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異世界で女子会

「仕事のお話し中に、すみません……」


 クラウディアは、アロイスとルーカスの会話に割って入る。


「ルーク、エリーゼと少し話をしてきます」


 この部屋を出て行く許可を、ルーカスに取る。

 ルーカスはクラウディアに即答せず、アロイスの方へ向き直る。


「……シュピーゲル男爵、よろしいでしょうか?」

「――――二人きりにならなければ。ホフマンを同席させます」


 アロイスの答えに、ルーカスが不満の表情を露わにした。


「女性同士の話を男に聞かせるとは、無粋ですね。それに、ホフマン殿には仕事上で訊きたいことがありますので、このままここに留まっていただきたい」

「……」

「うちのディアは、魔法は使えませんし、エリーゼとは友人で危害を加えることはありませんよ」

「それでは――――」


 アロイスは、この場にいない女性を同席させることで、ルーカスを納得させた。



 そして、エリーゼはクラウディアを連れて、自室へ移動してきた。


「ここが、エリーゼの部屋?」

「そうよ」

「物が少ないわね。てっきりあなたのことだから、好きなもので埋め尽くしているかと思ったけれど――――」


 最低限の物しか置いてない殺風景な部屋に、クラウディアは驚いていた。


「いずれは王都に帰るもの」

「そうよね、ラルフ様とやっと婚約できたんですものね」

「えぇ……」


 その時、扉をノックする音がした。

 エリーゼはクラウディアとの話を中断し、扉を開けた。


「すみません、お義姉様。お兄様が心配症で……」


 立っていたのは、リタだった。


「いいのよ。私も、ベッドで休んでばかりで、気が滅入ってしまうから。気分転換にお話に加わらせてね」


 アロイスは、リタが同席しないとエリーゼ達が別室に行くことを許可してくれなかったからだ。リタの同席をルーカスに願い、男爵権限を盾にして異論は許さず押し通した。


 リタを見たクラウディアは、姿勢を正した。


「シュピーゲル男爵夫人、突然の訪問に過分の対応をいただき感謝します。クラウディア・イーゼンブルクでございます。よろしくお願いいたします」


 アロイスにも見せた美しいカーテシーをして、クラウディアはひざを折った。


「リタ・シュピーゲルです。気軽に話してくださっていいわよ」

「はい……、ありがとうございます」


 リタを見るクラウディアの視線が、大きなお腹に向けられている。


「もうすぐ産まれるのよ」

「そうなんですか。赤ちゃんは動きますか?」

「えぇ、今も元気に動いているわ。あなたの声を聞いて起きたみたいよ。この子はあなたに興味があるみたい……」

「……」


「お腹、触ってみる?」

「えっ……」


 触ると答える前に、リタがクラウディアの手を取り、自分の腹に触れさせた。皮膚がわずかに動いたのを感じ、クラウディアが「あっ」と、声を上げた。


「分かった?」


 クラウディアは声を出さず、何度も首を縦に動かし答えた。


「はい……、びくびくって手を押してきたわ」

「そうね、やっぱりあなたの事、気に入ったみたいね」

「?」


 リタの言葉の意味が解らないクラウディアに、エリーゼは説明する。


「クラウディア様、アロイスお兄様が同じことをすると、赤ちゃんは動かなくなるんですよ。私が触ったら、動いて答えてくれるのに。だから、赤ちゃんは好きな人しか反応しないみたいなんです」


 リタも補足するように話す。


「旦那様は『動け~、動け~』って、しつこく呼びかけるから怖いのかもね。声だけ聞いたら、確かに脅迫みたいで命令されてるようにも聞こえるし……」


「黙って動くのを待ってたら良いのに……」


「そうね、でも何度言っても聞いてくれないし~~~~。もう、呪いか?ってレベルで呼びかけ続けるし。全く諦める様子ないし。困ったさんよねぇ……」



「ふふふっ……」


 リタとエリーゼのやり取りに、クラウディアが思わず笑う。

 その屈託のない笑顔を見て、リタとエリーゼも笑顔になった。

 ひとしきり三人で笑った後、クラウディアがぽそりと呟いた。


「いいなぁ……」


 クラウディアは、羨ましさの中に何故か辛そうな顔をしていた。


「クラウディア様にも、じきに同じ幸せがやってきますよ」とリタが言うと。


「来ないわ」と、クラウディアは即答した。


 刺々しく断定する声は、何処か寂しげだった。

 ルーカスと結婚して、幸福の絶頂にいるはずなのに、この顔はかけ離れてしまっている。


「どうして……来ないと言い切れるの? ずっと好きだったルーカス様と結ばれたというのに――――」

「結ばれていないわ、エリーゼ。ルークは私と結婚して妻扱いしているけど、まだ、籍すら入れてないのよ。それに、私はルークと結婚できないと思っているの」


「え? どうして!? あんなに大事にされているのに?」

「私は、本当の意味で妻になれないから。毒に侵された体の私では……」


 リタが戸惑って、エリーゼを見た。

 クラウディアの言葉の意味を知るエリーゼは、あの痛ましい事件がまだ終わっていなかったと知り、愕然とした。


 かける言葉が思いつかなかった。


「クラウディア様、ずっと苦しみ続けてこられたんですね」

「……」

「ルーカス様に、その気持ちを言えずに苦しかったですね」

「……ぅん……」


「お義姉様や私の前では、隠さず本当の気持ちを言ってもいいですよ。ね! お義姉様。ルーカス様に内緒にしておいてくれますよね!」

「そうね。男の方に言いずらい事でしょうから、黙っておきますよ。そんな悲しそうな顔で思いつめるのは良くないわ」


「シュピーゲル男爵夫人……」

「リタでいいわよ。私もあなたの名前を呼んでもいい?」

「はい……、リタ様」


 話がまとまりかけた時、不意に喉の渇きに襲われた。

 エリーゼは、長話に備えて環境を整えることにした。


「込み入った話をする前に、お茶の用意をしてきます。熱ぅい美味しいの淹れてきますから」

「なら、私が用意してきましょうか?」

「お義姉様、二階まで運んでくるのは大変だから私がします」


「エリーゼ、一人で運ぶの大変なら、私が手伝うわよ?」


 クラウディアが気を遣い申し出てくれる。


「いやいや、クラウディア様はお客様です。そんなことはさせられません」

「「……」」


「――――えっとぉ……、それなら三人で用意しに行かない? 全員で移動した方が、旦那様も安心すると思うし」


 リタの提案に「「そうしましょう!」」とエリーゼとクラウディアがハモる。


 三人で連れだってキッチンに向かうと、ホフマンがすでにいて湯をコンロにかけようとしていた。ぞろぞろと女三人がやってきて、ホフマンは驚いてこちらを見た。


「ホフマン、あなたも来ていたのね」

「俺はお茶のお代わりを淹れに。みんな揃ってどうされましたか?」

「私たちもお茶の用意をしに来たの。それとお茶うけに何か摘まめる果物とかないかなって……」


「果物なら、洋梨と葡萄がありますね」


 湯が沸くのを待つだけだったホフマンが、棚から果物をサッと出して、並べてくれる。そして、エリーゼ達三人のカップも、トレイの上に用意してくれる。


 本当にできるな、この執事。


「私が洋梨をむくから、お義姉様は葡萄を――――」て言ってる間に、ホフマンが洗った葡萄をガラス皿にのせてすっと出してきた。同時に、洋梨を盛るガラス皿も揃いのものがすでに用意してある。相変わらず動きを目で追えないくらい手早い。


「――――ありがとう。ホフマン……」


 エリーゼは若干ドン引きしながら、礼を言う。


「洋梨も、私がやります」

「そう……、お願いね」


 ホフマンの仕事を取り上げることは禁忌(タブー)なので、エリーゼは大人しく任せることにする。

 調子を狂わされることないホフマンは、さらにもてなす提案をしてくる。


「よかったら、パンケーキも焼きましょうか? メープルシロップと果物の相性も良いと思いますが……」

「え? いいの!?」

「豆乳あるので、卵と牛乳を使わないパンケーキ、焼きますね」

「うん! あれが良い」


 美味しかった記憶が蘇り、エリーゼは反射的に返事していた。


「ふ、分かりました」

「見てていい?」

「カウンター越しなら」

「うん、うん」


 エリーゼは、ホフマンの作るパンケーキを気に入っていた。

 実は一度、そのパンケーキの再現をしようとして、混ぜすぎて微妙な食感のパンケーキをになって大失敗した。だから、ホフマンにやってもらった方が良い。ホフマンがやりたくてやっているので、罪悪感はない。


 ホフマンの手さばきは無駄がなく、あっという間にタネを作り上げ、フライパンで焼き始める。


「早っ……」


 クラウディアが目を見開いて驚いている。


「そう、早いでしょ? 彼は私たちより女子力高いのよ」


 エリーゼは悟ったように言うと、クラウディアは同意とばかりに頷いた。

 料理上手なリタでさえ、彼の腕前には負けてしまう。


「いつも楽させてもらっているわー」


 リタの声はどこか他人事チックでぼやいているように聞こえる。

 悔しいけれど、敵わないのだから仕方ないのだ。


「すごいのねぇ……」


 クラウディアも褒めている言葉を発しながら、若干残念そうにホフマンの顔を見ていたが、エリーゼは気づかないふりをした。


 この世界で家事好き男子って、やはり受け入れがたいことなのね。

 前世なら、引く手あまたなモテ男子になれただろうに……。

 でも、ホフマンクラスの家事スキルは出来過ぎで、心の中を常に読まれている気がして怖いと思ってしまい、私はいつも引いてしまうんだけれども……。

 ドンマイ、ホフマン。


 あれこれと考えを巡らせているうちに、食べやすいようにと、ギリギリ一口でいけそうな大きさのパンケーキが完成した。

 ガラスのピッチャーに、たっぷりのメープルシロップと、味変にイチゴとリンゴのコンフィチュールもつけてくれて、至れり尽せり感に溢れている。


 エリーゼのために植物性食品しか使ってないスイーツは王都のカフェにも劣らない、すばらしい出来だ。


「クラウディア様は、パンケーキはバターが欲しい方ですか? ご所望なら用意しますが……」

「ひっ……、……いえっ、大丈夫です」


(あぁ……、ホフマンの至れり尽せりのやりすぎで、クラウディア様が引いているわ……)


 初対面の男性に心を先読みされることは、もはや恐怖しか産まない。

 エリーゼは、クラウディアの反応が分かり過ぎるくらいで苦笑いするしかなかった。


「そうでしたか、失礼しました」


 ホフマンは引かれているのに全く気にせずに、お茶を淹れて渡してくれる。


「重いポットがあるトレイは、運びましょうか?」

「いえ、私が運ぶからいいわ」


 エリーゼは、ホフマンの給仕しに来そうな勢いに慄きながらも、強めに断った。

 そして、付いて来ないように釘を刺す。


「ホフマン、女の子同士の話をしたいから、絶対来ないでね。盗み聞きしたら、絶交だからね!!」

「……」

「ホフマン! 聞こえているの?」

「ルートと――――」

「?? ……ルート、盗み聞きしないでね」

「――――分かった」


 『ルート』と呼ばれて、ホフマンは嬉しそうだった。

 実演販売の時だけの同僚設定を、ここで持ち出してくるのはなぜなのかと引っかかったが、ホフマンについてきてほしくなかったエリーゼは乞われるまま愛称呼びした。


 ホフマンの話を終えることに成功し、エリーゼは重いトレイを持ちさっさと自室へ向かう。


「まさか、餌付けされているなんて……。やっぱり悪い虫(・・・)がついてた。確かめに来て良かったわ」


 クラウディアが名残惜しそうに見送るホフマンを見て、ぽそりと呟いたが、誰も聞き取ることは出来なかった。




 


いつも『ルート』と呼ばれたいホフマンの気持ちは、エリーゼに伝わらず残念。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

いつも読んでくださる方、誠にありがとうございます!

励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。

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