交錯する思い
前半、イーゼンブルク兄妹side、後半エリーゼsideです。
よろしくお願いいたします。
ルーカスとクラウディアは、特産野菜のコーナーを見ているふりをして、エリーゼ達の様子を遠目で見ていた。
二人は密着しているのを良いことに、小声で話す。
「あの従僕……あ、執事か。エリーゼに馴れ馴れしいな」
「本当ね。ラルフ様がいるというのにあの子ったら、無自覚に人たらしで困ったものね」
「エリーゼは、全く相手にしてないみたいだね」
「当たり前よ! エリーゼはラルフ様一筋だし」
王都でラルフとエリーゼは、自然公園でしたプロポーズが噂で広がり、自然公園で花束を贈り、愛を告げることが爆発的ブームを起こしている。
王都では知らない人はモグリだと言われるくらい、有名なカップルの二人なのだ。
しかし、婚約披露間近とまで言われているのに、実家の領地にエリーゼが帰ってきていることに、クラウディアは違和感を感じていた。
「まさか、エリーゼがここに帰って来ているとは……、何かあったのかな?」
ルーカスもクラウディアと同じようなことを思っていたらしい。
「うーーーーーん、……分からないわね」
「もしかして、ラルフ様と喧嘩でもしたかな?」
ルーカスが冗談のようにさらりと言うと、クラウディアが「まさか!」と、弾かれた様に体を離し、ルーカスを見た。
「それとも、シュピーゲル男爵に結婚を反対されているとか?」
「! だから、あんなべったりと執事が監視する様に、張り付いているのかしら!? 逃げ出さないように……」
「ありえないことでは、ないな」
窮地に立っているエリーゼを想像して、ルーカスとクラウディアの顔色が曇っていく。
「もし、そうだとしたら。それは、一大事ね。エリーゼに確かめなくちゃ……」
「ふふ、ディアはエリーゼの事となると、一生懸命になるね」
「だって! 大切なお友達ですもの」
「そうだね、ちょっと妬けてしまうよ」
「~~~~もうっ、ルークったら……」
ルークたちの甘すぎるやり取りに、すれ違う人は赤面してしまう。
そんな兄妹のやり取りを、エリーゼは知る余裕もなく、片付けを終え、ホフマンと共にシュピーゲル家へ急いで戻った。
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シュピーゲル家に逃げるように戻ってきたエリーゼは、丁度良いタイミングで、執務室へ戻る途中のアロイスをつかまえた。
「どうした? 随分と早い帰りだな」
「アロイス様、緊急事態です。執務室で詳細を――――」
エリーゼより先に、ホフマンがアロイスに報告する。
アロイスは、緊急事態の意味を瞬時に察したのか、笑みを消した。
「分かった。エリーゼも、来なさい」
「はい」
すぐにアロイスの執務室に行き、アロイスは消音付与した結界を張る魔道具を発動させた。
「いいぞ、ホフマン。話せ」
「はい。エリーゼ様と顔見知りの方が、男女お二人で実演に見にいらっしゃいまして、男性は、ルーカス・イーゼンブルク様と名乗られて、ヴァローズ商会のバイヤーだとおっしゃられていました。『アル・マハト』のトップであるアロイス様に会いたいと、商談を希望されています」
「イーゼンブルク……、間違いなく貴族だな。聞き覚えがある」
アロイスの顔が、さらに厳しいものになっていくのを、エリーゼは恐怖がこみ上げてくる。兄の厳しい警戒を肌で感じ、ひりつくような痛みが走る。
「エリーゼ、彼の爵位は?」
「は、伯爵……です。確か……」
「男女二人とホフマンは言っていたが、お前は二人とも知っているのか?」
「はい」
「そうか。商談する上で知っておきたいのだが、二人とはどうやって知り合った?」
「――――それは……」
正直に言って良いか、エリーゼは言い淀んだ。
そして、必死に話せることを精査していく。
『妖精の愛し子』に関する話は出来ない。イーゼンブルク伯爵家でのことは、『妖精の愛し子』と関係ないから話してもいいのかもしれない。
しかし、喉に言葉が引っかかって出てこない。あの時のことは、犯罪が絡む内容で、正直言いたくないし思い出したくない出来事だったからだ。
「何があった? 隠さずに話せ」
「……」
アロイスは察しが良いので、エリーゼが良くない状況に出遭ったことを、確信しているかのように、強めに迫ってくる。
(お兄様に隠し続けるのは、悪手かもしれない。お兄様は私を信じてくれているし……)
誤解されるのは、最も避けたいことなので、エリーゼはあの時の出来事を話す覚悟を決めた。
「お兄様、確かにイーゼンブルク様とは色々あったのですが、あの方々とは今では和解していると、先にお伝えします」
「……」
アロイスの表情は、和らぐことなく硬いままで、話し辛い雰囲気の中、エリーゼは話し始めた。
エリーゼは、ラルフとのデート中にクラウディアに誘拐されて、イーゼンブルク伯爵家にしばらく軟禁されていたこと。
あの兄妹は、父親の言う通り従っていただけで、軟禁時は手厚くもてなされていたこと。
禁術である効果を持つ魔法薬を密造していた彼らの父は、ラルフが所属している第一魔法騎士団によって捕らえられ、あの兄妹がエリーゼに危害を加える理由が無くなってしまったことを、順を追って話していった。
「……そんなことが……。……はぁ……、お前が無事で良かった」
「ラルフ様にかけてもらっていた保護魔法があったから、冷静に切り抜けることができたんです」
「――――そもそも、お前が誘拐された原因はなんだ?」
「……」
(あっ、それ……、気づいちゃいました? さすがは、お兄様……)
エリーゼが微妙な顔で苦笑いしていると。
「アーレンベルクの所為か……」
アロイスにズバリと言い当てられ、エリーゼは観念した。
もはや格上貴族のラルフを敬称付けずに言い放つアロイスは、相当怒っているみたいだ。
「クラウディア様は、ラルフ様の婚約者候補の一人でした。彼女の父親のイーゼンブルク伯爵様が一方的に申し込んできた縁談で、クラウディア様は私にラルフ様を諦めるよう仕向ける役目を、父親に強要されていたんです」
「お前に保護魔法をかけて守ったことは良いが、脇が甘いな、アーレンベルクは。今度同じ失態を犯した時は、容赦するつもりはない」
(怖ぁっ……)
アロイスの仄暗い表情に、エリーゼはゾッとした。
「その時は、俺も協力しますよ。アロイス様」
反対向いたら、ホフマンも同じ顔をしていた。あわわ……。
知らない間に、ラルフ様が悪と確定されてしまったようですぅ……。
なんで!?
「商談は、応じよう。ホフマン、イーゼンブルク様へ連絡を頼む。明日の午前、いや、昼一番で良いか?」
「高位貴族は朝弱いですからね。良いと思います。イーゼンブルク様が滞在する宿を私が手配します」
「相手は伯爵だ。失礼のないように頼む」
「かしこまりました。では、対応してきます」
「うん」
アロイスに一礼し、退室しようとしたホフマンが、突然立ち止まりエリーゼの方へ向いた。
「エリーゼ様、あなたにはアロイス様やリタ様、そして俺がいることを忘れないでください」
「?」
「独りで何とかしようとしないでください。ろくなことにならないので」
「はぁ!?」
「とにかく! 自重してください」
「……」
ホフマンは勝手に言い終えて、エリーゼの返事を待つことなく出て行ってしまった。
「何!? ホフマンのあの態度! 何かムカつく」
「心配しているだけだよ」
アロイスが窘めるように言う。
「馬鹿にしているようにしか、聞こえませんでしたけど!?」
「まぁ……、自重してほしい点は、俺も同感だ。用心に越したことはないからな」
「う……」
「あの二人は、犯罪の現場に居合わせた時に、知り合った相手だろ? いくら和解したとはいえ、簡単に心は許してはいけないよ。エリーゼ」
「――――はい、お兄様……」
エリーゼは素直に従うように、返事した。
アロイスの圧は、いつになく強めだった。
それは、ホフマンも全く同じで。
二人とも、真剣にエリーゼを心配しているのだ。
そして、全力で守ってくれている。
それは、転生者の孤独に怯えるエリーゼの心を、ジワリと温めてくれていた。
全員の思いが食い違う、カオス。
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次回もよろしくお願いいたします。




