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謎手紙の交換 再び

前半、エリーゼside。後半、ラルフsideになります。

 アロイスとリタとの楽しい夕食を終え、片付けまできっちりして、エリーゼは自室に戻ってきた。


 この部屋は、エリーゼが住んでいたと、アロイスが説明したのを思い出した。

 改めて部屋を見て回ると、調度品は深みのあるもので揃えられており、全体的に落ち着いた雰囲気だった。チェストやクローゼットの中を確認したが、当時の服や身の回りのものは、何も残っていない。

 王都に引っ越した時に、全て持って行ってしまったのかなと思う。


「エリーゼ、いいお兄ちゃんがいたんだね……」


 つい、前世の口調で、いないエリーゼに話しかけてしまう。

 魂とは違う部分のエリーゼが、反応してくれるような錯覚をしてしまう。

 帰って来てアロイスに会い、彼の作った野菜を食べた体は、確かに喜んでいると思う。


「エリーゼ、帰ってきたかったんだよね。ずっと……」


 口にして、傷ついた自分に気づく。

 不本意ながら、自分はエリーゼの体に転生したから、生きている。その代わりに、エリーゼの魂は何処かへはじき出され、死んだも同然の扱いになってしまった現実が押し寄せてきた。仄暗い感情に支配されそうになり、身体が震えた。



――――コッ、コッ……、コッ、コッ……」



 その時、部屋の窓から何かでつつくような音がした。

 エリーゼは、音がした方へ目を遣る。


「鳥?」


 見覚えのある白い鳥が、窓辺に立っていた。

 器用にくちばしで窓をつつき、音を出している。


「お前は、ラルフ様の手紙鳥ね!」


 エリーゼがそう言って窓を開けると、白い手紙鳥はテッ、テッ、テッと飛び跳ねて部屋に入ってきた。

 そして、しばらくすると、手紙鳥は一輪の花に変化した。


 ちなみに、手紙鳥とは、手紙やものを魔法で鳥に変化させて届けるものだ。

 相手が受け取った後、変化前のものや手紙に戻る。

 魔法使いが良く使う、便利アイテムだ。


「紫の桔梗ね。可愛い」


 久しぶりにもらうラルフの花の贈り物に、エリーゼは顔をほころばせた。


 王太子宮に住み込みで働くようになって、自然に途絶えていた花手紙を、ラルフは再開するつもりらしい。前は、天気の報告書のような謎手紙がくくりつけられていたが、今回は花だけ届いた。


 エリーゼが上機嫌で桔梗を見ていると、桔梗がぼそりと呟いた。


『げんきにしてるかな、たのしくしてるかなって、しんぱいだって、らるふがゆってたよぉ~~。えりぃ……』


「ほぉあぃっ……、桔梗さん、しゃべるんだ」


『きこえた? へんじ、したげてーー。らるふ、ずっとまってる』


「……」


(何、何、何、何~~~~。これって、桔梗が聞いたラルフ様の言葉!?)


 この桔梗を手にして、本音を漏らすラルフを想像して、エリーゼはキュンとしてしまう。


 多分、この伝言を聞けるのはエリーゼだけだ。

 もしかして、伝えるつもりなどなかった本音が、結果的に伝わってしまったのではと、エリーゼは思った。


(やだっ、無自覚な告白って……。なんか、良い! 可愛くて悶えちゃうわ!)


 本音を聞かれて、恥ずかしがるラルフを妄想して、エリーゼはまたときめいてしまった。


 エリーゼは、ラルフから手紙鳥をもらい、持って来ている。

 ラルフが魔力を込めてくれているので、魔法を使えないエリーゼにも手紙鳥を出すことが出来る。

 返事を出そうと、すぐに思い立つ。


 桔梗は持参してきたコップに水を入れ、仮に生けておく。


「そうだ! あれがいいわ! 確か、まだあったはず!」


 エリーゼは部屋を出て、目当てのものを手に入れて戻った。

 そして、早速それを手紙鳥で、ラルフに送った。



============



 そして、次の日の夜、第一魔法騎士団で宿直中のラルフの元に、エリーゼが出した手紙鳥が着いた。


 ラルフが執務室の窓を開けると、手紙鳥は机の上に飛び乗り、変化した。


「おっ、シュピーゲル嬢からか? 良かったなぁ……、あん? 何だ、それは?」


 レオポルトが、素っ頓狂な声で訊いてきた。

 ラルフは、変化したものを手に取り眺めていた。


「きゅうり……ですね」

「きゅうり? 何で!?」

「分かりません」

「……」


 レオポルトは顔を引きつらせていた。

 ラルフの返事に不満を抱いたようだが、本当に分からないから、そう答えるしかなかった。


「シュピーゲル嬢から届いたのが、きゅうり? ですかぁ?」


 控えていたマルコも堪らなくなったのか、若干引いた声で確認してきた。

 今夜は三人とも宿直当番で、執務室で待機している。


「キュウリが一本だけ。それ以外、手紙もない。まさに、謎な贈り物だな」


 ラルフは状況を口にしてみたが、疑問は解消されない。


「相変わらず、全く行動が読めん令嬢だな。きゅうりを恋人に贈る心理なんて、常識人に理解できるはずもない。確かに、ツヤツヤして美味そうなきゅうりだが、どんな意味があるのか、見当もつかんなぁ」


 レオポルトが辛辣な言葉で、気の毒がってくれる。

 レオポルトも充分変わっていて、常識人とは言えないと思ったが、言って良い空気でもないので飲み込んだ。


「すごく変わって……個性的……、いや、そう、前衛的な考えをお持ちの令嬢ですねぇ……」

「……」


 マルコの目は、先程から泳ぎまくっている。

 恋愛知識豊富な彼でも、きゅうりを送り付けることは、完全に守備範囲外のようだった。

 ラルフも、苦笑いすることしかできない。


(マルコよ。一生懸命褒めようとしてくれたのが分かるが、苦しいな……)


 もう一度、ラルフがきゅうりに意識を向けた時、空耳かと思うほどかすかな声が聞こえてきた。

 他の話題で盛り上がっていたレオポルトとマルコに、黙って欲しいと手で制して、ラルフはきゅうりに再び耳を傾けた。


『らるふさま、えりーぜ、げんき。たのしい。もんだいない』


 きゅうりは、確かにしゃべっている。

 ラルフはさらに集中して聞く。


『あろいすが、きゅうりつくった。ようせいがやどる、やさい。すごく、おいしーやつ。たべて、みてね』


 これは、妖精の声だと確信する。

 ラルフにはきゅうりがしゃべっているようにしか見えなかったが。

 

『あと、らるふ。えりーぜが――――』


 ラルフは最後まできゅうりの声を聞いて、静かにきゅうりを机に置いた。


「どうした、ラフィ?」


 赤面を隠すように両手で覆ったラルフに、レオポルトが不思議そうな顔をした。

 きっと、恋人にきゅうりをもらって、盛大に照れる友がおかしいと思っているだろう。


 妖精の野菜というくだりから、この声が聴けるのはラルフだけなのだろうと思い至る。だから、最後の一言を恥ずかしげもなく、きゅうりに伝言したのだろう。


(こんなことが、できるようになって……。エリーゼに何か変化が起こっている……のか?)


 きゅうりは言った。


『あと、らるふ。えりーぜが……、だいすき、らるふさま。て、ゆってたぁ~~~』


 本音をきゅうりに教え込む、エリーゼが可愛すぎて辛すぎる。

 ラルフの脳内で、エリーゼが「お願いね」というと、きゅうりが「かしこまりーー」と可愛く返事する場面が再生される。


「ラフィ、大丈夫か?」


「すみません、このきゅうりはエリーゼの兄上が育てたものらしいです」

「? 話が、唐突すぎて、なんのこっちゃだが……、うん、そうか」


 ラルフはこれ以上、王族のレオポルト以外に話せないと判断した。

 妖精の愛し子の能力の話題は、マルコに知られてはいけない。

 そこで、ラルフは自然な口実で席を外してもらわねばと行動に出た。


「マルコ、急ぎの案件もないし、少し外で休んできてくれ」


 マルコは察し良く、「お言葉に甘えて、三十分ほど外しますね」と応えて、執務室から出て行った。


 ラルフは、マルコが退室するやいなや、消音付与した結界を部屋に張った。

 結界の魔力の気配に、レオポルトが「何事だ?」と困惑していた。


「レオ、このきゅうりは、妖精が宿っているらしい」

「ええ!?」

「すごく美味しいから、食べてみて欲しいと、きゅうりが言っている」

「……」


 真面目に説明するラルフと対称的に、なんのこっちゃ顔をしたレオポルトがもっと詳細を説明しろと目で語る。


「おそらく、エリーゼがきゅうりに伝言したのだと思う。こんなことできるなんて、私も驚いている」


「妖精の愛し子の能力か!」


 頭脳明晰なレオポルトは、すぐに結論に辿り着いた。


「そうです。同じギフト持ちだけが受け取れる伝達方法ですね。こんな方法、思いつきもしませんでした」


「はぁ~~~、だから、きゅうりなんだな」


「はい、このきゅうりに宿る妖精の力が強かったから、選んだのだと思います」

「そうだったんだ……」


 レオポルトは、やっと納得したようだった。


「シュピーゲル家の領地に行って、エリーゼは妖精の愛し子の能力を高める影響を受けているようです。兄のアロイスが育てた野菜に、妖精が宿っているとは、アロイスと出会ったことも大きいようですね」


「まぁ、妹が妖精の愛し子なら、兄も何らかのギフト持ちであるのは、充分に考えられる」


「アロイスも、妖精の愛し子か?」


「うーーーん、それは、どうかな……。年齢的に考えて、覚醒していないから違うと思うが……。それに、彼は学生に行うギフトの診断検査で引っかかっていないし。可能性としては低いと思う」


「アロイスが隠しているかもしれません」


「それは、ないな。アロイスはともかく、妖精王まで隠しているとは考えにくい。一応、王陛下に確認するが……」

「そうか、隠せるものではないですね。すみません、動揺してしまって……失言でした」


 妖精の愛し子のギフト持ちだったとしても、妖精王が認めなければ、妖精の愛し子として覚醒できない。


「ギフト持ちでなくても、妖精に気に入られる能力はある。例えば、緑の手とか太陽の手とかいう特殊能力の持ち主なら、妖精が宿る野菜を作れると思うからな」

「……」

「妖精の愛し子は、特別なんだ。一番の違いは、妖精の声を聞いて話せる能力を持っているということ。ラルフの言う通り、エリーゼがきゅうりに伝言して、妖精が応えたなら、エリーゼの力は確実に強くなっていると言える」


「――――私も、そう思います」

「すぐに父上に、王陛下に報告する。いいな、ラルフ」

「はい、よろしくお願いします」


 王族が保護対象だと明言している、妖精の愛し子のギフト持ちは、些細な変化も情報開示が求められている。

 その後、レオポルトによって、妖精の宿るきゅうりは証拠品として、王陛下に提出された。


 思い付きで返した手紙鳥によるエリーゼの返事は、しばらく王族の面々を困惑させることになる。


 このような大事になっていると知らないエリーゼは、次の返事は何を贈ろうかとワクワクしながら考えていた。














きゅうりが届いたことは、口外するなと第一魔法騎士団トップの二人に言われたマルコ。

真相を知らず、あのきゅうりは相当ヤバイものだったと察し、震えるマルコ。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

していただいた方、誠にありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。


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