商談
イーゼンブルク兄妹の対応は、全てホフマンとアロイスがするそうで、エリーゼはリタと明日の商談に使う応接室の準備をすることになった。
応接室を清掃し、エリーゼは生け花を飾る。
「また、今回も個性的ね。庭の木を興奮しながら切り落としている姿は、ちょっと心配になったけれど……」
「あれは……、面白い枝ぶりについ、興奮してしまって取り乱しました。どうか、忘れてください」
黒歴史だわ!
自然に育てられた樹木は魅力的過ぎて、我を忘れてしまったのだ。
枝ぶりも素晴らしかったが、庭木に生えているのを見つけたときは、前世の日本を強く感じて、テンションが爆上がってしまったのだ。反省。
今回の生け花の花材は、実柘榴と、白のトルコ桔梗と石蕗の葉だ。どれも、シュピーゲル家の庭にあったものを使う。
「エリーゼは、よく花言葉に心配りして生けているけど、今回はどういう意味があるの?」
リタは、ようやくエリーゼを呼び捨てで呼ぶようになった。
アロイスに、他人行儀な態度は改めろと言われたらしい。
それと同時に、言葉遣いも砕けてきて、より家族らしいやり取りができて嬉しい。
「柘榴の花言葉は、『結び合う』とか『子孫の守護』と言う意味があります。商談成立しますように、そして、お義姉様が無事に元気な赤ちゃんを産みますようにと願いを込めています」
「まぁ……! 私のために?」
「はい!」
エリーゼが満面の笑みで元気よく返事すると、リタが破顔してエリーゼの頭を優しく撫ぜた。
「もう! 可愛い!! 私の義妹はっ」
「ぅえ!? お義姉様の方が、可愛いと思います」
「はぁぁ……、そういうちょっとズレているところも……、可愛いのよ」
「……」
エリーゼは照れくさくなって、リタから視線を逸らした。
そして、花を生け始めると、リタはソファに座って距離を取って見守ってくれている。エリーゼは、花に意識を集中させて、どう見せて生けて欲しいといっているのか聞いてみる。
『そう、そう! そのままで!』
『わたしは、ちょっとななめがいいなぁ』
異世界の花たちは雄弁だ。
彼らの望みを聞きながら、エリーゼが良いと思う位置に花を生けていく。
華道の知識通りに配置すると、花たちは喜ぶ。
前世の華道という伝統技術は、花を貴ぶ確かなものだと実感する。
柘榴の枝は折れやすいので、あまり手を加えずそのままの枝ぶりを生かして生ける。そして、実柘榴は葉をつけたままだと水揚げが良くないので、全ての葉は取り除く。そうすれば、花の持ちが良くなり、実が強調して見える。
実柘榴をバランスよく配し、より実を際立たせるために、石蕗の斑入りの葉で枝の存在をところどころぼかす。
そして、白のトルコ桔梗で塊を作り、中心を締めるように生ける。柘榴の野性的な枝を見せている部分へ、塊からトルコ桔梗を伸び上がる力を同調させる様に散らして生ける。
花たちが主張するのを受け入れ、応えていくと、見事な作品に仕上がった。
エリーゼが生け終えて頷いて息を吐くと、リタがはぁとうっとりとした顔で言った。
「庭で伸び放題だった樹木だとは思えないくらい、素敵になったわね」
「自然に思うまま育っているからこそ、にじみ出る美しさというものがあります」
「柘榴は実を食べるものとしか、考えていなかったけれど、生け花に使えるのね」
「季節を感じることが出来る植物で、切り花になっても水揚げするものなら、何でも使っちゃいますね」
「はぁぁ……、毎回、驚いちゃうわ。エリーゼの生け花は本当にすごいわねぇ……」
「ふふ、ありがとうございます」
大きく膨らんだお腹を抱えながら、リタは少女の様に可憐な笑みを湛えるリタは美しい。無垢な彼女に飾らない言葉で褒められると、エリーゼの心はじわりと温かくなる。
表情を緩めたエリーゼを見たリタが、言う。
「エリーゼ、義姉として言っておきたいのだけれど――――」
リタは見たことのない威圧を纏い、エリーゼに向き直った。
「無理なことは決してしては駄目よ。出来ないと気が付いたら、すぐに助けを求めなさい」
「お義姉様……」
「私や旦那様を、泣かせないでちょうだい。お願いね」
「……」
(あぁ……、ここの人達はどこまでも清らかで、優しい人達ね)
全身全霊をかけて、エリーゼのことを考えて応えてくれるリタ達に、自分は本当のエリーゼではない人間であることを、隠し続けている。
後ろめたくて逃げ出したくなるが、エリーゼはどこへ行くこともできない。
ネガティブな感情が湧き上がってきたが、振り切らなければと自らを奮い立たせた。自分自身が、正体を隠したまま向き合うと決めてここに来たんだと、弱い心に言い聞かせた。
「エリーゼ?」
「すみません、お義姉様。心配ばかりかけて……。私、こんなに大事にされて嬉しいです。怒られているのに喜んでるって変ですよね」
リタは怒気を帯びた顔を、渋面にして、殺気を消した。
「もう! 頑張って怒ったのに。笑われるとは!」
「お義姉様の気持ちは、心に深く刻みました。ありがとうございます」
不慣れなのに、一生懸命怒ってくれたリタに感謝した。
ここに居て良いと思わせてくれる存在が、ラルフ以外にもいると実感して、本当に嬉しい。はちきれそうな沢山の実を、皮の下に隠した柘榴の様に、目に見えていない愛情を感じた。
そして、次の日の午後、シュピーゲル家に、ルーカスとクラウディアがやってきた。
「初めまして。ヴァローズ商会でバイヤーをしております、ルーカス・イーゼンブルクと申します」
「クラウディア・イーゼンブルクです」
クラウディアが、完璧なカーテシーをして、アロイスに最敬礼した。
格上の伯爵令息と令嬢が、先に揃って挨拶をしたので、アロイスは驚いているようだった。
この異世界で挨拶は、目下のものが先にするのが暗黙の了解で、本来なら伯爵より階級が下であるアロイスの方が先に挨拶しなければならない。なのに、ルーカスたちは最敬礼で先に挨拶してきた。さもアロイスの方が目上だと言わんばかりに……。
「アロイス・シュピーゲルです。ようこそ」
アロイスは言葉少なに、ルーカスらに返した。
応接室に通して、全員座った所で、アロイスが口を開いた。
「イーゼンブルク伯爵が、なぜヴァローズで下働きを?」
「お兄様!?」
エリーゼはぎょっとしてアロイスを見た。
格上貴族に、いきなり喧嘩を売る様な横柄な態度に驚いたからだ。
しかし、ルーカスは想定内の質問だったらしく、「エリーゼ、大丈夫。気にしないで」と、平坦な声で言った。
「シュピーゲル男爵は、私の家族の不祥事のことはご存知ですか?」
「エリーゼから、かいつまんで聞いた程度だ」
「それでは、気持ちのいい話ではありませんが、聞いていただけますか」
「どうぞ」
「私の父、前伯爵は重大な罪を犯し囚われました。その後、後継者は不肖の私でしたが、重罪人の直系である私が、領主になることは不適切であると考え、国王陛下に爵位と領地の返上を願い出て受理されました。爵位は無くなりましたが、最後のイーゼンブルクの者として、家名を残す事だけ許されました。ですから、今はただのイーゼンブルクです」
エリーゼはルーカスの予想外の告白に、言葉を失った。
アロイスは驚きながらも、話を続ける。
「自ら、平民に堕ちたというのか……」
「はい、その通りです。平民になった後、同級生だったヴァローズ商会の会頭令息に、運よく拾われて、バイヤーの仕事に就きました」
「なぜ、そこまでしなければならなかったのか……訊いても?」
「一番は、領民たちにまで、父の罪の代償を背負わせたくなかったからです。もう一つは、こちらのクラウディアです」
「妹さんが、平民になる理由?」
「実は、私とクラウディアは、髪色も瞳の色も同じですが、血は繋がっておりません」
「えええええ!! 血が繋がってなかったんですか!?」
「ラルフ様のすすめで、父とクラウディアの血液を、魔力で性質サーチしてもらったら、他人だということが分かったんだ」
「そうだったんですね」
(魔法でDNA検査的なことが、できるのね……)
「父は、密造した魔法薬の治験者にするためだけで、クラウディアを養女にしたのです。貴族籍に入ったままでは、私とクラウディアは兄妹のままでいることになります。クラウディアが血縁関係でないと知ってしまった私にとって、兄妹でいることは、耐え難い事でした。クラウディアの兄として、彼女を他の男に渡すなど、絶対にできないと思い知りました。だから、二人とも貴族籍から抜けたのです。実は、クラウディアは妹ではなく、今はもう私の妻なのです」
ルーカスは、隣に座るクラウディアの手を握った。
「どうしても、私はクラウディアの一番で居たかったのです。単純すぎて、笑われるかもしれませんが……」
「ルーク……」
指を絡ませて手を握られたクラウディアは、耳まで真っ赤になっている。
(ルーク様、大人変身(あ、元に戻ったという方が良い!?)してから、格好良さが五倍増しくらいになってますわ! 尊すぎるぅ!! 本物のスパダリになっちゃっているなんて、もう、もうっ、素晴らしすぎでしょう~~~~!!)
「ルーク様、クラウディア様。おめでとうございます!」
エリーゼが勢いで、祝う。
「ありがとう。エリーゼ」と、ルーカスが満面の笑みで言う。
「――――ぅん……」と、クラウディアは、俯いたまま小さな声で返事した。
クラウディアは、照れてしまって、頬も耳も赤いままだ。可愛い!!!
「シュピーゲル男爵、そういうわけで、一人のバイヤーとして接していただきたい」
アロイスは、目の前のイチャイチャに一ミリも動じなかった。
真面目か。
「――――分かった。話を、聞こうか」
「! ありがとうございます!!」
「ヴァローズで、どのようにうちの包丁を売ろうと考えておられるか?」
「ヴァローズは、王都に色々な品物を陳列している店舗があります。例えば、食品売り場で、包丁の実演販売をすれば、食品の売り上げもアップする相乗効果が見込めます。野菜だけでなく、肉や魚も切って見せ、切り身を即売するとか、注目されるに違いないと思います」
ルーカスの意見は、エリーゼも概ね同意だが、ここ数日貴族に見向きもしてもらえなかった経験から、売れないのではと思ってしまう。
「貴族相手に売るのは、難しいですよ。料理をしない人達ですから……」
「エリーゼ、王都のヴァローズに買いに来るのは、貴族が雇った使用人たちだよ。料理人も買い付けに来るから、売れると思うんだけど……」
「売れるかしら……」
「売るんだよ。より魅力的に見えるように、私も考えよう」
「本当!? よろしくお願いいたします!」
「エリーゼ、ちょっと待て。ヴァローズは大店だ。クルト一人で作っている包丁は、量産できないぞ?」
「そうね。二週間で10丁だから、一カ月20丁しか製造できないの」
「随分と少ないね」
「クルトは、シングルファーザーなの。子育てしながら仕事をしてくれているから、無理はさせたくないの」
(働き方改革、必要よね!)
「量産しないから、単価が上がるんだね。1丁、3万5千ヨーロとして20丁……なら、ひと月は暮らして行ける寸法か……」
ルーカスが上代価格から人件費を予想して、納得する様に呟いた。
「そうなの! 今は安定した生活ができる生産方針でいきたいの――――」
「エリーゼ、詳しいね。もしかして、この包丁は君の発案?」
「!」
しまった! 調子に乗って持論展開しすぎた。
エリーゼが蒼褪めて硬くなっていると、アロイスが言う。
「妹は、事務処理を手伝ってくれているだけなんだ。エリーゼ、勉強熱心なのは分かったから、少し控えててくれ」
「はい、すみません……」
「イーゼンブルク殿。ひと月20丁受注生産での販売になるが、良いか?」
「はい。高額商品は、希少価値を高める意味で、受注販売にするのは良いと思います」
「そうですか、では前向きにそちらへ卸す方向で話を詰めていくことにしよう」
「ありがとうございます! 早速!」
ルーカスはぱぁっと輝く笑顔になり、アロイスと商談を再開する。
商談の蚊帳の外になったエリーゼは、商談成立になりそうな雰囲気に頬を緩めた。
「エリーゼ、ちょっと話せる?」
同じく蚊帳の外扱いになったクラウディアが、真剣な表情でエリーゼに訊いてきた。
エリーゼは静かに頷いて、クラウディアの動向に注目した。
エリーゼ以上に蚊帳の外扱いのホフマン。
一言もしゃべってないけど応接室の隅に控えています。
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