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無駄の積み重ね

 ルテリアの心は確かに揺れていた。

 タイミングが違えば、自分はそちらに行っただろうと考えてしまうほどに。


 少なくともイレギュラには乗っかってしまった。

 彼に悪意はなかったというだけで、安易な判断をしてしまったという事は事実だろう。


 あのタイミングでヒナオトからあれやこれやと口説かれていれば……。

 否。

 家族の危機を直視する前であれば、安易な道に進んでいた可能性はあった。

 彼女自身がそう考えていた。


 現在のヒナオトには理解しがたいだろうが、守るべき家族がいれば人は少々の不満は飲み込める。



 分厚い毛皮に覆われたルテリアは、鉄人となったヒナオトへ殴りかかる。

 今までにない万能感に包まれつつ放った拳は、案の定というべきか鈍い音だけがした。


 二度三度の打撃のあと、彼女は手が出せなくなった。

 拳が潰れていたのである。


「ふぅ」


 ヒナオトは粗雑に前蹴りを放つ。

 ルテリアのあばらを捉える一撃により、ルテリアは無様に吹き飛んで仲間の前に転がった。


「覚醒してアビリティが解放されて、万能感に酔ってるってか? 微笑ましいが、笑えないぜ。さっきの状況を見てなかったのか。お前たち全員が変身したって、俺には勝てねえよ」


 絶対的な実力からくる当然の余裕。

 慢心もくそもない。全能力値が相手の総力より高い上で、防御に秀でていればこうもなろう。


「アメル、様……早く、治して……」

「わ、分かってます……安心してください!」


 アメルの治療は迅速だった。

 ルテリアの体は一気に回復へ向かう。

 しかしアメルの顔は固かった。


「……ルテリアさん。死にますよ」

「分かってる。でも……勝たないと、結局みんな死ぬよ」

「そう、ですね」


 数秒、アメルは目を閉じた。


 メラニィ陣営の居心地が良すぎて忘れかけていた、自分の人生観の崩壊点を思い出す。


「ここに姫様がいたら、きっと戦うんでしょうね。それなら、僕も戦います……!」


 アメルの体から、黄色の光があふれだした。

 やはり今までのようなランクアップだけではない、アビリティの開放に伴う強い発光であった。


 第二アビリティ、防御魔法の開放。

 ルテリアの体に黄色のバリアが纏われたのである。


「コレが精一杯です……」

「ありがとう、行ってきます!」


 恐怖をぬぐい切れなかったが、ルテリアは飛び出していった。


 それに対して、ヒナオトはやはり白けた顔をしている。


「だから言ってるだろ? お前らが第二アビリティに目覚めたって、この俺には何の意味もないんだよ」


 ヒナオトが雑に拳を振るう。

 ルテリアの全身を覆っていた黄色いバリアの殴られた部分は、あっさりと割れていた。

 威力はほぼ減衰することなく、ルテリアの体に直撃する。


「うぐ……」

「今覚醒したばっかの防御魔法で、俺の攻撃を止められるかよ」


 バカのくせに戦力の分析は正しかった。

 バカのくせに。


「まだ、です! 僕の防御魔法は確かに目覚めたばかりですが、僕の回復魔法はかなりの高ランクですよ!」


 アメルは自分の回復魔法と防御魔法が、どのように紐づいているのか理解していた。

 防御のバリアの内側にいる者は回復され続け、バリアそのものも回復する。

 注ぎ込んだ力が尽きるまで、それは持続するのだ。


「そうだよ。私はまだ立てる!」


 割れたバリアは復元し、ルテリアのダメージも瞬時に回復する。

 防御能力は低いが回復力は高ランクであった。


「だからなんだよ」


 ヒナオトはやはり呆れていた。

 ものすごく適当に攻撃を放つ。


 バリアとルテリアの体は砕け、回復する。

 だがそれだけで、反撃すらもままならない。


 耐えているのは相手が本気でないからだ。

 嬲っているだけでも体は耐えられていない。

 勝負の体を成していなかった。


「残りの全員が覚醒したって、第三アビリティに至っている俺には勝てない。俺は特別(・・)なんだ」


 ヒナオトは驕り高ぶっている。

 いいや、彼がもしもそうでなかったら、クラッセル領の領民もメラニィ派閥も全滅しているだろう。

 目の前にいる金属鎧そのものになった男は、ドラゴン以上の怪物なのだ。


 希望があるとしたら。

 メラニィ派閥のほとんどの視線が、メラニィに集まる。


(期待、されているわね)


 彼女自身、自分が覚醒する可能性を考慮していた。

 もともと二つのアビリティを得ていた彼女ならば、覚醒によって第三アビリティに到達する可能性はあった。

 そうなれば、アビリティの格の上では同等である。

 しかし……彼女の顔は引きつっていた。


(私は遠距離、広範囲の攻撃魔法を持っている。ここで第三アビリティとして大威力に覚醒できるかもしれない。でも、そうなったとして……目の前の相手に有効打を浴びせられるの?)


 変身や奥義は劇的に強くなるアビリティであるが、攻撃魔法は取り回しが上がる一方で劇的に強くなれるわけではない。

 まして彼女のもともとのアビリティは遠距離と広範囲。

 今になって大威力に覚醒しても、そのランクは最低値だ。


 それでは、目の前の絶対防御を崩せると思えない。


「おいおい、ずいぶん期待されてるお姉ちゃんがいるな。見た感じ、一番高貴そうだ。だがご本人様はずいぶん自信がなさそうだぜ。ま……正常に戦力差を認識できているってこった。そうだよ、お前たちははるか格上のことを嗤ったんだ。その代償ってやつを払うことになる。従うことだけが正解だってことだよ」


 ーーールテリアとアメルの覚醒、メラニィへの視点誘導。

 それらはもともと油断していたヒナオトを更に思い上がらせていた。


 もう二度と自尊心を損ないたくない、傷つきたくない。

 そのような嗜好が極まった防御偏重の到達点、瑕疵無き生(ぜったいむてき)


 恐怖を遠ざけようとして、それに成功した男は……。

 知恵があるからこそ、警戒心が下がっていた。


 無駄な抵抗や無駄な希望が本当に無駄で、それに注目してしまったことが彼の運の尽きだった。



「ウチのマブダチに……何してくれてんのよ!!」

「ん?」



 レオナ・ベルガー。

 最高ランクの大威力魔法に至っていた竜殺し。

 彼女はすでに、ヒナオトに接近しきっていた。


「死ねえ!」


 ドラゴンを一撃で倒した時よりも格段に向上した『人類の理論値』とも言うべき最高火力。

 避けることも、撃つ前に殺すこともできたはずのそれを、ヒナオトは無防備に受けてしまった。



「!?」



 軽く、吹き飛んだ。

 無視できない痛みがわき腹から発される。

 よろめきたたらを踏む。


「づ……お前、お前、お前ええええええ!」


 落ち着いていた癇癪が再び燃え上がっていた。

 絶対強者である自分に一矢報いてきた弱者へ、途方もない怒りを向ける。


 この怒りは彼女を殺しただけでは収まらず、周囲の者にも当たり散らされることになるだろう。


「そんなこと、させるかあああああ!」


 今までのレオナにとって、攻撃を当てても倒せないのなら絶望しかなかった。

 仲間と連携せず、勝手な判断で攻撃した今はなおさらである。


 だが今は違う。

 彼女は自らの意思で死地に踏み込み、さらに前進する。


 普通の戦士なら持っていて当たり前の境地であったが、彼女にとっては大きすぎる一歩。

 それゆえに覚醒へと至る。


 赤色の発光。

 第二アビリティの開放。


「だから、だから、だからぁああああ! 言ってるだろうがあああ!」


 ヒナオトは全く恐れない。周囲も希望を抱かない。

 レオナの一撃が当たってなお痛いだけ。これ以上威力が上がる可能性はない。

 第二アビリティに覚醒したところで、勝ち目などあるはずがなかった。


「覚醒したてのアビリティは低ランク! 俺のように奥義に覚醒するのならまだしも! お前の攻撃魔法の射程が伸びようが範囲が広がろうが……!?」


「死ねえ!」


 二発目の、至近距離での攻撃魔法がさく裂した。

 やはりヒナオトは激痛を覚えるだけで死ななかった。

 大きくよろめくが、吹き飛びもしない。

 しかしその顔は驚愕に変わっている。


「お前、まさか……まさか!?」


「死ね! 死ね! 死ね!」


 どかん、どかん、どかん。

 さながら女子供の相撲ごっこのように、ツッパリをしながら前進するレオナ。

 ツッパリの度に攻撃魔法が発生し、絶対無敵を誇る金属鎧の怪物を押し出していく。


「あの子の第二アビリティは、高連射攻撃魔法なの!?」


 メラニィは呆然と、見たままの事実を口にした。


 一秒おき、だろうか。正確にはわからないが、目視でもわかるほどの間隔で連射される攻撃魔法。

 高連射と呼ぶには些か連射が遅い気もする、覚醒したばかりの低ランク高連射。


 ただし、威力はすでに極まっている。

 範囲も射程も据え置きで、しかし人類の理論値が一秒ごとに命中していく。


「うぐ、おぐ……おいおい、おいおい、おいおい! おい! おい! 待て、待て~~~!!」


 恐るべきことに、それでもヒナオトの体は崩壊しない。

 よろめき、反撃することもままならないが、鋼の肉体はヒビ一つはいらない。


 それでもヒナオトの顔と心はゆがみ切っていた。


 バカではあるが戦力分析のできる彼は、自分が詰んだことを理解してしまった。


 ヒナオトの現在の筋力よりも、レオナの攻撃力の方が上である。

 つまり攻撃を受けながら反撃をすることができない。

 

 レオナとてこの攻撃魔法を永久に撃てるわけではないだろう。

 だがそれよりも先に、確実に、ヒナオトの奥義持続時間が尽きる。


 詰んだ。


 持久力で劣るヒナオトにとって、この千日手は王手であった。


「ふざ、ふざ、ふざ! ふざけんな! 俺が、俺が、まじめにやってればお前なんて、お前なんて殺せるんだ! 全員殺せるんだ! もう一回だ、もう一回だ! 攻撃を止めろ! 俺は特別なんだぞ!!」


 その気になっていれば、全員まとめて殺せた。

 今だってダメージが蓄積していくだけだ。

 一手、一手出すことができれば圧勝できる。

 それが事実であるだけに、王手詰みは心をえぐる。


「おい、誰か! 誰か助けろ! お前ら、なんで死んでるんだ! ちくしょう、ちくしょう!」


 今しがた自分が殺した部下へ怒鳴りつける。

 一手、一手がない。


「覚醒、そうだ、俺だって、また覚醒すればいい! 神話のソレ、第四アビリティに覚醒すればいい! 俺なら、俺ならできる! いいや、奥義か変身のランクが上がるだけでもいい! 俺はできる! ははははははは! そうだ、ここからさらに大逆転だ! そうだ、お前も家族も全員殺してやる!」


「死ね!」


「俺が怖いだろ? 俺は特別だからな! 俺がここからさらに強くなったら、お前はどうしようもないもんな! だから、攻撃を止めるなら今の内だぞ! 話を聞けよ!」


「死ね!」


 よろめくヒナオトは転んで倒れた。

 無敵の肉体はその重量ゆえに倒れて沈み込む。

 その上に、レオナは必殺の表情で手のひらを向けている。


「こ、こ……こんなはず(・・・・・)じゃ(・・)なかった(・・・・)……」


 ヒナオトとて、英雄校を退学した者たちよりは努力をしてきた。

 だが実際に努力をしたからこそ、その辛さを知っている。


 辛くても苦しくても、貴族や大金持ちになれるのならよかった。

 しかしそれは一般人と同じ程度だと言われ、一般人と同じ程度の出世しか見込めないと言われてしまった。


 だから彼は別の道を探った。

 自分の苦労に見合うと思える出世への道を選択した。


 しかし彼は、肝心なことがわかっていない。

 その道は、努力が報われるという保証のない道だと。



「死ね!」



 そして人生の進路を選択することはできるが、勝利は選択できるものではない。


 一将功なりて万骨枯る。

 イレギュラのごとき一将になりたかった男は、万骨の一つになった。

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― 新着の感想 ―
バカは優れたスキルやアビリティを持っていても使いこなせない。 いやスキルは後から身につけるものだからバカには身につけることができないか。 アビリティの効果時間が切れるまで釘付けにするという正面からの力…
此処で退場するのが勿体無い程の振り切ったバカ、今後の回想シーンや比喩表現での再登場が待たれる。 第三アビリティでこれ程っつう事は、第四アビリティに覚醒した神話級のバカはどんなんなんや。
油断してたら変身持続時間が切れるまでハメられ続けて負けるとは…
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