表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女(院生)のハッキング異世界。翻訳バグで世界が滅びそうですが、私は王子を口説きたいわけじゃありません。  作者: 伝福 翠人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

第十一話:決戦の聖歌

 言葉は、要らなかった。


 吹きすさぶ雪原。


 栞の視線が右の岩陰へ走る。それだけでアレクシスは剣を抜き、雪中から跳び出してきた魔狼の首を正確に刎ね飛ばした。


 左手の指先で風の向きを示すと、彼はすぐに外套を広げて栞を吹雪から庇う。


 言葉による意思疎通が断たれてから三日。


 二人は魔王城へと続く峻烈な道のりを、完璧な連携で踏破していた。


 翻訳魔法の介入がなくなり、「相手の目を見る」「息遣いを聞く」という、生物としての根源的なコミュニケーションが彼らの間で極限まで研ぎ澄まされていた。


 灰色の雲を突き破るように、黒曜石の巨城が姿を現す。


 開け放たれた大門。


 その奥の玉座に、彼女はいた。


 人の形を保ってはいるが、その背からは名状しがたい魔力の羽ばたきが漏れ出ている。


 先代聖女――魔王。


 彼女の周囲の空間は、異常な魔力の波によって陽炎のように歪んでいた。


『何故、来た』


 玉座の魔王が唇を動かした。


 その途端、栞の頭を物理的な衝撃が殴りつけた。


 翻訳魔法の最終形態。


 魔王の放つ絶望が、強烈なノイズを伴う『呪詛』となって空間に叩きつけられる。


『言葉など、呪いでしかない! 理解し合えぬなら、全てを無に帰す!』


 アレクシスが呻き声を上げ、膝をつく。彼の耳には、この声が「世界を終わらせる神の宣告」として響いているのだろう。


 凄まじい情報の奔流。精神が磨り潰されそうになる中、栞は一歩前へ踏み出した。


(違う。この声は――)


 言語学徒の耳が、暴風のようなノイズの中に、微かな『リズムの乱れ』を聴き取っていた。


 怒り狂っているように見える魔王の呪詛。だがその奥底で、子音の発音と母音の伸びが、震えるような哀しみを帯びている。


「……怖かったんですよね」


 栞の唇が動いた。


 日本語。通じるはずのない異世界の言語。


 だが、栞は『真実の同期』を試みる。


 心の中の「怒り」「恐怖」、そして目の前の同郷の女性への「哀れみ」。


 その全てを、一欠片の嘘もなく言葉に乗せる。


「言葉が通じない世界で。愛が、呪いに変わる世界で」


 心拍数が跳ね上がる。


 自分を飾らない。論理で武装しない。


 ただの織田栞という一人の人間として、等身大の感情を世界に晒け出す。


「私も、怖かった。何度も間違えた。でも――!」


 バキンッ! と。


 空間に満ちていた魔王の呪詛が、ガラスの割れるような音を立てて弾け飛んだ。


「伝えようとすることを、諦めちゃいけないんだ!」


 栞の叫びは、魔法のフィルターを完全にすり抜け、本来の『声』として魔王城に響き渡った。


 翻訳魔法を介さない、魂の波長。


 魔王の仮面が砕け、その下から、幾星霜の時を凍りついて過ごしたような、脆く悲痛な女性の顔が露わになる。


『あ……あぁ……』


 魔王の瞳から、黒い涙がこぼれ落ちた。


 栞の言葉が、日本語のまま、彼女の心臓の奥底まで届いたのだ。


 だが、システムの核を埋め込まれた魔王の身体が、限界を告げるように激しく明滅を始める。


 暴走したバベルの楔が、魔王ごとこの世界を道連れにしようと最後の演算を始めたのだ。


『……壊して』


 魔王が、掠れた声で囁いた。


『もう、終わりにさせて』


 栞の視界に、消滅したはずのウィンドウが薄暗く浮かび上がる。


【警告:システム完全消去の最終承認シーケンス】


管理者シオリの『真実の言葉』を要求します】


 条件は一つ。


 翻訳魔法の残滓を焼き尽くすほどの、強烈で、絶対的な『感情と真実の同期』。


 誰かを心の底から想う言葉。


 栞は振り返った。


 玉座の間で片膝をつきながらも、ただ真っ直ぐに栞を見つめるアレクシス。


 言葉が通じなくても、ずっと信じてくれた人。


 この異世界で出会った、私の大切な――。


 栞は、彼に向けて、その言葉を紡ぐ覚悟を決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ