第12話
清陽は執務室にいた。執務室には彼と共に春蕾がいる。彼は清陽の夫だ。
幼い顔立ちながら、清陽と同等の年月を生きている。
「清陽」
「機嫌が悪いな」
「うちの一族から鬼が出ているのはなぜだ」
「……明櫻と会ったのか?」
その言葉で、清陽はずっと前に知っていることに気が付いた。
なぜ、どうして。
「なぜだ? なぜうちから鬼なんか出ているんだ?」
「では、なぜお前は鬼にならなかった」
清陽の言葉で、明紅は言葉を詰まらせた。
「それは……死ななかったからだ」
「そうだ」
「もし、明紅、お前が死んでいたら鬼になったと思うか」
「……思う」
「そういうことだ」
そういうこと。
そういうことだ。
明紅は明櫻を悪く言うことはできない。悪く言うことも、一族の恥だと貶すこともできないのだ。
「鬼になった明櫻を悪鬼王に託したの?」
「ああ。鬼になった彼を見つけたとき、頼るべきなのは悪鬼王だと思ったからね。私は鬼の育て方など知らないから」
明紅は唇を噛みしめた。
すべての元凶は、分かっていた。
「あのクソ親父はどこにいる」
「私にも分からない」
クソ親父、それは明紅と明櫻の父親だ。
穏やかで真面目な明紅が唯一、憎しみ、恨み、懲らしめたいと思っている存在がいるとするならば、実父だった。
ふつふつと湧き上がる怒りを力に変え、こぶしを握り締めた。骨がきしむのを感じる。
「朱亮」
「はい」
「あいつを探せ」
「どうするのですか」
「それは兄弟で決める」
そこまで言うと、清陽が言う。
「やめなさい。あいつのことは放っておきなさい。やめるんだ」
「なぜ? おじいちゃんはいいの? あいつのせいで一族から鬼が出ているのに」
「鬼が出たことを一族の欠点など思わない」
「……あいつのせいで苦しむ兄弟を増やしたくはない」
明紅は黙った清陽の姿を見て、そして口にした。
「悪鬼王に会いたい」と。
「なぜ?」
「まず、明櫻と会いたい。それから裴王朝についても聞きたい。ダメ?」
「いや、それなら構わない。会えるか聞いてみよう」
清陽が目を閉じる。しばらく沈黙の時間が流れるだろうと思っていたが、口を開いたのは春蕾だった。
「紅紅」
「ん?」
「あの子は僕たちの孫だけれど、紅紅も櫻櫻も僕たちのひ孫。大事な子供たちだから。僕は紅紅と櫻櫻の選択を支持する」
意外だった。しかし、明紅にとっては傷付き、ボロボロになった心を包み込んでくれる言葉だった。
「ありがとう」
そう言って、明紅は笑った。
目の前の清陽が目を開く。
「今来るそうだ。応接室に行こう」
「速いですね」と朱亮が言う。
「あいつは執務仕事ばかりで暇なんだよ」と清陽が答えた。
4人で応接室に行くと、悪鬼王が椅子に座ってくつろぎ、明櫻がその後ろに静かに立っていた。
悪鬼王は男らしい見た目をしている。
凛々しい顔立ち、そして体格もいい。正直羨ましいほどだった。
「さっきは明櫻が世話になった」
「はい」
ツンとした態度で明紅は答える。
今までそうしていたせいで、これからの態度を変えるにはあまりにも難しい。
椅子に腰を下ろすと、悪鬼王が咳払いをする。
「君から話があると聞いていたんだが?」
「はい。月沈国、裴王朝との関係性をお聞きしたい」
「裴王朝、初代皇帝から『私を守ってほしい』と言われた。その流れで代々契約することになっている。まあ、16代目には振られたけどな」
「守るだけ?」
「ああ。魂を対価に守っている。命を奪えるのは私だけだ」
「……なるほど。だから17代目皇帝は化け物に」
そう呟くと、悪鬼王は足を組みながら笑った。
「化け物にしたのは俺じゃない。あいつは違うやつとも契約している。だから、俺は契約を破棄した。今は裴一族誰とも契約していない」
「何年前ですか?」
「んー……10年前だな」
10年も前となれば、16代目がまだ存命だったころから契約していたことになる。
しかし、16代目が契約していなかったのであれば、17代目と契約していてもなにもおかしくはない。
「ずっと昔から暗殺は考えていたのですね」
「ああ。だが、俺は“守る”だけだ。わざわざ殺すことはしない」
16代目に手をくだしたのはもう一つの人ならざる存在か、それとも17代目本人か。
しかし、今回の件に悪鬼王は関与していない。
振り出しに戻ってしまった。
明紅はズキズキと痛みだしたこめかみを抑えた。




