悩める少年と幽霊少女
「お化けってお前、自殺したのか……?」
『そだよー』
「なんでだよ」
『んー、なんでだっけ』
「知らねーよ」
『あう、ごめん』
どうにも要領を得ないけど(そもそも幽霊相手の会話のどこに要領を得る余地があるのかわからないけど)、今僕の目の前で僕と言葉を交わしているのは、間違いなく中尾レナだった。
戸惑っている僕を見てくすくす笑っている。
『幽霊の体って、ふわふわってなって気持ちいいよー』
なんかムカついた。
そもそも、なぜ彼女は首を吊ったのか。
のうてんきを転がして丸めたような性格をしている彼女が、僕には首を吊るとは到底思えないのだ。
あるいは、僕の前だから、人の前だから見栄を張っている。自分が死んだ理由を知らないふりをしたり、話題をそらしたりすることで意識させないようにしている。とか。
…………まさかな。
『瀬川くんも吊っちゃう? あれ、瀬川くんてなんでここに来たのー?』
「断じて首を吊りに来たわけじゃない!」
『そっかー、そうだよねー』
瀬川くんみたいな可愛い子が首を吊ったら、綺麗な顔が真っ青になって台無しだもんねー。と、彼女はまたくすくす笑った。
その台無しにお前はなってるんだよ。とは言わなかった。
★
結局、自称お化けにおどかされた僕は寝ることができなかった。
『ほらほら、学校行きたまえよー』
白銀の彼女が僕の周りでふわふわ飛び回るのだ。邪魔だし、いちいち話しかけてくるし、アップダウンする度にひらひら舞うスカートが気になってしょうがない。
仕方なく学校に行くことにした。
いや、最初から行くつもりはあったけど。
朝か昼か微妙な時間帯のためか、住宅街は割と静かで、僕と彼女は誰もいない道を歩いたり、ふわふわしたりしながら進む。
「てかお前、ついてくる気かよ」
『え? だって、わたしだって学生だよー?』
白銀のスカートの裾をつまんでひらひらさせる。そんなことしなくても制服は見えるから。色がないけど。
「鞄は?」
『あう、持てなかったー』
やっぱり白銀の体は実体がないみたいだ。触ったらどんな感覚なのかな、と思って隣をふわふわしている彼女の腹に腕を突っ込む。
『わ、わわ、……あう』
なんか喘がれた。慌てて引っ込める。
『…………?』
彼女は僕の方を見て、照れたように笑いながら首を傾げた。彼女の顔に血が流れていれば、きっと頬は真っ赤になっていただろう。目にはうっすら、涙みたいな白い塊が見える。
「……なんかごめん」
『い、いいよー。わたしも幽霊の体のなかに手を突っ込んでみたいし……』
気まずさ絶頂。
僕と白銀の彼女は、その気まずさのまま、無言で学校に向かった。
★
「遅れてすみません」
「瀬川遅刻っと。じゃ、席についてノートと教科書開いて。和訳当てるから」
「はい」
三時間目の英語の途中に割り込み。先生に当てられた箇所をノートを見ながらその場で和訳していく。
昔から、勉強だけはできた。小学校の時は自分の中に知識が溜まっていく感覚が嬉しかったし、中学に入っても、いじめはあったけど、授業が楽しかった。
高校に入ってからはそれどころじゃなくなったけど。
だからまあ、今の僕は小中学校の勉強の貯金でサボってるようなものだ。実際サボっていても、テストが出来れば進学に不利にはならないし。
とかなんとか独白しつつ。
『瀬川くん、その場で訳してるのに、なんでできるのー?』
なぜクラスのみんなは彼女に気づかないのだろう。
騒ぎになってないのはわかる。例えそこにいなくても、死体が発見されなければ生きているのと変わらないし。行方不明とか失踪とかの基準を考えればそれは容易に推測できる。
ただ、僕に見える彼女が、他のクラスメイトに見えてないのが不思議なのだ。
僕には特殊な霊感なりなんなりがあったのだろうか……?
『どしたの、瀬川くん』
机の上に座るような格好で浮いている彼女が、僕に見られているのに気づいて首を傾げた。
「瀬川、今日は中尾は休みらしいぞ。確かに珍しいが、机を凝視するほどではないと、先生は思うんだが」
「あ、すみません、ぼうっとしてました」
『あう、わたしは出席してますよー』
「そうか、ぼうっとしてたか。なら89ページ3行目から和訳してくれ」
「あの、僕ばかり当てるのはどうかと思うんですけど」
『瀬川くんは先生のお気に入りだねー』
「お前が遅れて来るまでにみんな当たってるんだ」
「十分遅れたその間に何があったんだよ」
『きっと壮絶な授業があったんだよー』
変な三つ巴会話だった。
いや、単に僕と先生の会話に白銀の彼女が口を挟み続けているだけだけど。
★
昼休み。
僕の家にはとあるルールがある。
曰く、寝坊したら弁当なし。
とはいえ、姉も弟も寝坊したことがないから、このルールの被害者は僕だけなのだけど。
そんな訳で、霧雲高校の食堂には何度かお世話になっている。
僕はいつも通りオムライスを注文し、300円を払って出来上がりを待っていた。空いているテーブルに着く。白銀の彼女も向かいの席の上でふわふわ浮いていた。揺れる度に真っ白な髪がさらさらと流れる。
『あう、わたしは何食べようかなー』
幽霊が何を言う。
白銀の彼女の口から白い雫が垂れ、テーブルの天板を通り抜け、床のタイルを通り抜けていった。よだれも幽体なのか。
誰にも見えなくて、僕にだけ見える白銀の彼女。
普通に考えれば僕が幻覚を見てるだけなんだけどな……。でも、自分が幽霊になっていて、学食を食べられないことに気づいて落ち込んでいる彼女は、妙にリアルだった。
「お前さ、なんで制服で首を吊ったの?」
『え、んー、わかんない』
「なんで僕にだけ見えるの?」
『……わかんない』
「なんで成仏しないで幽霊になってんの?」
『……わかんないよ』
ほらきた。何を聞いてもわからないわからない。僕は犬のお巡りさんか。
イライラする。ムカつく。
『……? どしたの、瀬川くん』
「……別に」
『あう、なんか冷たいなー、瀬川くん』
僕は出来上がったオムライスを受け取りにいく振りをして、彼女から離れた。




