分岐点
ベルマがドラゴンを倒したあたりの時。
ブラッカーテ領では、重体だった在野の武人たちが続々と復帰していた。
イレギュラを慕うあまり信仰心すら抱くようになった男子、女子たちである。
なぜか異性装をするのが基本の若者たちであり、クナオルとイレギュラによくない目を向けていた。
「さささ! 弟君! この長椅子に座ってください!」
「そしてその隣の隣にクナオル様をセット! さあみんなで間に挟まろう!」
「ああ~~。活躍してよかった~~! 弟君はともかく、クナオル様まで同席を許してくださるとは思っていなかった~~!」
「次はオレ~~!」
多くの若者がイレギュラとクナオルの間に挟まっていく。
時折現れる、商家の子供の発達した肉体がイレギュラの視線を釘付けにしたり、面白がった若者が肉体を押し付けたりするのでクナオルの怒りは頂点に達しつつあった。
それでも忍耐力を発揮していたのは、故郷を守ってくれた武人たちへの礼儀であろう。
彼女にとってもブラッカーテ領は故郷である。守ってくれて、感謝しないわけがなかった。
それでもやはり限度はあるので、朝から始まった『間に挟まる会』は夕方ごろには強制解散となった。
そして故郷の夕焼けを眺めながら、イレギュラとクナオルは話し合いを始めたのである。
「ずいぶんと血圧が上がっていましたね。私がいなかったら何人を寝屋に連れ込んで腰を振っていましたか? 正直に答えてください」
「女子は全員」
「…………」
「無言でぽかぽか殴るなよ! 逆に怖いよ!」
「最近ですが、坊ちゃんの性癖が新しい扉を開きかけていたので、配慮して開かないように精神的にダメージを与える方向に舵を切りました。死ね、死ね……」
「耳元で死をささやかないで!」
あちらを立てればこちらが立たず。
在野の武人たちをもてなした結果、クナオルの機嫌は急降下していた。
「ただでさえあのバカが迷惑をかけて、しかも生き残っていて機嫌が悪いというのに……あんなのと血がつながっている私の気持ちがわかりますか?」
「そのなんだ、うん。あれだ……可哀そうだよ」
「本気で慰めないでください」
「君もあの醜態を見れば気持ちがわかるさ。本当にみっともなかった。俺の兄貴が立派な人の分、差がエグくて……本当に可哀そう。落ち込まないでって言いたいけど、落ち込むのも無理ないよな……」
「殺すぞ」
「原点回帰の暴力!」
ついうっかり、『バイオグと血がつながっているのは私の方だ』と言いかけるクナオル。
なおヒナオトと血がつながっていることも事実である。
そしてぶん殴ったことで溜飲が下がり、本題に入ることができた。
「ところで……在野の武人たちを治した後で、輸送用ドローンで人形兵士を空輸していましたが、どこに送ったのですか?」
「主人公のところ。さすがに今からじゃ間に合わないけども、コトが終わった後の手伝いはできると思う」
「コトとは」
「第二部の最後のシナリオだ。ボロボロになって滅びた街で、ボロボロで傷ついたグレータードラゴンと戦うことになっていた」
「たしか坊ちゃんのおっしゃる第二部とは、今の黒の泉があふれている状況でしたね。それが終わると? なぜですか」
「ああ。ゲームのシナリオ的に間に合わない一択なんで、詳しいことは俺もわからない。ただ……俺も仮説が立てられた」
ゲームシナリオ的に考えれば、終末が終わったと勘違いした人間同士の戦いが始まって、本当の終末が訪れるという大どんでん返しだろう。
だが実際に起きるとなれば、理屈があるはずだった。
「ゲームのシナリオならともかく……現実で、大公領周辺に黒の泉があったら普通に潰すだろ。千里眼とかがなかったとしても普通に鎮圧できるはずだ」
「我々でもできるぐらいですからね」
「そうだ。皇帝に次ぐ権力者である大公閣下なら、主人公の手を煩わせることもなく潰し終えているだろうよ。それなら大公領がグレータードラゴンに襲われるのはあり得ない」
「では坊ちゃんの知識は実際には起きないと?」
「その割には主人公たちの雰囲気が剣呑だ。多分だが、大公は主人公たちにグレータードラゴンが攻め込んでくると伝えているんだろう」
「大公領が襲われる可能性は高いと、大公閣下や姫様たちは考えているわけですね」
「ああ。だがこうなるとさっきの理由でおかしくなるわけだ」
グレータードラゴンがどこかの黒の泉から現れるとしても。予知能力があれば潰せて当然。
であればグレータードラゴンは大公領を襲うことはできない。
「もしもグレータードラゴンが大公領を襲うことができるとすれば、いきなり唐突に現れるという事になる」
「そんな無茶な」
「そうでもない。そもそも俺が恐怖の魔法使いの復活を防げないのは、異次元空間に潜んでいるからだ。それならグレータードラゴンだって異次元空間にいて、そこから出てくることも可能だろう」
「それができるのなら、最初からそうすればいいのでは」
「そう、それだ。最初からそうすれば、俺たちはなすすべもなく全滅していた。ドラゴンより強いグレータードラゴンが最初から出てくれば、それこそゲームにもならない。それなら『最初の段階ではそれが無理だった』と考えるのが正しいだろう」
「頭がこんがらがってきました。まとめて話してください」
「そうだな、俺も話していて整理できた」
イレギュラは推理を話した。
「俺の場合は自分の影からしかユニットを出せない。だが恐怖の魔法使いはそれなりの『コスト』を支払えば、黒の泉がない場所からでも一気にモンスターを出せるんだろう」
戦略ゲームでは生産拠点以外から兵士や兵器を出すことはできない。
だがそれは基本の話だ。特殊な資源などを消費することで、強力なユニットをいきなり出すケースもある。
それは通常のユニットを出すよりも難しいだろう。
「そのコストを賄うには、すでに配置している黒の泉を資源へと還元するとか、一度使うと疲れてしばらく何もできなくなるとか、あるいはその両方が必要なんじゃないか?」
「よくわからない言葉もありましたが、アビリティとして考えれば、使うと疲れるというのは納得ですね」
「ああ、そうだ。それなら黒の泉が一時的に世界から消えるのも、今までグレータードラゴンを出さなかったのも納得できる。恐怖の魔法使いからすれば、独裁聖剣グラディウスを取り戻す以外では使わない特別な一手のはずだ。アレを取り戻したら、奴はもう絶対無敵。主人公でも倒せないだろうよ」
「そんな剣、さっさと折ればいいのでは?」
「ああ、俺ならそうする……と言いたいが、難しいところだよなあ」
※
「さすがの慧眼ですね……失敬、こちらの話です」
再び、大公領の最奥、グラディウスの封印場所にて。
大公はカサンドラと共に、フレイヤーを筆頭とする英雄たちと向き合っていた。
英雄たちは指示された通り、全員が武装している。
表情は臨戦態勢であった。
「それではこれから何が起きるのか、細部を話しましょう。恐怖の魔法使いは各地に分散させている黒の泉とモンスターを自らの力として回収し、それをもとに『封印場所』に大量のモンスターを展開し、『大公領上空』にグレータードラゴンを展開します。その回収がされた瞬間、この独裁聖剣グラディウスは性質上きわめて脆くなり叩き折れるわけですね。そうすればここを守る必要はなくなり、グレータードラゴン討伐に専念できるわけですが……それは折る場合の作戦です。皆さん、如何しますか」
フレイヤーは周囲の仲間と向き合い、頷き合った。
すでに結論は出ている。
「折りません。この剣は守り抜きます」
「なんですって!?」
「黙りなさい、カサンドラ」
もっともリスクの高い選択をしたフレイヤーたちに、『最悪の事態』を詳しく聞いているカサンドラは奇声を発した。
アレスは彼女を制し続きを促す。
「貴方はおっしゃいましたね。この剣を自分の判断で折れば、ボクたちが反発するかもしれないと。なぜ勝手に判断をしたのだと憤慨するかもしれないと。その想像は正しいと思います。それは私たち以外でも同じことでしょう。私たちの判断でこの剣を折れば、この剣があったことを知った者たちがボクたちを責め立てるでしょう。如何に大公閣下が私たちをかばっても、かばいきれるものではありません」
フレイヤーは、あくまでも毅然としていた。
「折るのなら、勝ってもそんな未来しかない。それを想いながら戦うことはできません」
「『最悪の未来』が訪れる、その可能性を消せないとしても?」
「はい」
「では、その判断を尊重しましょう」
アレスは祈るように、その判断を肯定した。
一方でカサンドラは、呪うように敵意を向けている。
(アレス様は、こうなる可能性も観ていた。どの選択肢を選んでも、人類が滅ぶ可能性を消せる。だから最悪の未来が残ってもそれを受け入れる。アレス様の考えは、権力者として正しい……でも、でも……! お前たちはわかっていない! 最悪の未来は、本当に、本当に、最悪なんだぞ!? 私にとっても、お前たちにとっても!)
「カサンドラ。ここの守りは貴方とその部下に委ねます。私はここに残りますか? それとも……」
アレスはカサンドラの内心を見切ったうえで、彼女に与えられた唯一の裁量を問う。
(アレス様は、死んでもいいと思っておられる! それは、それだけは……最悪の未来が訪れるぐらいなら、ここで二人で死んだ方が、まだ……イヤ、しかし……!)
カサンドラは葛藤したが、時間は無常である。
彼女は愛ゆえに、二人で死ぬ未来を選ばなかった。
「大公閣下は、どうか安全な場所で祈っていてください」
「承知しました。それでは皆様には、グレータードラゴンの討伐をお願いします。急ぎ、城の外へ……無力な私ですが、せめて武運を祈らせていただきます」
アレス・ブルービアンのアビリティは、この大陸に残っていたすべての黒の泉とモンスターが消えていくことを見ていた。
それに伴い、グラディウスが一時的に力を失い、棒切れに堕するところも把握している。
この、唯一の機会を、彼はあえて見逃す。
わずかに未練はあった。
だが判断を委ねた者が、自らそれに反することはできまい。
「みんな、選択はした。もう戻れない……全力で戦おう!」
まして、選択をした者たちは……。
もう勝つしかなかった。




