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悩める少年と恋する少女

 休日にゆっくり休む人がどれほどいるか知らないけれど、少なくとも僕は、休日こそ有意義に一日を使いたい人種だ。

 好きな本を好きなだけ読むもよし、ゲームをするもよし、あるいは家族や友達と外に出かけたり、一人で買い物したり、街を歩いて好みの店を探したり、それでたまにデパートのイベントと被ったりするとちょっと得した気分になったり。


 そして、そのうちの一つに、今日は白銀の彼女とのデートが入る。

「学生二枚」

 ただ、僕はデートそのものが初体験なので、どうすれば白銀の彼女を喜ばせ、成仏させられるかがわからない。

 そう。最終目標は彼女の成仏だ。

 親交を深めるためのデートというイベントで、相手を成仏させなければいけない。成仏とはつまり今度こそ本当の離別で、その後の進展はない。進展が見込めない相手とのデートは有意義とは言えない。とすると、このデートは僕の休日の使い方として間違っているのか?

 なんてことを延々と考えて一人混乱した僕は何時の間にか映画館にいた。

 霧雲から電車の上り線で三駅のところにある映画館だ。近くに本屋があるので、僕も何度も足を運んだことがある。慣れた行動ルートを無意識に辿ってしまったのかも知れない。

 もちろん隣に浮いているのは今日のデートの主役である。朝から鼻歌のような音をだしてご機嫌だ。

『なんで二枚頼んだのー?』

「お前が浮かんでるところに他人が座るのが嫌だから」

『あう、店員さんに変な人って思われたかも知れないよー?』

「待ち合わせとか、人の隣に座るのが嫌とか、デートの直前でフられたとか、適当に理由考えるだろ。人間って自分の理解が及ばないものを嫌う生き物だからな」

『ふーん』

「堂々としてれば大抵うまくいくさ」

 頃合いを見て館内に入り、指定の席に座る。

 白銀の彼女も僕の隣の席に座るような格好でふわふわする。照明が落ちて暗くなっても、彼女だけは白く淡く光っていた。

 僕だけに見える淡い光。それはとても儚げで、同時に頼もしく、眺めているだけで僕の心が温かくなるのを感じた。

 ぼうっとしていたせいか、宣伝が終わって、映画が始まっても気づかず、彼女に不思議そうに見られたけれど。

 映画は彼女の希望に合わせて有名なアニメ映画。どうせアニメと思ってたら、これが意外に感涙もので、ラストシーンでは二人して不覚にも涙を滲ませてしまった。


 ★


 映画鑑賞を終えて近場のショッピングモールへ。ちょうど昼食によい時間だ。中のレストランで何か食べることにする。

 行きつけの本屋とは反対側だけど、そもそもデートで本屋って微妙だと思ったから多くの店が並ぶこちらに来た。白銀の彼女が本好きとは限らないし。

 僕が入ったのは和風パスタのレストランだった。

「お前も何か頼むか?」

『あう、今日だけでいいから、レナって呼んでほしいな』

 …………。

「レナも何か頼むか?」

『あ、あう……』

 照れて固まってしまった。

 呼べと言ったくせに照れるとは情けない。

 可愛いけど。


 次に彼女の意識が戻ったのは僕が注文した温泉たまごのカルボナーラを半分ほど食べ終えた頃だった。

『瀬川くんはさ、わたしと普通に会話してるけど、周りの目とか気にならないの……?』

 気がついたと思ったらこんなことを聞いてきた。どうやら何か勘違いしているようだ。

「……僕は僕を好いてくれるレナのためにデートをしてるんだ。それをレナが気にするのはおかしいだろ」

『でも……』

「でもじゃない」

『あう……』

「あうでもない。僕が好きでやってるんだ。僕が気にしてないのにレナが気にする必要はない。それに……」

『それに?』

 僕はニヤリと笑った。

「僕だけ名前で呼ぶのはおかしいな。レナも僕のこと、ナツキとかナツキくんとかって呼べよ」

『なな、な、ナッツツキくん! ……あ、あう……』

 僕の狙い通り、彼女はまた照れて固まった。

 カルボナーラを食べながら思う。

 この店はなんかハズレな気がするけど、白銀の彼女は生前より可愛い気がする。

 色のない制服を身に纏い、色のない綺麗な髪を垂らし、色のない瞳で僕を見つめる。僕以上に華奢なその体は、ふわふわ浮いているせいか、さらに小さく、あるいは軽く見える。

 僕は彼女の頭に手を延ばしかけて、触れられないことを思い出して、また引っ込めた。


 僕は彼女が生きていた頃の自分を、呪って生きていくんだろうな。


 ★


 食事を終え、復活した彼女と店を出る。

「どこか行きたい店とかあるか?」

『ないよー』

 だろうな……。

 仕方ない。ウィンドウショッピングと洒落込むか。


 パン屋で生地をこねている様子を見たり、靴屋に並んでいる運動靴を眺めたり、メガネ屋で普段かけないメガネをかけてみたり。

『似合うねー』

「そうか?」

『似合ってるよー。知的少女って感じ』

「僕は男だ」

 服屋でウィンドブレーカーを羽織ってみたり、文具屋でボールペンを手にとってみたり、ゲームショップで新作ゲームを探してみたり。

『わ、わ、ファーストファンタジーの新作出てるよー!』

「へえ、レナはゲームが好きなのか」

『あう、プレイしてから死ねばよかった……』

「どのタイミングで死んでもその後悔はするだろ」

 レナは終始楽しそうにふわふわし、僕は笑いながらそれを眺める。

 デートって、恋人って、こんなものなのかも知れない、とふと思った。一緒に楽しんで、一緒に喜んで、一緒に笑って、あるいは一緒に怒って、一緒に泣いて、一緒にがっかりして。

 僕らはまさにそれだった。

『ナツキくん、これ被ってみてよー』

 ふらっと立ち寄った帽子屋(モールの小売店は細かい店があって面白い)で白銀の彼女が指差しているのは、紺色のふわふわしたニット帽。

『きっと似合うよー』

「ほお」

 素直に被る。

 なるほど、見た目以上に暖かかった。頭がぽうっとしてくる。

『あう、似合ってて可愛い、けど……』

「また女子っぽいのかよ」

『ち、違うくて、なんだか、男の子として可愛い……みたいな』

 あは、と笑って彼女が照れた。なぜ照れる。

 男の子として可愛い、か。

「よし、買おう」

『え、ええっ、買っちゃうの?』

「だって似合ってるんだろ? もう二学期も後半だし、今から買っても損はないさ」

 それに。

 どうしても欲しくなった。

 僕はあまり物欲がない方だと自負している。部屋もかなり質素で謙虚だ。シンプルと言い換えてもいい。だから、ここまで物を欲しいと思ったのは初めてだった。

 僕はこのニット帽に、彼女の形見のようなものを感じたのかもしれない。

『あう……』

「……そんなに可愛いか?」

『惚れなおすくらい』

「……そうか」

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