奇行
ブルービアン大公領にて。
街を一望できる塔に、フレイヤーの仲間は登っていた。
彼女の周囲には長く付き合いのある者が集まっており、そうでない者たちもまた出身地などで集まって話をしている。
青空の下、天下泰平を絵にかいたような街並みを見下ろしていると、様々な思いが交錯する。
そのような中で、フレイヤーのすぐ後ろに立つ賢人ヒマラヤは心象を述べた。
「私ごときではかの大公のことなど……関係のあることはわかりませぬ。しかしあのお方のおっしゃる最悪の事態について念を押していたことはわかりまする。アレは……後で文句を言うな、という事でしょう」
「なるほどね、道理で念を押していたわけだ」
肩をすくめながらコーは自嘲した。
「ことが終わった後でぐちぐちと文句をほざくな、ってことか。なるほどなるほど、予言者も大変ですねえ。さぞカワイイ連中からぶーぶー言われていたに違いねえ。心中お察ししますよ」
コーは羞恥で拗ねながら、露骨に遠くを見た。
フレイヤーだけではなく、他の仲間にも顔向けできなかったのだろう。
「オイラの仲間は、大公閣下のおっしゃるとおり『まとも』だった。あの言葉はオイラが言わなきゃいけなかった。オイラは何より家族を大事に思わなきゃならなかったってのに、姫様に殺されるべきなのかって迷っちまった」
コーは何よりも家族が大事で、家族のために自分が働かなければならなかった。
それが最優先であったはずなのに、世界や英雄のために死ななければならないのではと迷ってしまった。
あってはいけないことだ。未練を感じつつも断るべきだったのだ。
「姫様。オイラはアンタに毒されちまった。英雄的ふるまいに感動しすぎて、自分がただの養子でしかないってことを忘れちまった。このバカって罵ってくれ」
「それはあり得ない。ボクの方がもっとバカだ。いまだに未練が断ち切れずにいるんだよ」
フレイヤーは世界を見渡しながら未来を想う。
この街が火の海に呑まれ、多くの人々が死んだあと。
自分は果たして『仲間を殺せばよかった』と思わずにいられるだろうか。
なぜもっと強く推してくれなかったのだ、と叫ばずにいられるだろうか。
フレイヤーは優先順位を決めかねている。
自分は何を一番大事に思うべきで、それをもとにどう行動するべきなのか。
「ボクは皇帝の娘として、最大多数の人々の幸福のために行動するべきだ。その原理に則って君たちを殺すべきだ。なのにそれを選べずにいる。そのくせ、この街が燃える未来を想うと苦しくて仕方ない……」
今こそ決断力が求められている。
仲間を殺さず戦うと決め、それを貫くのはいい。
仲間を殺すと決めるのもいい。
どちらも選べない上に、どちらを選んでも後悔することがダメだと自虐する。
「真に考えるべきは、剣を折るかどうかだというのに集中することもできない。ボクはリーダー失格だ」
「仕方ないわよ。オレだって、どーしていいのかわかんないもの」
マルデルは腹を割って話して慰めた。
彼女の言葉に誰もが納得する。
「それに大公閣下もおっしゃっていたじゃない。私たちは全員で英雄なんだって。オレたちに足手まといはいないし、バカもいない。ちゃんと話し合って、全員で責任を分かち合いましょうよ。即断即決する方がバカってものよ。皇帝陛下がこの場にいらっしゃっても、勝手に決めるなっておっしゃるわ」
「ああ、そうだな。この重荷は……全員でなければ背負えない。ボクがリーダーだとしても、勝手に決めることはできないし、するべきでもないか」
ーーー家や車のような大きな買い物、あるいは就職先や進学先。
人生の一大事に直面したのなら、真剣に調べたうえで考えるべきである。
衝撃的な情報で脳が揺らされたとしても、それを根拠に判断をするべきではない。
なるほど、フレイヤー派閥はまともであった。
※
ブラッカーテ領にて。
境界線にある防衛線で、イレギュラは相変わらず寝ている。
体制としては寝転がっているが、その表情は苦悶であった。
彼の優先順位から言えば、仲間や友人の順位はかなり下の方だ。今ここにいることに迷いはない。
だがどうでもいいわけではない。仲間から離れていることにやきもきしていた。
そんな彼のそばにクナオルは控えている。
やはり彼の心中は察していた。
(黙っていればいいけど、黙っているとため込むのよねえ。面倒な男、自分の感情ぐらい自分で処理してほしいものだわ。まあそこがいいところなのだけど。これで何も言わなかったら、ただただ不気味だし……今もかなり不愉快だけども)
クナオルもまた思考にふける。
全知のごとく振舞うくせに、自分のことを分かっていない若造。
何も知らされぬまま先代子爵に利用されている子供だ。
哀れであろうか。それは少し違う。
少なくともクナオルは、イレギュラに対して哀れみや後ろめたさを覚えない。
(どうせ真実を知っても、驚くだけなんでしょうねえ……本当に都合のいいバカだわ)
湿り気のある目と、染まった頬。
彼女はイレギュラに集中していた。
その彼女の耳に、笛の音が届く。
横笛とか縦笛のような音階の出せる笛ではなく、ホイッスルのようなシンプルな笛であった。
その合図を聞いた彼女はイレギュラに一礼すると、その音の発信源へ走っていく。
「来たわね、クナオル」
「義姉さん、笛で呼ぶのは止めてください。私は犬じゃないんですよ」
「じゃあアイツのすぐそばで大きな声を出せって言うの」
「そもそも普通に近づいてくださいよ! 私は貴方の義妹ではあっても、部下じゃないんですから!」
「異母姉なんだから、立場は上でしょ」
「……坊ちゃんは一応知らないんですから、迂闊なことは言わないでください」
クナオルに似ているところもある女性であった。名前はトゥーユ。
血筋としては現子爵であるバイオグ・ブラッカーテの妹であるが、マメカシの下へ嫁いだことで貴族籍は失っている。
そのためクナオルの対応も一般人向けであった。
「それで、何の用ですか」
「何の用ですかじゃないでしょ。マメカシはどうしたの! アンタたちを呼びに行ったはずでしょ! なんで戻ってきてないの!」
「……思ったよりもまともな理由だったから驚いた。兄さんなら向こうに残ってもらっているわ」
「なんでよ」
「戦力が偏りすぎているから、だそうよ」
「アイツが勝手に判断したの!? なんの権利があってそんなことをしたのよ!」
「……そういえばないですね」
「ふざけんな! 私の旦那よ!? 今すぐ呼び戻しなさい!」
「そうは言われても……」
「ああもう! それなら今のマメカシが無事なのかどうかだけでも確認して!」
至極もっともな怒りをぶつけられて、クナオルはイレギュラの方を見た。
彼はがばっと起き上がり、頭を抱えてあっちやこっちへふらふら歩いている。
ものすごく挙動不審だった。
「いかがしましたか、坊ちゃん! 何が起きているのですか!?」
「ヤバい……マメカシ兄さんが死にそうだ」
「なんですって!? 貴方が残るように命じておいて、どういうことよ!」
「それが、ああ~~ええ~~……ヒナオトが、終末教団の旗を掲げて、メラニィ派閥にケンカ売ってる……」
ヒナオト。
現在は誰も口にしない名前である。
ブラッカーテ領における汚点。
一周回って笑える部下であった。
だが彼が現在進行形の悪行は、もはや笑うに笑えなかった。
「部下に笑われて、メラニィ派閥に呆れられてる……なんかまた恥をかいたな」
(きっとコイツの出生について話したのね。あのバカが言いそうなことだわ)
(坊ちゃんは知らないんですから、近くで言わないで!)
「え、え、え……なんか第三アビリティを使った! 部下を殺して回ってる、あ、あぎゃああああああああああ~~~~!」
いよいよ、イレギュラは実況ができなくなった。
彼の眼が、どれだけの惨劇を見ているのか。
周囲の者はただ悪い想像を膨らませることしかできない。
「おあっ、おあっおあっ……おお! おお!? おお……おおおおおおおおおお!!!」
イレギュラの声が応援に変わる。
「そこだ、行け、行け、行け~~~! 殺せ殺せ殺せ~!」
(何が起きてるの!?)
(ちゃんと話してよ!)
「そこだ~~!」
イレギュラはしばらくの間応援を続けたあと、満足して汗をぬぐうのであった。
説明をしたのは、そのしばらく後のことであった。
※
再び、ブルービアン大公領にて。
アレス・ブルービアンはカサンドラの前でもだえていた。
イレギュラと同様に奇声を発し、頭を掻きむしり、前後左右に首を振っていた。
そして、ようやく落ち着いたのである。
「よかった……イレギュラ殿の覚醒には至りませんでしたか。彼の人生観は強靭ですが、手塩にかけて育てた仲間が自分の親戚によって殲滅されれば、第三段階へ覚醒しかねなかった。その場合は最悪の解決策さえ失われるところでした……一安心ですね」
「そ、そうですか。お、お体に不都合はありませんか?」
「大丈夫です。いつもと同じ、胸が苦しいだけです」
一息ついたアレスは、倒されたヒナオトに注視している。
「彼が倒されたことにより、連鎖的に人々の被害は減るでしょう。また終末教団の勧誘が滞り、教祖の思惑はより一層上手く行かなくなる……いいことです」
彼の眼によれば、ヒナオトはまだ生きている。
人類最強の防御力を得た彼は、この後どうなるのであろうか。
普通であればもう終わりと評するだろうが、最悪の事態につながった場合はその限りではない。
「彼は一旦退場するでしょう。しかし最悪の事態に発展した場合、彼も再び歴史の表舞台に戻ることになる。できれば、そうならないよう願いたいですね」




