第三十八話 確認の儀
ユーノのワープゲートを抜けた直後。
僕たちは一旦立ち止まり、恒例となった「あの」気持ち悪い時間が過ぎ去るのを待っていた。
胃の辺りがぐわんぐわんと揺れるような空間酔いが収まってきたところで、僕はゆっくりと顔を上げた。
辺りを見渡すと、これまでいた場所とは全く違う景色が広がっていた。
高木は一切生えておらず、ゴツゴツとした巨大な岩肌と、茶色く乾燥した背の低い草だけがまばらに生える荒涼とした山岳地帯。
肌を撫でる風もひどく乾いており、どこか遠くの国へ来てしまったのだと実感させられる。
「ベンジャンさん、ここはどこですか?」
「ここは、西の国の最北端に位置する山岳地帯だ」
「どうしてこんな最果てみたいな場所へ?」
「待ち合わせだ」
(待ち合わせ?)
ベンジャンさんはそれ以上何も語ることは無く、岩だらけの道なき道をズンズンと進み続けた。
黙々と歩き続けること、およそ十分。
荒涼とした山岳地帯の開けた場所に、ポツンと一つだけ、古ぼけた小さな木の小屋が建っていた。
僕達はベンジャンさんに続くようにして、その小屋の前までやってきた。
どう見ても、長年放置されたただのボロい山小屋にしか見えない。
「ここが待ち合わせ場所なの?ユーノがいなかったら、来るだけでも時間のかかる危険な場所じゃない」
セリナが呆れたように言うが、ベンジャンさんは気にも留めず、錆びついたドアノブに手をかけて扉を開けた。
「ちょっと!無視しないで何か言いなさいよ!」
「まぁまぁ、セリナちゃん。隊長はいつもこんな感じだから気にしないで」
プリプリと怒るセリナをフィオナさんが宥める中、ベンジャンさんは颯爽と中へ入って行った。
それに続き、僕達も恐る恐る小屋の中へと足を踏み入れた。
小屋の中は全く生活感が無かった。
天井の隅には所々に分厚い蜘蛛の巣が張られており、真ん中に置かれた古い木の机を指でなぞると、指先が真っ白になるほど分厚い埃がこびりついていた。
「かなり、長い間放置されていそうな小屋だな……」
兄様も、あまりのボロさに少しだけ顔を引きつらせていた。
小屋の中を見渡しても、僕たち以外には誰も見当たらない。
すると突然、ギィィィ……と軋む音を立てて、小屋の奥にある小さな扉が開いた。
そこから、身の丈ほどもある大きなリュックを背負った、小柄な男が出てきたのだ。
「ふぅー、いやー危ないところだったぜぇ全く……」
埃を払いながら独り言をこぼしていたその男は、僕たちの存在に気が付いて顔を上げた。
「おぉ!ベンジャンじゃねぇーか!もう着いていたのか!」
(あれ?この声、どこかで聞き覚えがあるような……)
「すぐに着くと言っていたはずだ」
「まぁまぁ、そんなにカリカリするんじゃねぇよベンジャン」
ニカッと笑ったその男の頬には、誰かに引っ掻かれたような特徴的な三本線の傷跡。
そして、顎には無精な茶色い髭が生えていた。
(この人って……!)
記憶がカチリと繋がり、僕は思わず前に飛び出していた。
「あっ!あなたはサフラニアの街でお会いした、情報屋の!」
僕の大きな声に、男は驚いたように目をパチクリとさせた。
「おぉ!お前はあの時の……シエロ・アルランドじゃねぇーか!」
「お、お久しぶりです!えーと……えーと……」
顔は完全に思い出したのに、肝心の名前が喉まで出かかって出てこない。
「おいおい、俺の名前を忘れちまったのか?恩人に対して泣けるぜ」
「す、すみません……」
「ま、それも仕方ないか。改めて名乗ろう。俺の名前はランデック・ソリテ。腕利きの情報屋だ!」
ランデック・ソリテ。
昔、リリア先生の捜索を手伝っていただいたあの情報屋の人だ!
あれ以来会っていなかったので咄嗟に名前が出てこなかったが、名乗られた瞬間、当時の出来事が鮮明にフラッシュバックした。
「すみません、ランデックさん。すぐに思い出せなくて……」
「良いって事よ。それより立ち話もあれだし、皆そこらへんに座ってくれ」
ランデックさんはそう言うと、埃を被った丸椅子を適当に手で軽く払い、どっこいしょと腰を下ろした。
「シエロ、あの人とは知り合いなのか?」
兄が不思議そうに僕に尋ねてきた。
「ええ、昔に一度だけ、人探しでお世話になったことがありまして」
「そうか」
兄様はそれ以上の事は深く聞かず、静かに頷いた。
「ランデックとは、既に顔見知りだったんだな」
「え、あっ、はい」
ベンジャンさんも兄に続くように聞いてきたが、相変わらず目が怖かったので、つい挙動不審な返答になってしまった。
「ねぇ~、ここにある椅子、全部埃まみれなんだけどどうにかならないわけ?」
「本当ね。私たちレディーにも、この真っ白な椅子にそのまま座れって言うのかしら?」
セリナとフィオナさんが文句を言いながら、椅子をジッと見つめている。
するとフィオナさんはため息をつき、自身の魔術で指先から細い糸を出し、椅子の座面に器用に編み込んで張ってみせた。
「よし、これなら埃を気にせず座れるわね」
「流石ね、ありがとうフィオナ!」
セリナはそう言って、フィオナが編み込んだ糸の椅子にちょこんと腰を下ろした。
ふと、その光景を前で見ていたランデックが、セリナの顔をまじまじと見つめて目を丸くした。
「おいおい……ちょっと待てよ、お嬢ちゃん。あんたのその顔立ち……」
ランデックは信じられないものを見るような目で、セリナを見ていた。
「もしかして、あんたはセリカ……いや、マーガレット家の人間じゃないよな……?」
「……っ!」
「いや、でも髪の色も違うし、確かマーガレット家は全員あの隕石で……」
ランデックさんの核心を突くような発言により、小屋の空気が一気に重くなりかけた。
だが、その前にベンジャンが冷たい声で割って入った。
「ランデック。……その件についても、今日はお前に話に来たんだ。さっさと本題に入るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれベンジャン!もしかして、あんたの言う『原初の子』の候補って……この餓鬼んちょの事かぁ!?てっきり俺は、そっちのカッコいい青年の方だと思い込んでいたぜ!」
ランデックは目を剥きながら、兄様のほうを指差していた。
「惜しいな。……原初の子は、そこの『餓鬼二人』だ」
ベンジャンさんは腕を組みながら、僕とセリナを交互に見据えてランデックさんに告げた。
「はぁぁぁぁ!?お前なぁ、自分が何を言っているのか理解しているのか!?」
「そのまんまの意味だ」
「いやいや、ベンジャンよく聞けよ!?百歩譲って、この餓鬼たちが本当にそうだったとしても、年齢的に早すぎるんだよ!こいつら、まだ12、13歳とかそこらだろ!?」
ランデックさんは額に汗を浮かべ、ひどく慌てていた。
「年齢など関係ない。こいつらは、やる気だけは十分だ」
「だからって……!」
ベンジャンさんの淡々とした言葉に、僕はどういう表情をしたらいいのか分からなかったので、とりあえず愛想笑いを浮かべておいた。
一方のセリナは、大人の話を理解しているのかいないのか、堂々と腕を組んで胸を張っている。
そんな僕達の姿を見て、ランデックさんは深く、重いため息をついた。
「はぁ……良いか?仮にお前達が本物の『原初の子』だったとして、それが確定した瞬間……お前たちは、その馬鹿デカい役目を全うしなければいけなくなる。この意味が本当に分かっているのか?」
それを聞いた僕達は、静かに頷いた。
これまでの戦いで覚悟はとっくに決まっていたし、何より、自分自身の『本当の存在理由』を知りたかった。
僕たちのその意思が表情にまで滲み出ていたのか、ランデックさんはもう一度ため息をつき、ひどく真面目な顔で語り始めた。
「いいか。原初の子と言うのは『原初の七柱』の核……つまり、強大な力の『命』であり『心臓』になるという事だ。それに、あのバケモノ揃いの『六皇神』から、この世界を守らなきゃいけなくなるんだぜ!?」
「そんな事くらい、言われなくても分かってるわよ!私が原初の子ならば、その運命を引き受ける覚悟なんてとっくに決まってるわ!」
「嬢ちゃん!全く理解してねぇな!六皇神ってのは、そこらの魔物や魔族とは次元が違うんだぞ!嬢ちゃん達みたいな餓鬼んちょなんて、戦う前に首を吹き飛ばされて死ぬだけだぜ!」
「はぁ!?私がそんなに簡単にやられるとでも思っているわけ!?」
顔を突き合わせてヒートアップするセリナとランデックさんの熱い言い合いは、不意に鳴り響いた甲高い音によって強制終了させられた。
パンッ!
小屋の中に、フィオナさんが強く手を打ち鳴らす音が響き渡った。
「はい、二人ともそこまでよ!」
お姉さんに叱られた子供のように、二人はバツが悪そうにそっぽを向いて座り直した。
「ほら、うちの隊長がずっと喋りたそうに待ってるんだから、ちゃんと聞いてあげてね」
フィオナさんに促され、ベンジャンさんは「コホン」と一つ咳払いをして口を開いた
。
(えっ!?この人、フィオナさんが止めてくれるまで、ずっと喋りたいのを我慢して黙って待ってたの!?)
僕が心の中で全力のツッコミを入れていると、ベンジャンさんはいつもの冷徹な顔に戻って言った。
「良いか、ランデック。今回はあくまで『確認の儀』だ。それ以降の説教や心配事は、儀式が終わってからにしろ。……それに、既にお前には報酬を渡しているはずだ。今更の取り下げは許さん。さっさと儀式に移るぞ」
ベンジャンさんの有無を言わさぬ圧力に、ランデックさんはついに心が折れたように両手を挙げた。
「……はぁ、分かったよ。分かった。じゃあ、ちょっと外に出るぜ」
そうして僕達は埃っぽい小屋を出て、少し離れた平らな岩場へと集まった。
ランデックさんは背負っていた大きなリュックを下ろし、中から『何重にも布で厳重に包まれた物』を慎重に取り出した。
「ランデックさん、その『確認の儀』と言うのは、一体どのように行うのでしょうか?」
僕の問いに答えるように、ランデックさんはぐるぐると巻かれた布を解き、ついにその中身を太陽の下へと晒した。
「……こいつを使うんだ!」
ランデックさんの手に握られていたのは、橙色と金色の美しい装飾が施された、両手に収まるほどの小さな箱のような物だった。
一見すると、少し高級感のあるただの古い小箱に見える。
「そ、それは……何でしょうか?」
「こいつはな、歴代の原初の子が残した『宿縁具』。別名、『アニマ』とも呼ばれる代物だ」
(宿縁具……!?)
「原初の子ってのは、生まれ変わったばかりの時は、自分が原初の子だっていう自覚が全く無いんだ。だから、大昔の原初の子が、いつか生まれ変わった未来の自分が『自分は原初の子だ』と確信できるように、自分の縁と七柱の縁を特別な方法でこの器に封じ込めた。いわば、超スゲー曰く付きの骨董品ってわけよ」
すると、ベンジャンさんが前に出て、その宿縁具を鋭い目で見つめながら口を挟んだ。
「これを使って原初の子だと確認出来た後、どうやって実際に七柱を呼び出すのだ?」
ランデックさんはベンジャンさんの方へと近づき、宿縁具を彼の大きな手の平の上にコトリと乗せた。
「『確認の儀』なんて回りくどい言い方をしてるがな。正直なところ、もしその二人が本物の原初の子だった場合、『召喚の儀』になっちまうぜ」
「……どういう事だ?」
「ベンジャン。試しに、その宿縁具にお前の縁を思いっきり込めてみろ」
「縁を、だと?」
ランデックさんは、悪戯っぽく笑いながらササッとベンジャンさんから距離を取った。
僕達は、これから何が起こるのか分からず、固唾を飲んでベンジャンさんの手元に注目した。
ベンジャンさんは少し怪訝な顔をしながらも、言われた通り宿縁具に自身の縁を強く流し込んだ。
カッ……!
その瞬間、宿縁具が眩いほどの純白の光を放った。
「えっ!?何!?何が起こるの!」
セリナが叫ぶと同時に、強烈な光が僕たちの視界全体を真っ白に覆い尽くしていく。
「来るぞ、お前らァッ!」
ランデックさんが大声で叫んだ、まさにその瞬間だった。
溢れ出た光が一気に小箱の中へと収束し、僕たちの視界が元に戻る。
……風の音だけが響く、数秒の沈黙。
「…………ばぁーん!」
ランデックさんが、両手を広げて最高に気の抜けた声を出した。
僕達は、一体何が起こったのか全く分からず、ポカンとしていた。
「…………おい、ランデック。何が起こった?」
ベンジャンさんが、額に青筋を浮かべたひどくドス黒い声で尋ねた。
するとランデックさんは、静かに怒り狂うベンジャンさんの手からヒョイッと宿縁具を取り上げ、今度は真っ直ぐに僕の方へ向かってきた。
「何が起こったって?見ての通りだ。……何も起こってねぇよ」
「…………は?」
「この宿縁具は、魂の形が適合する『原初の子本人』でないと、絶対に起動しない。本物以外がいくら縁を込めたところで、ちょっと光るだけのただの綺麗な箱だ。あっ、光るっつうのはこれを作成した本人の遊び心だと思うがな!」
背後で、ベンジャンさんがピキピキと音を立てそうなほど怒りのオーラを放ちながら、こちらを振り返っていた。
目が……目がめちゃくちゃ怖かった。
「……貴様。最初から分かっててやらせたな?」
「まぁ、俺の口で長々と説明するより、一度見てもらった方が早いと思ったんだ。そう怖い顔するんじゃねぇよ」
ベンジャンさんの殺気を綺麗に受け流すと、ランデックさんは真剣な眼差しになり、僕の目の前にその宿縁具を差し出してきた。
「さぁ、シエロ。これに縁を込めてみろ」
ランデックさんの声色が、一段深く沈んだ。
「これは、万象の女王……セレスティアの原初の宿縁具だ。まずはお前が当てはまるか試してみな!」
(これが……万象の女王セレスティアの宿縁具!)
以前、ベンジャンさんから「お前はセレスティア様の原初の子かもしれない」と告げられた時。
あの時はどこか他人事のように感じていたことが、目の前にある小箱の重みを通じて、急速に現実味を帯びてくる。
今から、僕は僕自身を証明する。
ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「シエロ。……大丈夫か?」
隣にいた兄が、僕の不安を察したようにそっと声をかけてくれた。
その落ち着いた声を聞くと、不思議なほどに指先の震えがスッと収まった。
「お兄様。……安心してください。たとえ何が起ころうと、僕はアルランド家の人間。お兄様の弟です」
「……そうか。気を付けるんだぞ」
兄は信頼を込めた眼差しを一度向けると、僕から少しだけ距離を取った。
僕は両手で宿縁具を捧げるように持ち、腹の底から全身の縁を練り上げた。
正直に言えば、怖い。もし自分が原初の子ではなかったら……いや、もし本当に原初の子だったらどうしよう。
そんな弱気な想いが一瞬だけ脳裏をよぎる。
それでも、僕は僕を知るために、決死の覚悟で宿縁具へと縁を注ぎ込んだ。
パチチッ……!
その瞬間、宿縁具から溢れ出したのは眩い白光――だけではなかった。
その光の中に、荒れ狂う橙色の稲妻が激しく飛び交い始めたのだ。
奔流となって溢れ出す光が、僕の目、耳、鼻、口……五感のすべてを直接、暴力的なまでの力で侵食してくる感覚。
視界が光に完全に塗り潰された、その一瞬。
まばたきをするほどの速度で、僕の脳裏に誰かの姿が焼き付いた。
炎のように揺らめく橙の長髪。そして、天を衝くような巨大な剣を携えた、一人の女性――。
やがて光は、一点へと収束するように宿縁具の中へと吸い込まれていく。
「な、何も起こらない……?」
セリナが呆然とした声を漏らした。
誰もが「原初の子ではなかったのか」という疑念を抱いた、まさにその刹那だった。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
宿縁具から、これまでの比ではないほどのとてつもない縁と光が、爆発的な勢いで噴き出した。
きゅいぃぃぃぃん、と空気が悲鳴を上げるような高周波が響き、直後に衝撃波が山岳地帯の岩肌を揺らす。
あまりの光量に目を閉じ、再びゆっくりと開けたとき――僕の目の前には、圧倒的な『存在感』を放つ一人の女性が立っていた。
腰まで届く橙色の長髪を風になびかせ、額にはギラギラとした宝石が埋め込まれた神々しい宝冠を戴いている。
そしてその手には、これまで見てきたどんな武器よりも鋭く、美しく、見る者すべてを平伏させるようなの剣が握られていた。
山小屋の前にいた全員が、呼吸をすることすら忘れて言葉を失っていた。
目の前の女性は、射抜くような鋭い視線で、じっと僕の瞳を見つめていた。
沈黙を破り、彼女が静かに口を開く。
「……その目。その縁。そして、その杖か。そうか……今回は、随分と幼い段階でたどり着いたか......」
圧倒的なプレッシャーに喉が引き攣りそうになりながらも、僕は震える声で何とか言葉を絞り出した。
「え、えっと……。あなたは、一体……?」
「貴様からこの私を喚んでおいて……まあ良い、毎度似たようなものだ、仕方のないことだ」
彼女はフッと不敵な笑みを浮かべると、手にした剣を音もなく消し、一歩、僕の方へと近づいた。
「我が名は原初の七柱が一人。……万象の女王、セレスティアだ」
(セ、セレスティア……!!本当に……僕は、この人の原初の子だったんだ!)
「そして、貴様こそが我が『心臓』――この私の原初の子だ」
荒野の風が吹き抜ける中、万象の女王セレスティアが、この世界に再び現界する 。




