悩める少年と死体少女
午後の授業も適当に寝たり、当てられて答えたりしながらやり過ごした。とはいえ、白銀の彼女のせいで、授業中何度も奇声を上げそうになったけれど。
机の天板の下から顔を出したり、僕の腹から腕を突き出したり、女子の下着の色の統計をとったり、大声で野次を飛ばしたり(もっぱら『なっちゃんかわいー!』)、僕にしか認識されない事をいい事にやりたい放題だった。
「はあ……」
やっと今日の授業が終わって、ため息が出る。
『瀬川くん、ため息を吐くと幸せが逃げちゃうよー』
幸せを逃がした張本人が僕の周りを浮かびながら言った。
「お前、僕の邪魔ばかりすんなよ……」
僕が呆れつつ咎めると、彼女は謝るでもなく口を尖らせる。
『瀬川くん、わたしのこと名前で呼んでくれないんだね……』
「他人の要求を通さずして自分の要求が通ると思うな」
『あう……ごめん』
陶器のように真っ白で色ガラスのように透明な顔が、目に見えてしょんぼりする。
僕にだけ見える白銀の彼女。
僕にしか見えない白銀の彼女。
自称幽霊で自称お化け。
あるいは僕の妄想、幻覚。
『あの、帰る前にわたしの鞄拾ってくれないかな? そんなに重くないはずだから……』
首吊り坂を迂回しようとしたところで、彼女はそんなことを頼みだした。
「……僕に鞄を持って帰れってか」
『えと、他人に中身見られたくないし……』
ああ、死体を発見した人に、か。
仕方なく、僕は再び首吊り坂に足を踏み入れる。
なんだかんだ言って彼女のことを邪魔に思いつつも、素直に頼みごとを聞いてやる辺り、僕は女子に甘いのかもしれなかった。
★
彼女の死体は、朝と同じく風に揺れていた。
ぶらぶらゆらゆら。
微かに異臭が漂い始めている。
僕の隣でふわふわしている白銀の彼女は、どうやら匂いを感じることができないらしく、変色している自分の顔を見て嫌な顔をするだけだった。
僕が臭いと言ったら、どんな顔をするだろう。流石に言わなかったけど。
『これ、わたしの鞄……』
彼女に言われて足元をみると、なるほどパステルカラーのボストンバッグがまるで放り投げられたかのように置かれている。
「これをどっかに埋めればいいんだな」
『あう!? 埋めちゃうの!?』
「誰にも見られなきゃいいんだろ? それとも何か? 姉も弟も気軽に入ってくる僕の部屋に隠せって言うのか?」
『そ、そこまでは言わないけど……』
なぜか口ごもる。
「お前さ」
『あう』
「言いたいことあんならはっきり言えよ」
『…………』
黙りやがった。
ダメだ。僕はもう、彼女とまともに会話できる気がしない。
そもそも、幽霊とまともな会話しようという考えが間違っているのかもしれない。
いろいろ頼みごと聞いてやって、かけられる様々な迷惑は全部我慢して、話しやすいようにこちらから柵を取っ払って。
どれだけよくしてやっても相手は幽霊。
その正体は、いろいろ言われるところがあるけれど、僕の認識では人間の最期の念だ。
所詮は思いの塊。完全な本人じゃない。
ま、いっか。
帰ろう。
さっきから異臭を嗅ぎすぎて気分悪いし。
僕は下ろしていた自分の鞄を拾い、白銀の彼女を置き去りにするべく立ち上がった。
すると。
『本当は!』
「ん?」
何事かと振り返れば、白銀の彼女がふわふわ浮かんだまま無い足を踏ん張っていた。両肘をまっすぐ下に伸ばし、拳を固めている。
『本当は、その、生きてる時に見せたかったんだけど……!』
鞄を指差す。開けろということか。
チャックを開くと、一番上に小さな封筒が入っていた。水玉模様の柄があって、きっと文具店とかに置いてあるレターセットのものだろう。
宛先が。
「瀬川ナツキくんへ……?」
……これってまさか。
『あう、ラブレターだよー。受け取ってくれるかな?』
それは、あまりにも遅すぎる手紙だった。
★
内容はシンプルだった。
最初に僕のことが好きって書かれている。
その後に、僕と言葉を交わすとなんたら、僕の顔を見るとなんたら、声をかけても無視されるとなんたら、その時々の気持ちが書かれている。
最後にまた、僕への想いが書かれている。
便箋一枚が、全部僕のことで埋め尽くされていた。
文字は鉛筆で丁寧に。左下の余白に可愛い似顔絵が、多分僕と彼女だろう、並んで笑っている。
紛れもなく、僕宛のラブレターだった。
「……いつから?」
『わたしが瀬川くんに頻繁に話しかけるようになってから……』
自室で例の手紙を読み終えた僕は、顔が熱くなるのを感じていた。照れと怒りと哀しみと、他にもいろいろごちゃごちゃした感情が混ざった気分。
ラブレターは初めて受け取ったからなんだかくすぐったくて、手遅れになる前に気づくべきだった僕に呆れて、こんな手紙まで書いていて自殺した彼女を哀れんで。
白銀の彼女の未練が、僕にはわかった気がした。きっとそれは、僕にならなんとかできる未練なのだろう。だから。
「だからお前は僕にだけ見えるんだ」
『あう、そうかも。そうだと、……嬉しいなー』
彼女は困ったように笑った。
「……折角さ、」
『あう』
「折角僕のことを好いてくれたんだ。幸い明日は休みだし、お前が成仏できるよう、僕が最大限協力してやる」
僕は言った。
だから、お前の未練を言ってみろ。
『わたしの未練は、』
彼女はふわふわ浮かびながら、僕に抱きつく様な姿勢になって、耳元で囁いた。
『瀬川くんと、デートできなかったこと』




