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ここで死ね

 バーニエ・コッカースとピット・テリァ。

 女傑で知られる両男爵の絆は、先のドラゴン退治を経てより一層深まっていた。

 余裕のある状況ではないため顔を合わせることはほぼなかったが、この度バーニエ・コッカースは部下の兵を引き連れてテリァ領に入った。


 やはり戦災の痕が痛々しい領地であったが、モンスターの脅威が退けられたことによって人々の顔は明るい。

 バーニエが訪れたことに、誰も不満や文句は漏らさなかった。


 バーニエは、らしからぬことにこめかみ近くに花を飾って、ピットの部屋へ入る。

 ピットはピットで、らしからぬことに首へチョーカーを巻いて迎えていた。


「久しいな、ピット。その首隠し(・・・)よく似合っているぞ」

「あらあら。貴方こそそ花が咲いていて羨ましいわ」

「……」

「……」


 ピットがチョーカーを外すと、首の周りの皮膚が鱗に変わっているとわかった。

 一方でバーニエの髪飾りだが、実際には頭部から直接生えていることがわかる。


 不完全な変身をしているのではない。

 第三アビリティの開放によって、肉体にアビリティの影響が出ているのだ。


「どうやらお互い、伝説の領域に踏み込んだようだ」

「今更って感じてしなびているわ。どうせならあのときに覚醒したかったものよ」


 二人は偉大な男爵であった。

 その覚醒には、膨大な喪失がなければありえなかっただろう。

 悲しいことに、それはもう支払われてしまっている。


「周囲はもてはやしてくれているが、本当に今更だよ。こめかみの花も、今となっては高級料理店の皿の上の食べられない花程度の価値さ」

「あら、そんないいレストランに行ったことがあるの?」

「たとえ、だ。お互いそんなに懐が温かくないし、誘ってくれる殿方もいないだろう。そんなことはどうでもいいんだ」


 現在の状況では、誰が何に覚醒してもおかしくない。希少価値など皆無だ。

 それこそ神話に語られる第四アビリティに覚醒したわけでもないのだから、花や鱗を見せあっている場合ではなかった。


「私のところに、終末教団の使者とやらが来た。お前のところはどうだ」

「ええ。私にはもっとふさわしいところがあるとか、死んでいった領民たちの無念を晴らしましょうとか……一貫性のない勧誘をされましたわ」

「私もだ。領民のことを大事にしているのかないがしろにしているのかわからない口説き文句だったな」

「馬鹿に口説かれるのはうんざりするわねえ。ま……それでも『場合』によっては騙されてやったかもしれないわね」

「ああ」


 終末教団は国家転覆を企てており、色々な被災地で勧誘を行っている。

 元々不満を持っていたものや、今回の騒動で被害を受けた者たちも参加しているらしい。

 それはある種当然のことだと二人は知っている。

 二人は男爵、木っ端貴族だ。だがそれでも家督を継いでいて、二つのアビリティを持って生まれている。騒動が起きるまでは勝ち組の人生であった。

 そうではない人間がたくさんいることは、彼女らとて百も承知。

 そして自分たちががけっぷちに立っているのだから、崖の下がよく見える。そして落ちている者の気持ちもわかるのだ。


「正直に言おう。私は心が揺れたよ。なにせたくさん死んでいる。その状況で皇帝陛下が『世界が平和になりましたパーティー』を開くというのだからな。必要性はわかるが腹は立つ」

「同感だわね」

「ああ。だが踏みとどまった。私の命は残った領民たちのためにある。それが死んでいった者たちへできる唯一の償いだ。胸の中に残った無力感をごまかすために暴れる自由は私にはない」

「ふふ。もしも貴方まで勧誘してきたら、どうしようかと思いましたわ」

「私もその確認に来たようなものだ。まあ杞憂だったようだが……」


 実際にはそうならなかったことではあるが。

 自分たちの危機に誰も助けに来てくれなくて、領民が全員死んで、自分たちが生き残っていたら。

 その時は終末教団に身を投じていただろう。


 そうやって自暴自棄になっている者を嘲る気は無い。気持ちはわかるからだ。


「結局終末教団と衝突することになった。なんとか犠牲なく倒したが、やつらめとんでもないことを言いだした。そっちはどうだ」

「教祖について、ですわね? ええ、ありえない名前を出されましたわ。教祖はその名前を騙っているのでしょうけど、本当に信じているのなら全員バカですわね」

「ああ。ただでさえ国家転覆罪だというのに、罪を重ねているな。あのお方にしても、勝手に騙られて迷惑であろうさ」


 友人が道を外れていないことを確認し合って、二人は気を緩ませる。


 政治の話はここまで。

 二人は互いの人外部位を撫でながら、ともに戦った仲間を想った。


「彼女たちも覚醒しているかしら」

「噂ではあの後もいくつかの土地を救っている。至っていると考えるのが当然だろう。そして、躊躇なく踏み出すさ。メラニィ様はその限りではないかもしれないがね」

「多感な乙女にとっては辛いでしょうからね。でも……彼女も一角の武人。必要ならきっと踏み出すでしょう」



 一方そのころ、ハセット領付近の無人地帯では……。


 およそ十人からなる、老若男女が並び立っていた。


 年齢も性別もバラバラ、共通しているのはハセット家に仕える精鋭というだけ。

 以前から強者であった者もいれば、今回の騒動によって覚醒した者もいる。


 ハセット家にとって、もっとも信頼できる戦力といえるだろう。


 彼らの視線の先には十体ほどのドラゴンが見えた。

 それぞれがとんでもなく巨体であるため群れを成しているようにも見えるが、実際にはそれぞれが点在する黒の泉を守っている。


 奴らもバカではない。

 自分たちが前に出れば、一気に襲い掛かってくるだろう。


 それでも倒せる自信がこの十人にあった。

 犠牲が出るかもしれないが、十体全部を倒せるはずだった。


 だからこそ……伯爵が更に追加で戦力を呼んだことに複雑な気持ちを抱きつつ、しかし否定できなかった。


 今回の災害では、多くの兵士が倒れる一方で、生き残った兵士たちはどんどん強くなっていった。

 第二アビリティが解放されるものも少なくなく、彼らの士気は大いに高まっていった。

 恐ろしくも頼もしくあったが、その多くがやはり倒れていったのだ。


 変身できるようになった兵士ですら、作戦外の行動をすればあっさり死んでいく戦場。

 それがこの時代であったのだ。


 自分の強さを過信して死んでいく強者を多く見てきたからこそ、自分を信じてくれとは言えなかった。


 一方で現れた若き竜殺しについて、不安はあった。

 彼女の実績を疑っているわけではないが、調子に乗るのではないかと。

 なにせこちらには負い目がある。強く出られれば抗弁は難しかった。



「この世の終わりのような光景だな。少し前の私なら絶望して泣いていたところだぞ」



 言葉とは裏腹に、実に余裕綽々という表情と声色で現れたのはベルマ・マードンであった。


 言葉通りに絶望していたら足手まといもいいところだったが、余裕がありすぎるのも考え物であった。


「ごほん! 先日、そちらへ使者として伺った者だ。覚えていらっしゃるかな?」


「……ああ、あの時の。やたら大きな声で不満を漏らしていた使者殿か」


「さよう。先日は大変無様を晒した。そして今回は、顔すら見せなかった……この上なく無様だ」


 彼女へ話しかけたのは、クラッセル領へ訪れた使者であった。

 勇壮なる大男は、ベルマを前に無礼を詫びている。


「偉そうなことを自分で言っておいて、救援要請は他人に任せる。より一層情けないと言うほかない」


「そのような話は後でいいだろう。私は救援としてここに来たのだ、まずはドラゴン退治を済ませようではないか」


「……まったくその通り。それで作戦なのだが」


「作戦を説明する前に見てほしいものがある」


 作戦を説明しようとした大男を遮ったことで、周囲の面々は緊張する。

 やはりいろいろと難癖をつけてくるつもりなのか。

 自分が活躍できるように見せ場を寄こせと言い張るか、あるいは安全圏で非常要員として観戦する気か。

 作戦が始まった後ではなく、始まる前だからまだましだ、とすら思っていた。


 ベルマが見せたのは、自分の手の爪であった。


 何のことかと思って注視すると、彼女の爪が黒く染まったり、元の色に戻っていたりしている。

 単にネイルアートをしているだけではない。肉体に進化の予兆が出ていたのだ。


「……まさか貴殿は、第三アビリティに覚醒しているとおっしゃるのか」


「どうやらそのようだ。多分もう撃てるだろう。だからこそ、そのことを踏まえて作戦を練っていただきたい。なにせまだ撃っていないので、どういう効果があるのかもわからないのだ。使うなと言うのなら、それも飲むつもりだ」


「よ、よいので?」


「奥義のリスクは知っているし、私は以前に一度痛い目を見ている。奥義が撃てるからといって、独断専行をする気は無い。それに……」


「それに、なんだろうか」


 ここでベルマはこの上なく、若く邪悪な顔をした。


「私はこの事件が片付き次第、メラニィ・ルコードと合流してハセット伯爵閣下へ正式に抗議をする予定を入れている。もしも私がここで貴殿らを困らせてケチがついたら、正当なる抗議に瑕疵がつくだろう? それではダメだ。年下の娘二人に対して一切反論できず、内心ですら罵ることもできない状態で屈辱を与えたい。ご理解いただけただろうか」


「……なるほど」


 ぞっとするほど邪悪、無邪気であった。

 湿り気と渇きを同時にもつ悪意の呪いがあった。


 その一方で、現場からすればありがたい話である。

 彼女は強大な力に目覚めている一方で、現場の責任者の指示に従うと言っているのだ。


 本当に正当性は彼女にある。

 ここで彼女の正義を否定することは、逆にハセット伯爵の恥を上塗りする。


 そして、それよりもこの場の全員が生き残ることの方が重要だ。

 恥だとか罪だとかよりも、戦力の温存こそが優先されるべきなのだ。


「それでは、貴殿の奥義を最初に使っていただきたい」


「よろしいのか? 私一人でドラゴンを全員倒してしまうかもしれないぞ。その場合、メンツが立たないのでは?」


「奥義のリスクは知っております。であれば、貴方の安全のためにも、我等に余裕がある状態で使っていただきたい」


「それが貴殿の責任の下での命令なら、請け負うとしよう」


 凶悪な笑みを全開にして、ベルマはドラゴンたちを睨んだ。


「戦士系第三アビリティ『奥義』……!」


 彼女の全身が、まず魔人へと変身する。

 膨大な呪いを帯びた爪を伸ばしつつ、より主体的で積極的な体形に変化した。


 そこまでならば、背後の十人も達している。

 問題はここから。彼女の境地はいかほどか。



既成の墓穴(ひっさつわざ)!」

 


 彼女の爪から呪いがあふれ続けている。

 背後に立っていた十人が一気に後ろへ下がるほど、途方もない量であった。


 不気味で不思議なことに、周囲に呪詛がまき散らされてはいなかった。

 あふれ出た呪いは刃へと変換し、凝縮されて研ぎ澄まされていく。


 そしてそれは、彼女の気合と共に前方へと放たれた。


 恐るべき射程距離、恐るべき効果範囲。

 

 広い土地に分散していたドラゴンの半数の体を通り過ぎながら、彼方へと消えていったのである。


(どうなる!?)


 十人の精鋭たちは、奥義を食らったドラゴンたちに注視する。


 見たところ、まったく苦しんでいる様子はない。


 ドラゴンたち自身、呪いの刃が肉体を通り過ぎていったことは気づいていたようで、長い首を動かして肉体の状態を確かめている。

 何も起きていないはずがない、と人間もドラゴンも固唾をのんでいた。


「なるほど、こういう技か……」


 分かっていたのは、ベルマだけであった。


「私は以前のドラゴン退治で、結局逃げられてしまった。その時の反省が奥義に現れているようだな」


 奥義によって大いに消耗したベルマは、ほんの数秒の変身だけで力尽き、地面に倒れ込む。

 それを合図としたかのように、奥義を受けていたドラゴンたちの全身が一気に黒く染まっていく。


 全身に呪いがまわったそのあとで、ドラゴンたちは身動きが取れなくなったかのように停止した。


 巨体が硬直したまま痙攣し、泡と血を吹き、地面へと崩れ落ちていく。


 全身へ呪いを与える必殺技、というだけではない。

 相手は手遅れになるまでダメージを受けず、しかし発症から死ぬまでの時間はたっぷり苦しんで死ぬことになる。


 慈悲のかけらもない、確実に逃がさず殺すという意思の現われであった。


「……一名、ベルマ殿を連れて下がれ。他の九人で残るドラゴンを討つぞ」


「はっ!」


 苦しんで死んでいくドラゴンは、汚染で満ち満ちていた。

 だがやはりと言うべきか、体の周囲に汚染が広がっていない。

 こぼれた血から呪いが感染することもない。


 対象だけを確実に苦しめる呪い。

 なるほど、ベルマ・マードンに相応しい呪いであった。


(この性格で、よく他人の部下に収まっているな……派閥を率いるイレギュラ・ブラッカーテはそこまでの傑物だったか)


 残るドラゴンは五体、対する自分たちは九人で、一切消耗はない。

 もう負けないと確信しているからこそ、彼女とその仲間に思いをはせることもできた。


(叶うなら、その人物像を拝見したいものだ)


 彼女の株が大いに上がったからこそ、彼女を従わせるイレギュラの株も上がっていたのだった。


ちなみに今回の話で登場した奥義もち三人ですが、三人がかりでもヒナオトに勝てません。

ヒナオトの鉄人としての能力は状態異常耐性であり、奥義ではそれがさらに強化されて相性が悪すぎるからです。

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― 新着の感想 ―
現在進行形で上げている成果に優る看板はねえよなあ・・・まあ、限度はあるんやけども。
ヒナオト、単純に硬いだけではなく状態異常にも耐性があったのか…
ようやく理解したこの世界のモデルは某炎の紋章のようなターン制ストラテジーかここまで読んで漸く理解した。アビリティの解放は絆レベルやイベント解放ってやつだな。戦えばレベルは上がるけど低レベルでも強アビリ…
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