第151話 鏡の中のリリアーナ
最終回
夕暮れの光が、部屋の窓から静かに差し込んでいた。
リリアーナはゆっくりと自室の扉を閉める。
長かった戦いが終わった。
服はあちこち破れ、袖口には乾いた血が残っている。
頬にも腕にも、小さな傷がいくつも刻まれていた。
それでも、その傷さえ今はどこか愛おしく思えた。
「……終わった。」
静かな部屋に、小さな声だけが響く。
誰もいない。
聞こえるのは、時計の針が時を刻む音だけ。
リリアーナは深く息を吐いた。
張り詰めていた緊張が、少しずつほどけていく。
「着替えなくちゃ……。」
そう呟いて鏡の前へ立つ。
その瞬間だった。
「……!」
鏡の中に映っていたのは、自分ではなかった。
もう一人のリリアーナ。
深い紫色の瞳。
どこか寂しげな表情。
悪役令嬢として生きることを運命づけられた、もう一人の自分。
二人は静かに見つめ合う。
言葉はいらなかった。
長い時間を共に過ごしてきた。
苦しみも。
悲しみも。
孤独も。
すべて知っている。
だからこそ、リリアーナは穏やかに微笑んだ。
「人は決められた役割だけで生きる必要はないのよ。」
鏡の中のリリアーナが、小さく目を見開く。
リリアーナはゆっくりと鏡へ近づいた。
「私は……あなたと。」
震える指先を、そっと鏡へ添える。
冷たいはずの鏡が、不思議と温かく感じられた。
「あなたと生きていきたい。」
その言葉を聞いた瞬間。
鏡の中のリリアーナの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
ぽたり。
ぽたり、と。
静かに頬を伝っていく。
今まで一度も泣くことのなかった少女。
誰にも理解されず。
誰にも受け入れられず。
ただ"悪役令嬢"という役割だけを背負い続けた少女。
その涙は、とても優しかった。
リリアーナも涙を浮かべながら、小さく笑う。
「一緒に生きよう?」
鏡の中のリリアーナは、涙をぬぐうこともせず、ゆっくりと頷いた。
そして。
今までで一番穏やかな笑顔を浮かべる。
「……ありがとう。」
その一言とともに、鏡の中のリリアーナの身体が淡い光へと変わっていく。
まるで朝日に溶ける雪のように。
優しく。
静かに。
光は鏡からあふれ出し、リリアーナを包み込んだ。
胸の奥が、じんわりと温かい。
失われていた何かが、ようやく帰ってきたような。
そんな不思議な温もりだった。
やがて光はゆっくりとリリアーナの中へ溶け込み、静かに消えていく。
部屋には、穏やかな静寂だけが残った。
リリアーナはもう一度、鏡を見る。
そこに映っていたのは、一人の少女。
悪役令嬢でもない。
誰かに決められた役割でもない。
自分の意思で未来を選び、自分自身を受け入れた、一人のリリアーナ。
リリアーナは鏡の中の自分へ、優しく微笑んだ。
窓を開ける。
ふわりと風が部屋を吹き抜けた。
空はどこまでも青く、澄み渡っている。
リリアーナは一歩、前へ踏み出した。
その足取りは、もう迷わない。
誰かに決められた未来ではなく。
自分で選んだ未来を歩くために。
『運命の欠片〜Fragments of Destiny〜』
**──完──
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