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楽しい商品開発

 試し切り食材を手に、エリーゼ、アロイス、リタ、ホフマンの四人はクルトの工房に着いた。

 アロイスが、入り口の扉を叩く。


 工房内は、エリーゼが渡した魔道具で結界が張られているため、クルトが内側から解除してくれないと、工房内に入ることが出来ない。

 情報漏洩を防ぐため、面倒だが仕方がない。


 少しして、結界が解けて、クルトが扉を開けてくれた。


「アロイス様、……皆さんもお揃いで。どうぞ」


 クルトはずらりと四人並んでいるの目にして、驚いた顔をした。


「クルト、大勢で押しかけてすまない」

「いえ……」


 アロイスを先頭に工房内に全員入ったところで、クルトは再び結界を張る。


 前、サンプルの製作依頼に来た時に感じなかった、ムッとする鉄臭いにおいが漂っていて、工房内の空気が活気に満ちているように感じた。


「エリーゼ様の図面を参考に、軽量と切れ味を追求しました」


 言いながら、包丁を見せてくれた。

 クルトから包丁を受け取ったエリーゼは、一目見て、ゾクッとする感覚に襲われた。


 白銀の刀身に鈍色の刃先が美しかった。


「すごい……、とっても、良い感じ……」


「引きながら切る時の手の動きを考えて、刃の中ほどから刃先へかけて緩い曲線にして仕上げてみました」

「剣の製造ノウハウが生かされていますねぇ……、ほれぼれします」


 剣は、身体全体を使って振るうものだ。

 だから、クルトは人の体の動きに精通していて、使いやすい形というものが感覚的に分かっているのだろう。

 簡単に書いたスケッチを参考にして作ったとは思えない、前世にあった製品の再現具合は、かなり正確だと思えた。


「そう言ってもらえて良かったが、実際に万能に使えるのか分からんなぁ……」


 クルトは、半信半疑だった。

 見たことないものを作っているのだから、当たり前の反応だ。


「そこで! 食材と料理上手な二人の出番です! 実際に万能か使って検証してみましょう! クルトさん、キッチンをお借りしても大丈夫ですか?」


「え、……あぁ……、キッチンは隣の棟になるが……」

「案内していただけます?」


 エリーゼの言葉に、クルトは分かりやすくフリーズした。


「どうされました?」

「いや……、恥ずかしいが、その、片付いてなくて……、食器が溜まってて」


「「「「あぁ……」」」」


 クルト以外の全員が、遠い目になる。

 仕事が忙しい片親なら掃除や家事が行き届いていなくて、当たり前だ。


「私は、全く気になりませんが」と、エリーゼが言う。

「私も、大丈夫よ」と、リタが。

「俺も平気だぞ」と、アロイスが。

「クルトさんが嫌じゃなければ、俺も大丈夫だ」と、ホフマンがダメ押しした。


「……」


 クルトは、大丈夫と言われても、納得できないようで沈黙してしまった。


「クルトさん、ついでに片付けて掃除しますよ。これだけ人数が集まったら、掃除なんてすぐに終わりますよ」


 エリーゼがにこやかに提案すると、クルトは「そんな……」と、戸惑いの色を濃くした。


「幸い、家事のプロであるホフマンもいますし。いいわよね、ホフマン」

「えっ、あぁ、任せておけ」

「フフッ、ありがとう。ホフマン」

「……」


「ねっ、クルトさん、いいでしょ?」

「……うぅ、仕方ないですね……」


 完全に退路を断たれたクルトは、苦々しい表情で承諾した。

 急な来客に、無防備な自宅を見られたくない気持ちはわかるが、堪えてもらう。




 ホフマンの自宅キッチンは、洗っていない食器がシンクに残っていたが、本人が言うほど汚くなかった。


「なんだ! 全然きれいじゃん!」エリーゼが、思わず口走った。

「エリーゼ、よその家で本音だだもれすぎ……」とアロイスが窘めた。


「食器を片付けてしまえばいいだけね」冷静にリタが言う。


「俺、食器洗うので、拭いて片付けてもらってもいい?」ホフマンが動く。

「いいわよ! 布巾使うわね」エリーゼは、洗えた食器を受け取った。


 ワイワイ言いながら、試し切りできる状態に整えていく。

 すぐに片づけは終わり、作業台にまな板を置いて、準備は完了した。


「まずは、野菜から……、トマトを切ってみます」

「なぜ、トマトなんだ?」

「切れ味の良し悪しを判断するには、柔らかいトマトが最適なんです。トマトが薄く切れない包丁は、ダメです」


 エリーゼの説明に、皆聞き入ってくれる。


「トマトを薄切りにって、よく考えたらしたことないわ」


 リタの呟きに、エリーゼは驚いた。


「そうなんですか? バラの飾り切りとかするとき、薄ければ薄いほど、綺麗に見えるんですよ」


「トマトで!? バラを???」

「あれ? 見たことありませんかぁ?」


 エリーゼ以外の四人が首を横に振り続けた。


(あれぇ……、マジかぁ、前世では、ググればやり方動画が沢山ヒットする、メジャーな飾り切りだったんだが……)


 やらかしてしまった感に、エリーゼは青ざめた。

 だけど、みんな興味津々で、見たいと注目している。


 やっぱりしない! と言えなくなってしまった。


「じゃぁ、バラを作ってみますね」


 そう言って包丁で、まず、トマトを半分に切る。ヘタを落とし、端から出来るだけ薄く切っていく。


(あ、すごい……。スパスパ切れるけど、引き終わりにまな板に引っかかる感じがする)


 トマトの両端を除き、切れ目を横にして、トマトを包丁の刃に添わせたまま、横長にずらして広げていく。そして、端からくるくると巻いていきバラに見立てる。花びららしく外側に広げて、美しく仕上げる。


 運よくベビーリーフがあったので、バラの葉のようにあしらった。


「こんな感じなんですけど……」


「すごい……、初めて見たわ。可愛いわね」とリタが。


「王宮では、こんな風にするんだね」とアロイスが感心している。


「そんなに手間もかからず、綺麗に見えていいですね!」と、ホフマンも楽しそうに言う。


 そんなに珍しいことなのかと、エリーゼも驚きを隠せない。

 前世の記憶持ちだと知られてはいけないのに、無自覚に披露してしまったことに焦る。

 アロイスが、王宮の流儀だと、良い感じに誤解してくれて、その方向で納得してくれてちょっと安堵したが、ばれないかひやひやする。


 その気まずい空気を変えたのは、クルトだった。


「確かにバラはすごいですけど……、切れ味とか使い心地はどうですか?」


「「「「あ、忘れてた……」」」」


 きっと、クルト以外全員が本来の目的を見失っていた。


 脱線していた思考を、エリーゼは真っ先に慌てて戻す。


「切れ味、軽さは申し分ないけど、切り終わりに、微妙にまな板に当たるのが気になったわ」


「まな板をかわせるように、刃の曲線を修正してみます」

「そうね、ほんの少しのことだけど」

「分かりました」


 クルトは、改善を約束してくれた。

 嫌がらず、意見を聞いてくれるのは有り難い。


「お義姉様、ホフマンも、試し切りしてみて」


 遠巻きに見ていたリタが、待ってましたとやってくる。


「私は、逆に堅いものを切ってみたいわ」


 リタは、カボチャを手に取った。

 良いチョイスをするなと、エリーゼは思った。


「お義姉様、いつもの包丁と切り方が違うんですよ」

「そうなの?」


「えっと、やってみていいですか?」

「えぇ……」


 リタから包丁を受け取り、カボチャの中心に刃を突き立て、刃先を支点にして、てこの動きの様に動かし、まず半分だけ切り目を入れる。一旦刃を抜き、同じ要領でもう一方の半分を切り、カボチャを真っ二つに切った。


「こんなかんじです」

「へぇ……、堅い野菜って、軽い刃でもきれるんだな。重い刃でないと、堅い野菜は切りにくいと、思い込んでいたよ」


 ホフマンが興味深く見入っている。

 リタは手を上げて、代わってくれと存在アピールしている。


「エリーゼ様、私も切ってみたいわ!」

「勿論です、どうぞ」

「ありがとう!」


 リタが確かめるように、半分になったカボチャをさらに半分に切る。


「家の包丁と、力加減は同じくらいね。でも、軽い包丁って、持ちやすいわね。これで、肉も魚も切れるんでしょ?」


「そうです、肉や魚も切ってみますか?」

「そうね」


 牛もも肉っぽい肉の塊が目についた。

 カボチャを一旦のけて、肉をまな板の上にのせる。


「食べやすい厚さに、切ってみて下さい」

「分かったわ」


 リタは、見事に包丁を引き、肉を切っていく。

 サクサク切って、焼き肉用ぐらいの厚さに切り分けていった。

 切り終えるのを待って、エリーゼは声をかけた。


「どうですか」

「長さが短い刃なのに、ちゃんと切れるのね。肉は、牛刀を使うべきで今まできたけど、なぜ使っていたんだろうとわかんなくなっちゃうわね。どう考えても、こちらの包丁の方が、扱いやすいと思うわ」


 リタの意見に、エリーゼは喜びを感じた。


「そうなんですよ! 私だけじゃなかったんですよね!」


「こんなのなかったから、今までの包丁を使ってただけなんだって思えちゃう」

「うん、うん、そうですよね。わかります」


 やっぱり、小さくて軽い包丁は、扱いやすくていいという感覚は、異世界でも通用すると確信出来て、エリーゼは嬉しくなった。


「魚は、捌ける? ホフマン」

「できる。持ってきたやつを捌いてみても?」

「ぜひ! すぐ、まな板洗うから待ってて」


 リタが切った肉は、クルトが出してくれたバットに移した。

 まな板を洗って、作業台に置き直す。包丁も洗い、刃先を向こうにしてまな板の上に置いた。


「ホフマン! どうぞ!」

「あぁ、やってみるか」


 ホフマンが取り出したのは、塩漬けされた鮭のようだった。

 この領地に海はないから、魚は保存処理したものが流通しているのだろう。

 比較的に大きな魚だが、ホフマンはあっという間に三枚におろした。


「すごい……、魚を捌くのも上手なのね……」

「……」


 ホフマンは、得意げな笑みを浮かべながら、食べやすい厚さに切り揃えていく。リタの時と同様に、切り終わるのを待ってホフマンに声をかけた。


「どうだった?」

「不便に感じることは、特になかったですね。むしろ、小さくて軽いので、小回りが利いて、使いやすいかもしれません。すごいな。本当に、これ一本で全部切れてしまうんですね」

「そうよね、使いわけないくていいから、楽よね」


 野菜、肉、魚とひと通り試して、万能包丁として名乗れる及第点を取れたと思う。


 その時、見守りに徹していたアロイスが、ニヤリと笑った。


「何だか、売れる匂いがしてきたなぁ」


 エリーゼも、「売れるといいなぁ」と同意する。


「アロイス様、エリーゼ様。形を修正したものを、改めて一丁仕上げます」


 クルトは、浮かれるエリーゼ達を、現実に戻してくれる真面目な男だ。


「うん、そうね。まずは商品を完成させるのが先よね」


 商品を作るクルトは、こうだったらいいなぁとフワフワしてしまう私たちと違い、現実を見ている。


 そこで、現実に戻ったエリーゼは、みんなに注意喚起をすることにする。


「クルト、みんなも、くれぐれも情報は洩らさないようにしてね! 他者に出し抜かれたくないの」


 何事も一番にやってこそ、確実に売り上げを伸ばすことが出来る。もし、技術を盗まれて、後を追うことになれば、価値は半減、いや、無いに等しくなってしまう。


「「「分かった」」」と、男性陣三人が。

「分かったわ」と、リタが頷いた。


「包丁界に革命を起こすのよ。みんな、やるわよ!」


 オオッと、口々に声を上げた。




「父さま、何のさわぎ?」


 声のした方を見ると、二階へ続く階段の途中に、クルトの娘のイルメラが居た。


「イルメラちゃん、お邪魔しています」

「エリーゼさま?」


「イルメラ、うるさかったか? すまない」

「アロイスさまも?」


「眠れなかったか? ごめんな、イルメラ」

「父さま、だいじょうぶよ、本を読んでいたから。でも、楽しそうな声がするから、見に来ちゃった」


 ほとんど寝たきりの生活らしいイルメラに、エリーゼは何か楽しいことをしてやりたくなった。


「そうだ! クルト。このまま料理を作って、みんなで食べない?」

「えっ」


 表情を曇らせたクルトと真逆に、イルメラは飛び跳ねて喜んだ。


「わぁ~いっ! 私も手伝って良い?」

「勿論、いいわよ! しんどくなったら休むって、約束できるなら」

「約束する!」


「いいわよね、クルト」

「――――はい」


 満面の笑みになったイルメラを見て、クルトは観念したように承諾した。


「ホフマン、何作る?」

「そうですねぇ――――」


 イルメラが加わり、より一層賑やかに調理を進めていく。


 料理を作れないアロイスが、呆然と成り行きを見守るしかできなくなったクルトに声をかけた。


「押しかけてすまなかったな、クルト」

「いえ、すみません、早い展開についていけず、ぼんやりしてしまって……」


「うちの妹、周りを巻き込んで突き進む力が強すぎてな、俺も振り回されてる」

「でも、すごいですね。エリーゼ様って」

「な! 俺、驚きっぱなしなんだ」

「そうなんですね」


「でもな、エリーゼのアイディアは、思い付きじゃないんだ。すごい勉強して得た知識が土台にあるから、実現できると信じてしまうんだ。領地のためにと、必死に頑張ったんだろうなぁ……。離れて暮らしていたから、全然知らなかったんだよ」

「……」

「俺は、精一杯力を貸す覚悟でいるから、クルトも応えて欲しい」


「はい、承知しています」


「ありがとう、クルト。これからも、よろしくな!」


 調理は戦力外と決めたアロイスとクルトは、呼ばれるまで話し込んでいた。


 アロイスとクルトに、自身の行く末を心配されているとは思いもせず、エリーゼはみんなで作る料理の時間を、楽しく過ごした。


 




 

独りだけ、テンポが遅い流され侍、クルト。


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いつも読んでくださる方、ありがとうございます。

励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。


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