終末の終着
六千年生きた神は、地に落ちた。
ブルータスとカエサルオーの因縁は幕を閉じた。
昼から始まった戦いは夕方に終わった。
空が紅くなるといういつもの光景。
しかし国内から集められた戦士たちはフレイヤーに跪きながら浸っていた。
何と幻想的な光景だろう。
皇帝に相応しい女性は、佇んでいるだけで絵になっていた。
「ヒマラヤ殿。この神は死んだだろうか」
「……はい、死んでおります」
「そうですか」
彼女は二度、残心をしないことが決定打になった戦いを体験した。
世界の命運をかけた戦いであったにもかかわらず、油断して敗北が決定づいていた。
彼女はその愚かしさを知るがゆえに、しっかりと確認をしていた。
目の前の肉片にも油断はなかった。
「あとは、大公閣下に確認していただければ終戦ですね」
勝敗、存亡の決着はついた。
ここからはウイニングラン、勝利宣言がなされる。
歴史的瞬間に立ち会う、参加者である。
彼らの胸は少年のように高鳴っていた。
早とちりだが感動し、涙を流す者もいた。
そんな中で、夕焼けを背に四人が現れる。
イレギュラ、カサンドラ、アテナ、クナオルであった。
歴史的な感動を台無しにすることに、クナオルは不機嫌であった。
「必死になって瓦礫を掘り返したら、治装ゴーレムの中に入っている坊ちゃんを見つけました。ええ、それはいいです。なんで大公閣下と同衾なさっていたんですかね!?」
「同衾じゃないよ、一緒に避難していただけだよ。やましいことはしてないよ!」
「私の前で二重寝取りをしていたじゃないですか!」
「クナオルが怒る気持ちはわかる。でも百合夫婦を相手に合意の上で寝取りって最高だった」
「最悪だなお前!」
「アテナ様、私頑張りました」
「ええ、もちろん見ていましたよ。とても愛らしい姿で頑張っていましたね」
「そう言っていただけると私も嬉しいです……その、ご褒美とか、あります?」
「もちろんですよ。私は貴方の夫なのですから、妻をねぎらうのは当然でしょう」
「わあ……!」
「私と貴方の関係はこれからも続きます。その分、寝取られるときの快感も大きいでしょう」
「わあ……」
カサンドラとアテナの雰囲気は良好だが、歪みが感じられた。
せっかくの歴史的舞台が興ざめであった。
だがここで、精鋭たちはあることに気付いた。
イレギュラではなくフレイヤーが恐怖の魔法使いを討ち取った。
であれば次の皇帝は……。
「ねえねえ、もしかしてイレギュラさん、皇帝にならない感じかな? もちろんそれはそれで出世はできると思うけど、さんざん偉そうな態度してたのに、空気が悪くならないかな」
「……私なら恥ずかしくて逃げだしちゃうわね」
「いやでも、大公閣下の予知だとイレギュラが皇帝だろ? そのあたりどうなんだ」
「予知は関係ないだろ。それこそ運命じゃなくて、選択の問題だ。この状況で姫様が皇帝になるって言ったら誰も止められないだろ。イレギュラも興味ないだろうし」
メラニィ派閥は声に出して話をしている。
同じように会話をする者も少なくなかった。
果たして皇帝は誰の手に。
「陛下」
フレイヤーがイレギュラを陛下と呼んだ時点で、すでに全員が彼女の気持ちを理解した。
「この首印を捧げます。どうかお納めください」
首印というよりは、恐怖の魔法使いのデスマスク、死体の顔を剥いだものであった。
ただでさえ嫌なものであったが、イレギュラは更に嫌そうな顔をしている。
「こう言っちゃなんだが、もうフレイヤーが皇帝でいいんじゃないか? 俺自身、もう役目は果たしていると思う。この上で俺を皇帝にしたい理由がわからない」
イレギュラが暫定的に皇帝になっていたのは、恐怖の魔法使いと同質の存在が味方にいるという安心感を与えるためだ。
だが恐怖の魔法使いとの戦いが終結した今、イレギュラの存在は不要にも思える。
「俺が皇帝に相応しいと思っているとか、俺が大好きで結婚したいから皇帝になってほしいとか、そういうのじゃないだろう?」
「もちろんです。そんなに気持ちの悪い話ではありません」
「だよなあ」
イレギュラとフレイヤーは一応同期だが接点はない。
お互いに有名人なので功績を知っていたが、コミュニケーションをとっていたわけではない。
その状況で恋愛感情などを抱く方がおかしい。
まして本気で結婚したいと考えたら頭がおかしいだろう。
「ボクは確かに皇帝の娘であり、継承権があります。兄がいたこともあって本気で皇帝になりたいと願っていたわけではありませんが、いきなりあなたに譲る気は無かったでしょうね」
「妙な言い回しだな」
「ボクは大公領で失敗しました。あの戦いで勝っていれば、ボクは皇帝になっていたでしょう。そう望んだわけではないですが、ね」
ベルマと逆である。
フレイヤーにはチャンスがあった。それを失敗してしまった。
彼女はそれを受け入れてしまっている。
「世界の命運を左右する戦いでした。それに失敗し、そのしりぬぐいを別の人にさせてしまった。ボクに皇帝の資格はありません」
「だが、恐怖の魔法使いを討ったのはフレイヤーだろう。古の習いってやつで、そのまま皇帝になるべきじゃ?」
「以前とは状況が違います。あそこまで弱らせていれば、ボク以外でも殺せましたよ」
今しがた合流した四人以外は、恐怖の魔法使いの最後に立ち会っていた。
恐怖の魔法使いが弱っていたこともあって、誰でも殺せただろう。
「その状況でボクが討ち取ったことに価値があるとは言えませんね。ボクたち全員が恐怖の魔法使いを弱らせたからこその勝利。であればトドメを誰が刺したかなど些事」
「じゃあどういう基準で俺が皇帝なんだ」
「通常のモンスター討伐と一緒ですよ。どれだけ戦力を出したか、どれだけ成果を上げたか。どれだけ奉仕したかです。如何に国内の精鋭がそろっているとはいえ、貴方ほど身を捧げた者は一人もいません」
イレギュラは第四アビリティを第三安全装置アンロックまでもっていっている。
だからこそ、異形度合いも激しい。人間の部位が半分を切っていた。
その上で戦場への貢献度も高い。
なるほど、普通の理屈であった。
「……じゃあまあそれはいいとして。俺と結婚するってことについてはどう思ってるんだ。あえてここで聞くけども、俺が皇帝になるのはフレイヤーと結婚することが前提だろう。もちろん子供を作ることもする。俺は嫌だぞ? プレイじゃなくて、まじめに嫌がっている女と合体するの」
「本音を申し上げていいのなら……ボクも人間です。貴方がそうであるように、思いが通じ合っている人と幸せな結婚生活をしたかった。一人の女として愛してくれる誰かと添い遂げたかった」
「じゃあ」
「ですがそんな相手に、今のところ出会っていません。この状況で貴方と結婚しない理由はありませんよ」
「いやでもさあ、その内出会いとか……」
「これから忙しくなります。政略結婚以外では出会いなどありません」
「それもそうか」
何があっても離れたくない相手がいたのなら『別の可能性』を模索したかもしれない。
しかしそれはなかった。であればわざわざ忌避するのも変であろう。
「うう~~む。大公閣下、この場合どうしたらいいと思います?」
「以前から言っているでしょう。貴方は皇帝になるべきお方です」
「それも、そうか……」
イレギュラは観念したように、フレイヤーから恐怖の魔法使いのデスマスクを受け取っていた。
これをもって、正式にイレギュラが皇帝になることが選択されたのである。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「うん……よろしく」
「皆さん。改めまして……是にて人類滅亡の危機は完全に回避できました。この戦いに尽力してくださった皆さんに、惜しみの無い感謝を」
この結果に誰もが様々な思いを抱いていたが、彼らに大公、アテナ・ブルービアンが〆た。
これを以て、本当に終末は終わったのだった。




