンギマリーさまから聞いたことがありますよ。さすが女神様の祝福を受けた御子は違いますね!」
修道騎士ハーナディンは何を面白がっているのか、あっはっはと笑いながら俺の背中をバシバシと叩きやがった。
痛いよ君、上等な服がなければ背中が紅葉マークで腫れ上がるところだったぜ。
そして、今もってかわいい正妻のカサンドラがジットリと俺を睨み付けてくるのであった……
「カサンドラ」
「はい、シューターさん」
俺の手を引っ張って宿屋の廊下に連れ出すカサンドラである。
近頃は正妻の風格が身についてきたのか、なかなか堂々としたものである。
おろおろした姿も確かにたまには見せることがあるが、やはり今は第一夫人という気概が身について、正直ちょっと怖い……
「わたしにお話しする事、ありますよね?」
「ちょっと夜にちゃんとした報告と相談をさせてもらいたいなと思っているんだよね」
「心得ています、旦那さま」
「だから今は決闘の事に集中しようかなと思っていて」
「シューターさんは全裸を貴ぶ部族の戦士のご出身です。熊人間ごときに負けるはずはないので、その点は安心しています」
「ありがとう……」
「大丈夫ですよ旦那さま。こういう事になるのはわたし、ちゃんとわかっていました」
「うん……」
「でも、ちゃんと今夜にはお聞かせくださいね」
我妻はそういうと、俺の手を握って改めて微笑を浮かべた。
「だ、大丈夫だ。問題ない……」




