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思い出の地で 1

 アロイスは、動揺を隠せないエリーゼに構わず話し始めた。


「両親とエリーゼが、この家を出て行った時、エリーゼはまだ10歳で俺は13歳だった。祖父が元気な頃は、王都へ会いに行くこともあったが、ここ2、3年は領地を離れることができなくて、エリーゼに会えなかった。その3年間の間にお前は立派な大人の娘に成長していた。子供の頃しか知らない俺が、全く違うと思うのは当然だろう?」


 思っていた理由と違うことに、エリーゼは少し安堵した。

 しかし、不安な気持ちに突き動かされる様に訊いてしまう。


「……私は、どこかおかしくありませんか?」

「おかしくないよ。成人したばかりなのに、しっかりしすぎだと思うが……」


「記憶が戻らなくても……、お兄様の妹でいて、いいですか?」

「当たり前だ。思い出は、これから作っていけばいい」


 アロイスの迷いも澱みもない声に、エリーゼは救われた気がした。

 エリーゼの兄が、こんな心清らかな人だったとは、領地に来る前のエリーゼは想像もしていなかった。


「お兄様、ありがとうございます。思い切って、帰って来て……、良かった……」

「もう少しゆっくりしてもらうつもりだったが……。こき使うはめになってしまい、すまない」

「いいえ! 私にできる仕事があるなら、嬉しいので任せてください」


 どこまでも仕事をしたがる妹に、アロイスは苦笑いした。


「仕事以外に、やりたいことはないのか?」

「えっと、……それは……」

「無理に思い出すことはしなくていい。でも、エリーゼが昔の自分を知りたいなら、協力するぞ?」


 どうやらアロイスは、エリーゼに仕事以外のことをさせたいらしい。


「じゃぁ、それなら、私が好きだった場所があれば、行ってみたいです」


 エリーゼの領地での暮らしぶりを知りたかったから、素直に願い出た。


「うん、考えておくよ」






 翌日、朝食の席で、アロイスがエリーゼに外出の提案をしてきた。


「どこへ、でかけるのですか? お兄様……」

「お前の好きだった場所へ」

「本当に?」

「あぁ、子供の頃、お祖父様に連れて行ってもらったところだ」


「私も連れて行ってもらったことがあるけど、山の沢がある綺麗なところよ」


 リタが楽しかったわと言うと、エリーゼはさらに行きたくなった。


「是非、行きたいです」

「決まりだな。動きやすいドレスで来てくれるか」

「ワンピースでいいですか?」

「うん、ただしメイド服はやめてくれ。ピクニック気分が出ないから」

「フフッ、分かりました」

「それと、深くまでは行かないが、山道を歩くから、ヒールの靴は止めてくれ。歩きやすい靴がいいのだが、持って来ているか?」

「それなら、かかとの低いブーツを持って来ています」

「よかった。じゃ、用意が出来次第出発するから」

「はい!」


 エリーゼは、ワクワクしながら返事した。

 遠足に行くときのような気持ちになる。


 自室に戻ったエリーゼは、ラルフが以前作ってくれた、シンプルなワンピースに着替え、編み上げブーツの紐をしっかりと結んだ。

 用意が出来て玄関に行くと、馬車が停まっており、アロイスが待っていた。


「お待たせしましたか?」

「いや、そんなに待ってない。さぁ、乗って」

「はい」


 アロイスの手を取り、エリーゼは馬車に乗り込んだ。

 リタはすでに乗っており、彼女は隣の席に大きなバスケットを置いていた。


「お義姉様、お待たせいたしました」

「私も、つい先ほど来たのよ。どうぞ、向かいに座って」

「はい」


 エリーゼが席に座るのを確認してから、アロイスは客車のドアを閉めた。

 そして、アロイスが御者台に座ると、すぐに馬車は動き始めた。


「お義姉様、そのバスケットは?」

「簡単なお昼ごはんよ。野菜のサンドイッチと、旦那様用にベーコンチーズサンドもある。あと、果物少し――――」


「ありがとうございます。私のために準備をしてくださって……」


 身重のリタが、あれこれと自分のためにサプライズでしてくれていたことに気づき、エリーゼは申し訳なく思ってしまう。


「エリーゼ様、そんなに気を遣わないでください。今日は、私もピクニック気分で楽しむつもりです。妊娠してから、あまり外出していなかったから、うきうきしています!」


 ほわんと柔らかく笑いかけてくれるリタは、最高に可愛い。

 そんなリタの顔を眺めていると、エリーゼも心が自然に素直になる様だった。それから、リタと領地のお気に入りの場所の話で盛り上がり、エリーゼは興味深い内容で楽しかった。


 一時間ぐらい過ぎた頃、目的地に到着した。

 そこは、山の中で、停まった馬車の傍に建っている小さな小屋以外に何もなく、辺りは深い緑に覆われていた。


「疲れていないか? 二人とも」

「「大丈夫です」」


 エリーゼとリタが、同時にハモるように返事して、思わず顔を見合わせ、笑いがこぼれた。


「エリーゼ、リタとあんまり仲良くするな。俺の妻だぞ」


 アロイスが冗談で嫉妬を口にした。だけど、やたらと嬉しそうに微笑みながら言うので、本気ではないことがまる分かりで、可笑しくて、エリーゼとリタは笑いが止まらなくなる。


「それだけ、大笑いできるのなら、元気だな。さて、体力のあるうちに収穫してしまおうか」

「収穫? ここで、何かを育てているの?」

「そうだ、こっちに来てみろ」


 アロイスの歩く方へ、エリーゼとリタはついて行った。

 小屋の裏は、木々がなく、その代わりに丸太が並べられていた。


「すごい、キノコですか? 椎茸!?」


 エリーゼは思わず、前世のキノコの名を呟いてしまった。

 立てかけられるように並べられた丸太には、大きなキノコがいくつも育っていた。


「そう、シタケマッシュルーム。遠く東の国の特産品で、四年前くらいに種菌が手に入ったんだ。エリーゼは、知っていたか」


 アロイスの発音が、妙にカタコト調だったが、最初のシタケの部分は、椎茸に似ている。やはり、これは椎茸なんだと納得した。


「こんなに沢山、しかも木に生えているのを見るのは、初めて」

「二年前、初めて収穫して、やっと二回目の収穫になる」

「これって、そんなに時間がかかるの?」

「そうだな、立派に育つまで、根気がいる」


 確か、前世で原木椎茸とかいったか、前世でキノコを育てた経験など皆無だが、普通の椎茸はスーパーで手軽に買えるものだったので、二年もかかって育てるものだとは知らなかった。


「結婚する前、旦那様からおすそ分けをもらって、美味しくてびっくりしたのよ」

「そうだったんですね」

「ちょうど、収穫の周期に帰って来て、ラッキーだったな」


 この国で椎茸は自然に生えないので、生椎茸は市場にほとんど出回らないらしい。

 市場で見かけても、外国産で乾燥したものがほとんどなのだと、アロイスが教えてくれた。


「そろそろ収穫を始めよう。生えている根元ギリギリの所を持ってもいでくれ」


 アロイスが椎茸をもぐのを見てから、エリーゼとリタも真似してもぎ始めた。しばらくして、椎茸を入れているかごから、声が聞こえてくるのにエリーゼは気づいた。


『おれたち、がんばっておーきくなった! えらいでしょ! あろいすもがんばったよね~』


 小さな子供が偉そうに大人を褒める様な声がしてきて、何とも微笑ましい。多分、この椎茸に宿る妖精は、私たち人間よりはるかに年上で、長い年月を生きてきただろうと思う。でも、子どものような幼い口調で話しかけられると、どうしても可愛らしくて堪らなく思えてしまうのは仕方がないことだ。


(妖精さん、お兄様を見守ってくれて、ありがとうございます)


 エリーゼは、心の中で椎茸に語りかけた。


『どぉいたしましてー。えへへぇ~~~』


 間の抜けた照れ声が帰って来て、エリーゼは思わずふき出してしまう。


「どうした? いきなり笑い出して」


 アロイスが不思議そうな顔をして、訊いてきた。


「こんなにたくさん取れて、楽しくなっちゃいますよね」


 リタが、次々ともぎながら代弁してくれた。


「お義姉様の言う通りです。初めてこんなに沢山の椎茸、信じられない光景で思わず笑っちゃいました」

「分かるわ! 私も初めてだから、同じ気持ちよ!」


 エリーゼが同意して笑うと、リタがさらに肯定してくれる。熱く興奮を語る二人にアロイスは、そんなことくらいで大袈裟だと笑った。


「そんなものか。俺は前回の収穫で同じ光景を見ているから、そこまで感動しないなぁ……」


 アロイスだけは最後まで感動を共有できず、つまらなさそうに愚痴をこぼした。

 すると、椎茸たちが口々に言う。


『あろいすのやつ、いつもは、もっと、てんしょんたかいのになぁ……』

『きょうは、ひとりじゃないから、おとなしくしてるんじゃない?』

『かっこつけてんだよ、きっと』

『そだねー』

『かっこつけあろいす、おもしろくない』

『あー、きょうは、おれらのこと、かわいい、かわいいって、いわないね。どうしてかな?』


 アロイスは、普段、椎茸たちに可愛いを連呼するらしい。

 ディスりにも聞こえる、フォローになってない補足を椎茸たちがしてくれる。それは、アロイスが日々椎茸の成長を見守り、丹精込めて世話をしてきた様子を物語っていた。


 アロイスとリタが作業に集中している姿を見て、エリーゼも収穫作業に戻る。こんなにハッキリ椎茸たちが話しているのに、二人とも耳を傾けることも、応えることもしない。


 やはり、妖精たちの声は、アロイスとリタには届いていない。聞こえているのは自分だけだと、エリーゼは自覚した。


 シュピーゲル家の領地に帰って来てからの生活は、前世とリンクするような場面が多い。思わず観光気分になってしまうのは、その記憶があるからなのだろう。観光農場で、ぶどう狩りしたのと似た感覚だ。行ったことないが、確か椎茸狩りをする観光農場もあったはず。


「お兄様は、珍しい植物を育てるのが好きなんですね」

「うん、自生していない植物が、この領地で立派に育つ姿を見るのが堪らない」


 アロイスの目がキラキラと輝いているのを見ると、嘘偽りないことだと分かる。


「旦那様、今日全部収穫してしまって良いのですか?」

「うん、キノコの傘の部分が開きすぎると味が落ちるから、全部収穫してしまおう。生で食べきれない分は、陰干しで乾燥させると保存できるし……」


「干し椎茸は、うま味が濃くなるから、生と違った美味しさや食感が楽しめますよね!」

「!」


 アロイスが分かりやすく瞠目して、エリーゼを見ていた。









椎茸に可愛いと語りかける兄を妄想して、まぁまぁ危ない仕上がりだと思ったが、

全力で飲み込んで誤魔化したエリーゼ。


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いつも読んでくださる方、励みにしております。

次回も、よろしくお願いいたします。

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