第11話:噂の町
リュフトとは離ればなれになってしまったが、これでよかったのかもしれないと思うメグナツだった。リュフトが嫌いだったからではない。そう思うきっかけとなったのは、リュフトが婚約者にお姫様抱っこされている光景を見た時だ。あれにはまったく違和感が感じられなかった。それが彼(?)の本当の姿のようにも見えた。今思えば、他にも女の子の部分を窺わせる要素はいくつかあった。きっと隠しきれなかったんだろう。そういうことをずっと隠して、自分を偽って生きていくのは窮屈なんじゃないだろうか。だったら“女の子”に戻れてよかったんじゃないのかな。そんな気がするメグナツだった。
まだ早いけど、いっか。
メグナツはとりあえず、受付に行ってみることにした。
来た道を逆に進んで先程の場所に出ると、まだ人の列ができていた。人気あるんだなぁ、とつくづく思うメグナツだった。受付の奥にも人が並んでいて、そこで依頼したものを受け取ることになっていた。番号付きの貝殻を渡すとメグナツの分もすでに用意されていたので、代金を支払いシロロダイヤを受け取った。あとはこれを工房に持ってってと。メグナツは鼻歌を歌いたい気分で、そこを後にした。
工房ってどこにあるんだろう。帰りの汽車の中でメグナツは考えていた。リュフトはもういないので、これからは自分一人で考えて行動しなければならない。この汽車はブーハ駅に停車するが、ブーハに行ってもほとんど何もない。工房もなかった。宿はどうしよう。それも見付けないと……。そんなことを考えながら、頬杖を突いて窓から景色を眺めていると
「こんにちは」と向かい側の座席にいる老婆に声をかけられた。ちょこんと頭を下げて微笑する老婆にメグナツは「こんにちは」とお辞儀した。
「お一人なんですか?」
「はあ」
メグナツが落胆気味に答える。
「まあ、それはえらいわね。一人旅なんて」
「いえいえ」
感心されてメグナツは、複雑な表情でポリポリとこめかみを掻いた。
「途中までもう一人いたんですけど、ちょっといろいろあって。帰りは一人になっちゃって……」
「そう、それは大変だったわね」
老婆は同情するように顔の中央に皺を寄せた。
「わたしもね、一人なんですよ。よかったら、話し相手になってもらえませんか?」
「あ、はい。ぼくでよければ」
メグナツが快諾すると、老婆はうれしそうに笑った。彼女はさっそく立ち上がると、大きな四角い蓋付きのバスケットを持って、メグナツの席の隣に移動した。
「どうぞ」
老婆はバスケットの中から取り出した焼き菓子をメグナツに差し出し、メグナツはお礼を言ってそれを受け取った。
「大きなバスケットでしょ? 一人できっと退屈すると思ったから、お菓子をたくさん詰めてきたんです。こうして偶然知り合った方と、いっしょにお菓子を食べながらおしゃべりできたらいいなと思って」
「あはは、それはいいですね」
老婆からもらった焼き菓子はとてもおいしかった。やさしい味がする。ハチミツやバターの香ばしい風味が鼻から抜けて、甘味が口いっぱいに広がる。生地のふわふわした食感が、お腹を満たしてくれた。
「これ、おばあさんが作ったんですか?」
「ええ。あの、お口に合わなかったかしら?」
少し不安そうな顔をする老婆に、メグナツはぶんぶんと首を振った。
「全然っ。すっごくおいしかったです」
「よかったわ」と老婆は微笑した。さあ、お好きなだけどうぞと言われ、メグナツは「じゃあ遠慮なく」ともう一つ頂いた。
「これからどちらに行かれるんですか?」
老婆が尋ねた。
「工房へ行きたいんですけど、この辺のことよくわからなくて」
困ったようにメグナツが首を傾げると、老婆がはっとしたように目を見張った。
「それなら『チョークアーティ』に行くといいわ」
「チョークアーティ?」
「ええ、ブーハの三駅先にある町ですよ」
なんでもチョークアーティには、首飾りや指輪などの装身具を作る腕のいい職人がいるらしい。
「そこって宿屋もあります?」
「ええ、ありますよ」
すると老婆は「それにね……」と言って表情を変えた。声を潜めて続きを語る。
「あの町には奇妙な噂があるんですよ」
「“奇妙な噂”?」
好奇心をくすぐられる言葉に、メグナツが視線で促すと
「ええ」と老婆はゆっくりと頷いた。
「人の顔の形をした花を栽培している館があって、それが歌を歌うらしいの」
「……?」
メグナツは困惑した。
人の顔の形をした花が歌を歌う――それって怖いのか面白いのかわからないな。人の顔の形と聞いてゾクッとはしたものの、恐怖心より見てみたいという興味のほうが強く湧いた。そういう所は、祖父のガービネ譲りだ。
「それから」と老婆が続ける。
「まるで本物の人間のような、それはそれは美しい人形があるという噂も……」
「人形?」
なんか面白そう~、ますます見てみたい。これは行くしかない! そう思う、怖いもの知らずなメグナツだった。
チョークアーティでメグナツは汽車を降りた。老婆の行き先はもっと先の駅だったので、メグナツは降りる時に、ごちそうになったお礼を言って別れた。
どんな町なんだろう……
駅を出る頃には、外の景色は黄金色に染まっていた。お化け屋敷に行く感覚で駅から歩いて町に向かうメグナツ。やがて地名を示す木の看板の前に来て立ち止まった。『チョークアーティ』。着いた~っと。ピョコンと飛んで看板の向こうに降り立ち、町内に足を踏み入れる。
人の顔をした花なんて本当にあるのかな~。あ、それより先に工房を探さなきゃ!
パン屋のおかみさんに場所を教えてもらったメグナツは、工房へ向かった。そこで材料となるシロロダイヤを渡し、装身具の制作を依頼すると
「出来上がるまで数日ほどかかります」と言われた。だったらとメグナツは、滞在中、例の噂のことを調べてみることにしたのだった。
宿屋で一晩ぐっすり寝たメグナツは、翌朝朝食を済ませると、さっそく調査に向かった。噂の一つ『人の顔の形をした花』を探しに行く。
またあのパン屋のおばちゃんに聞こう。
メグナツは前日にも尋ねたパン屋へ行くと、紐状の生地を捻じって焼いたドーナツ――ねじねじドーナツを一つ買ってから例の場所を尋ねた。するとパン屋のおかみさんは、親切に館の場所も教えてくれた。
「ありがとう、おばちゃん!」
メグナツは陽気に手を振って店を後にした。教わった場所にそれを発見する。
「うわあ、本当だったんだぁ。不気味ぃ~」
家の壁を覆うように蔦が生えている館があった。その建物を囲む柵の向こうに花壇が見える。メグナツがいるのは、扉が付いて出入り口になっている場所だった。そこにまるで嘘のように人の顔の形をした花が一本、文字通りニョキッと柵の隙間から顔を出していたのである。今にも、ここから出して! という声が聴こえてきそうだ。これ、本物かな? 半信半疑でそっと手を伸ばすと
「気になりますか?」
玄関の扉が開き、中から誰かが顔を出した。
「え?」
びっくりしたメグナツは、思わず手を引っ込めて後退した。声がしたほうに視線を向けると、眼鏡をかけて痩せ型の男性が、玄関からこちらを見ている。彼はにこやかな微笑を浮かべて言った。
「よかったら上がってみませんか?
“もっと面白いもの”をお見せしますよ」
好奇心旺盛なメグナツは、誘われるがままに館に招かれることにした。
「おじゃましま~す」
館の主が扉を手で押さえ、快い笑みを湛えてメグナツを家の中に迎え入れる。彼は扉を閉めると「どうぞこちらへ」と先導して歩き出した。それなりに広い館ではあったが、不思議なことに使用人などの姿は見られなかった。この人、こんな広い家に一人で住んでるのかな?
「この館のことは、噂でお聞きになったんですか?」
案内した客間で主が言った。
「はい、汽車の中で知り合ったおばあさんから聞きました」
メグナツが言った。主が用意してくれた紅茶や焼き菓子をうれしそうに口に運ぶ。
「おばあさんから?」
「はい。ぼくが工房を探してるって言ったら、それならチョークアーティがいいわって、この町を教えてくれたんです」
「そうですか」
主はゆっくりと口角を上げた。
「そうやって来られる方が多いんですよね」
「すみません、迷惑でしたか?」
「いえいえ、そんなことはありません。むしろ興味を持って来てくださるのは光栄ですし、私はこの趣味を誰かと共有したいと思っていますので」
「なら、よかったです」
メグナツは安堵すると、再び焼き菓子に手を伸ばした。
「それにしてもこのお菓子おいしいですね。この、バターのふわ~っとした感じ」
「この地域伝統のお菓子です」
「そうなんですか? だからか、汽車で知り合ったおばあさんからもらったお菓子に似てるなぁと思ったんですよね」
「よろしかったら、お包みしましょうか」
「いいんですか?」
「ええ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
後でお渡ししますね、と言って主は微笑した。
「お願いします~」
メグナツがすっかりご機嫌になっていると主が切り出した。
「ところで、こちらには旅行か何かで?」
「実は依頼されて……」
メグナツは王妃に依頼されて、はるばる海を渡ってここまできたこと、道中リュフトと離ればなれになったことの顛末をざっくり語った。
「それはお疲れでしょう。こんなところでよろしければ、どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとうございます~!」
うわぁ、この人本当いい人だなぁ。メグナツは感激して大きなアーモンド型の瞳をキラキラと輝かせた。
ティータイムを終えると、主がいよいよ“例のもの”を見せてくれることになった。
「地下へ案内します」と言って先導する主の後に、メグナツが追随する。
「“もっと面白いもの”って、もっと珍しい花ですか?」
無邪気な質問に主は、ただ静かに口角を上げた。
「もっと基調で……“もっと美しいもの”です」
「もっと美しいもの?」
疑問符を浮かべて首を捻るメグナツを見て
「見てのお楽しみです」
主はクスクスと笑声を漏らした。
廊下を進み階段の前にやって来ると、彼はそこで足を止めた。背後を歩いていたメグナツのほうを振り返る。
「実は今、次の作品のモデルを探していまして。よろしければ、モデルになっていただけませんか?」
「モデル? ぼくなんかでよかったら」
「それはよかった。ありがとうございます」
「それで、なんのモデルですか?」
「実物大の人形です」
「……人形」
メグナツが主の言葉を反芻していると――
「痛っ!」
突然メグナツの首に鋭い痛みが走った。手で触れるとぬらりとした血が指に付着した。
「わあっ!?」
突然ぬめっとした生温かい何かに首を舐められ、メグナツは飛び上がった。主の舌だった。
「大丈夫、ただの虫です。こうしたらすぐに治ります」
「は、はあ…」
そうは言うもののメグナツは、気色悪かった。
「ちょ、ちょっと…!?」
今度は主が激しく首を吸引してきて、メグナツは驚いて抵抗した。
「暴れないで、今毒を吸い出しますので」
そう言われて仕方なく我慢してそれに従うが、患部に吸い付く主の口の生き物のような動きに、終始悪寒が止まらなかった。
「終わりました。もう大丈夫です」
しばらくして淡々とした口調で言うと、主は階段をさらに下へ下へと進んで行った。途中でさすがにこれは長すぎると思ったメグナツが尋ねる。
「あの~、地下何階まであるんですか?」
「3階です。コレクションが増えて場所を作るために掘り進めていくうちにこうなってしまったんです」
「コレクション?」
ポカンとしてメグナツが首を傾げると
「これが私の“コレクションたち”です」
「ッ!?」
メグナツは思わず息を呑んだ。主が向けたランタンの明かりに、ぼんやりと浮かび上がる“それ”を見て。メグナツは身体が凍り付いたように、その場から動けなくなる。
「これは……」
人にしか見えなかった。しかしその目に魂の炎は灯っておらず、替わりに魂は冷たい氷の中に閉じ込められているかのようだった。
「これは何ですか>」
錆びついた扉をこじ開けるように、ぎくしゃくした動作でメグナツは主のほうを向いた。
主の顔がランタンの明かりを浴びて、暗闇の中で不気味な橙色に浮かび上がる。
「美しいでしょう? “私が招いた少年たちです”」
「……っ」
メグナツは戦慄して生唾を飲み下した。自分もこの館に招かれた一人だ。この“動かぬ少年たち”のように。じりじりと後退するメグナツに、主がゆっくりと歩み寄る。
「私の次の作品のモデルは……
“あなたです”」
「!?」
主の手が伸びた。その手でメグナツの頭を鷲掴みにすると、主はそれを激しく揺さぶった。
「なかなか薬が効かないな。ほぉら、これで頭がくらくらしてきたか?」
「やめ……て!」
メグナツは抵抗するが、叫ぼうが爪を立てようが、主は手を止めない。
「あ……!?」
散々揺さぶってから、主は突然ぱっと手を離した。その拍子にメグナツは、平衡感覚を失った足でふらふらと数歩彷徨うと、振り子のように床に向かって倒れた。床を打つ鈍い音と全身に襲いかかる強い衝撃がメグナツを襲う。
「っ!?」
開いたメグナツの口から洩れる、声なき悲鳴。うめき声が後に続く。
倒れた床の上で虚空を掴むメグナツを、主は満足げに見下ろした。
『君の姿を永遠にかわいい姿のまま保存してあげよう
この蝋々とした密室の中に』
――つい先刻まで動いていた“少年”は瞳孔が開いた瞳で、床の上からその声を聴いていた。
■ ■ ■■ ■■■ G A M E O V E R・・・・・・… ■■■ ■■ ■ ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■ ■■■ ■ ■ ■■ ■ ■ ■■ ■ ■■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
あなたはプレイヤーに恵まれず、何度も何度も同じ殺され方を繰り返します。
リセットしては同じ場面に遭遇し、リセット・死・リセット・死・リセット・死・・・・・・・
クリアするまでそれは繰り返されます。
二次元世界を支配しているのは三次元世界の者。
その世界ではリセットが『死』
そして……
三次元の世界に生きる人間もまた
別の次元にいる存在に操られているのかもかしれません。
あなたが三次元の世界の住人であると
思い込んだ二次元の世界の存在でなければ……




