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思い出の地で 2

「あの、私、おかしな事を言いましたか?」


 調子に乗り過ぎて、前世の経験を話しすぎたと、肝が冷える。


「いや、本当に博識だなと思っただけだよ。エリーゼ」

「博識は褒め過ぎです」

「謙遜しなくていい、知識の深さに、毎回、驚かされている」

「……」


 その時、リタが達成感を味わうように大きな声を上げた。


「旦那様! 端の丸太までもぎ終わりました!」


 リタは何をさせても、本当に仕事が早い。

 相当器用な人なのだと、エリーゼは思った。


「流石だな、我が妻は」

「お義姉様、ありがとうございます」


 リタは、かごいっぱいの椎茸を抱えて、満面の笑みを返してくれた。

 椎茸、獲ったどー的な言葉を背景に貼り付けたくなるどや顔が可愛い。


「旦那様、これ焼いちゃうんですよね?」

「あぁ、昼に食べよう」

「やったぁ!!」


 リタは、子どもの様に喜んだ。妊婦だということを忘れてしまいそうなはしゃぎっぷりに、エリーゼは苦笑いしたが、愛らしさは堪らないものだ。

 結局、三人ともかごをいっぱいにして、森の入り口の小屋に戻った。


 小屋には、様々な資材や道具が置いてあり、アロイスは小さなグリルと敷き布を持ち出した。


 木陰の下に布を敷くのを、エリーゼも手伝った。リタが家から持ってきたバスケットを布の上に置いた。そして、靴を脱ぎ布の上に座り、エリーゼも座って一休みしようと言ってくれた。


「晴れて良かったですね。やっぱりピクニックご飯は外ですよね」

「はい」


 リタに促され、エリーゼもブーツを脱ぎ腰を下ろした。


 アロイスは、和やかに話しながら、グリルに炭を入れ火を熾した。慣れた手つきで、驚くほど早く火をつけた姿に、エリーゼは見入ってしまった。

 視線を感じたアロイスが、思わず笑い出した。


「昔は、中々火がつかなくて、俺もエリーゼも顔を炭まみれにしながら、息を吹きかけたのを思い出したよ」


 どうやら、じっと視線を離さないエリーゼの顔が、昔の記憶を思い出させたらしい。煙と爆ぜって飛んでくる炭で顔を汚した顔は、さぞ酷いものだったに違いない。


「お兄様の火おこしスキルは、その頃から鍛えてきたのですね。かなりのレベルの高さに驚きました」

「エリーゼが、火おこしを興味深げに見る顔は、昔のままだよ」


 同じところがあったねと、アロイスがさらりと言う。

 エリーゼが、記憶喪失のせいで、以前の自分と違うと気にしていると察し、さりげなく同じだよと肯定してくれる。


「お兄様」

「ん?」

「私、ここに来れて良かった。何かすごく居心地いいの」

「そうか、身体が覚えているのかもな」

「そうなんでしょうか……」


 肺に染みわたる空気とか、肌に触れるように当たる風とか、緑の匂い全てが気持ちいいと感じる。


「エリーゼは、この場所が好きだったから」

「はい……、そんな気が確かにします」


「ねぇ、旦那様。そろそろ金網乗せて、シタケマッシュルーム並べていいですか?」

「そうだな、リタ、頼めるか?」

「はい!」


 リタは嬉々として、スタンバイ済みの金網をグリルにセットし、もぎたての椎茸を手早く並べていく。エリーゼは、妖精の声が聞こえてこないか反射的に身構えたが、金網の上の椎茸は何も言わなかった。


 火炙りされて泣き叫ぶ椎茸たちを妄想して、残酷なシーンになるに違いないと思ったが、焼かれている椎茸から妖精の気配は消えていた。やっぱり食べられるのを察して、いなくなるらしい。何とも潔いことだと、感心する。


「焼けるまで時間があるから、リタのサンドイッチを先にいただこうか」

「そうしましょう。エリーゼ様、野菜サンドは左側です。右側は、ベーコンチーズです、旦那様」

「美味そうだ。ありがとう、リタ。いただきます」

「お義姉様、いただきます」

「はい! どうぞ……」


(はい!って、美味しい笑顔いただきましたっ!)


 笑顔は最高のスパイスだと、前世の誰かが言っていたことを思い出した。


 口に運んだリタの野菜サンドは、ハーブソースに漬けたきゅうりが、みずみずしくて美味しかった。トマトはシンプルに塩味だけ効かせてあり、甘さが引き立っていた。


「すっ……ごい、美味しいです。お義姉様」

「そぉ? 良かったぁ~~~」


「エリーゼ、体質が変わったってリタから聞いたが、身体の方は大丈夫なのか?」

「はい、植物性食品だけ食べるよう気を付けるようになってから、健康そのものです」

「そんなものか?」

「そうですよ、心配無用です。お兄様特製野菜を使ったサンドイッチは、本当に格別ですね!」


 妖精がいなくても、気配は野菜に残っているのを、エリーゼは感じていた。

 そして、その野菜を食べると、妖精の力を分けてもらったみたいに体が軽くなるのだ。回復魔法に似た効果を、エリーゼは実感していた。


「俺が作ったものって、分かるのか?」

「えぇ、味が違いますもの。王都に戻って食べれなくなったら、恋しくなるわ、きっと」


 楽しすぎて忘れていたが、エリーゼは王都に婚約者がいる。

 ラルフもきっと、先日贈ったきゅうりの味の良さに、驚いたことだろう。


「エリーゼ、ここに居たいなら、ずっと居ればいい」


 そう言ったアロイスは、真剣な眼差しをエリーゼに向けていた。


「お兄様?」

「相手が、侯爵家の令息だから断れないと思っているなら、俺は力になるつもりだ」

「そうよ、政略結婚で立場が弱くても、意に副わない結婚はすべきではないと、私も思うわ」


 アロイスもリタも、急に真面目な顔で話して来るのに、エリーゼは驚いた。


「へぇ? ちょっ……ちょっと、待ってください。私は、別に、婚約者から逃げて帰ってきたわけではありません」


「そうなのか?」

「そうなの?」


 アロイスとリタが、ほぼ同時に訊いてきた。

 誤解は早く解かねばと、エリーゼは慌てた。


「こっ、婚約者のラルフ様を、私は、お……、そう! お慕いしておりますので、すごく結婚したい相手なので、大丈夫です!」


(あーーーー……、私、とっさの説明下手だわ。すごく結婚したい相手だなんて言って……、恥ずかしい告白の公開処刑みたいになってしまった……)


 三人の間に、少し長い沈黙の時間が流れた後、アロイスが、椎茸を裏返しながら、深く息を吐いた。


「何だよぉ……、帰って来て早々、やたらと働きたがるし、帰って来て自分自身で身を立てる算段をしているのかと、思っていたんだが……」

「旦那様、エリーゼ様が幸せになれる結婚だと分かって良かったですねぇ。まず、そこを喜びましょう?」

「うん、そーだよなー」


 どうやら、兄夫婦は、突然帰ってきたエリーゼの様子にあり得ない理由を紐付けて、心配していたらしい。


「心配してくれて、ありがとうございました。お兄様、お義姉様」

「じゃぁ、何でそんなに働こうとするんだ?」

「それは……」


 エリーゼは、本当の理由を言えなくて言い淀んでしまった。

 何処かへ行ってしまったエリーゼの魂に対する贖罪の気持ちを表したかったなんて、言えるわけがない。転生してきた経緯は、口外できないからだ。

 そんな理由で、シュピーゲル家を豊かにしようとしているって、自己満足したい一心で帰ってきたなんて、言えない。


(あぁ……、本当に私は周りを振り回すことしかしていないわね……)


 どう答えていいか困るエリーゼに、リタが割って入る様に口を開いた。


「旦那様、私も嫁入り経験があるので、少しエリーゼ様の気持ちが分かります」


 リタがエリーゼに向けるように、目を合わせ小さく頷いた。


「女性は、結婚したら、相手の家のしきたりに従うことになります。愛する人のためならば出来ると、覚悟を決めて結婚するのです。でも、ふと、結婚前に自分の思うように生きてみたい、振舞ってみたいと思ってしまうのです。だから、エリーゼ様も自由に働いてみたいって気持ちが生まれたんだろうなって思います」


「そうだったのか」

「ええ、そういうものです」


(リタ様の意見は、共感できる。結婚したらできなくなるから、帰ってきたんだもの……)


「エリーゼ、独身最後に働きたかったのか」

「はい……、我が儘いってすみません」


 エリーゼは、リタの意見に乗らせてもらい、秘密を守った。


 その時、じゅわわあ~と水分が蒸発する音がして、香ばしい椎茸の香りが漂ってきた。


「まぁ! いい感じに焼けてきましたね」

「もう、良さそうだな」


 アロイスが、焼きあがった椎茸を皿に分けてくれる。


「エリーゼ様、味付けはお好みで。塩、こしょう、レモンの輪切りと食べても美味しいですよ。あと、手作りのハーブソース数種類とソイソースもあります」


 リタが、持って来ていた調味料の説明をしてくれる。


「お義姉様、味付けのラインナップ、完璧ですね☆」

「二年前に初めて食べて本当に気に入って、今度食べる機会が来たら、こうして食べようって、味を思い出してずっと考えていたんです」

「その考察の末の調味料なんですね。どれも、美味しそう」


 リタは、食のこだわりがあるらしい。

 こうして、三人は色々な味付けで椎茸を食べ、楽しい昼食となった。



「あぁ、お腹いっぱい……」


 リタが大きいお腹を撫ぜながら、恍惚の表情をしていた。


「沢山、食べましたからね……」


 リタの食欲は旺盛だった。初めて出会った時のか弱いイメージは、エリーゼの中で完全に消し飛んでいた。それでも、愛らしさはそのままで、身も心も美しい人だと思う。


 アロイスは見慣れた光景なのか、サクサクと後片付けを進めていた。

 エリーゼが手伝おうとすると、リタと一緒にいて良いと断られてしまったので、エリーゼはリタと共に敷き布の上で、ゆったりと過ごしている。


「片付け終わったら、少し歩いて沢へ行こう」

「「はい」」


 アロイスが小屋の中へ入ってしまうと、リタと二人きりになった。


「山道は整備されているようですが、足元に充分気を付けて下さいね。お義姉様」

「はーーい。うふふっ」

「ご機嫌ですね」

「そうね、ここは私が住んでいた山の空気に似ているから、昔に戻ったように思うのよ」


「お義姉様は、山に住んでいたのですか?」

「そうね、ここよりもっと山深いところにある村でね。私は、両親が営む宿屋を手伝って暮らしていたの」

「山の宿屋……、だから料理がすごく上手なんですね」

「田舎料理だけど、気に入ってもらえて嬉しいわ。山の宿屋は、不便な場所で苦労ばかりしていたけど、自然に鍛えられて何でもできるようになったと思うわ」


「へぇ……、良い所なんですね」

「……そうね、良い所だった……」

「? だった……って……」

「ひどい雨が何日も降って、大きな地滑りが起きてね。私が住んでいた村、もうないのよ」

「!」

「命からがら、家族で逃げてきて、この領地へ流れてきて、居酒屋で働いていたの。そこで、旦那様と出会ったの」

「それは……、大変だったのですね……」


 山奥の宿屋の娘から、男爵家当主の妻になったリタは、表の面だけ見ればシンデレラストーリーというにふさわしい境遇といえるだろう。

 しかし、本人にとっては苦い思い出も沢山あったかもしれないと思う。


「今でも、頑丈だけが取り柄だった宿屋が、土石流に飲み込まれていく光景は、すごいもので忘れられないわ。全てを失って、このまま死ぬかもと思ってたけど、今、結婚して、ピクニックに来ているって、すごいギャップよね」


「はい、生きてお義姉様の妹になれて、私は幸せですよ」

「ふふ、私も妹が出来て嬉しいです。私、一人っ子だったから」


 姉妹があこがれだったと、リタは笑う。


 リタの笑顔が美しいのは、辛い経験を乗り越えた強さが根底にあるからかもしれない。見えない芯の強さがあるのを感じる。


 本当に凄い人と巡り会えたのだと、エリーゼは兄のアロイスに感謝した。




リタ厳選、調味料の第一位は、ニンニクとバジルのソース。


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いつも読んでくださる方、ありがとうございます!


次回もよろしくお願いします。

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