アロイスとリタ
「早速ですが、リタ様。滞在中、私に家事を手伝わせていただけますか?」
「え、そんな……。旦那様の妹君にそのようなことは、させられません」
「リタ様、お顔の色が少し悪く見えます。私も手伝いますので、早く終わらせて休んでください」
「……」
エリーゼの指摘が合っているのか、リタは黙り込んでしまった。
リタは色白だが、少し青白く気になっていた。
そんな時は、横になって休むのが一番だ。
「えっ! リタ、調子が悪かったのか? だったら、言ってくれればいいのに――――」
「お兄様、他に家事する人がいないから、リタ様は無理をしてしまうのです。忙しいあなたに言えなかったのでしょう。こういう察しは悪いんですね」
エリーゼがズバッと切り捨てるようにいうと、アロイスも黙り込んでしまう。
リタは、アロイスに「心配かけてすみません」とフォローを入れてから、エリーゼに言った。
「エリーゼ様、お気持ちは嬉しいですが、その綺麗なドレスが汚れてしまうといけませんので」
明らかに気を遣って言うリタの断り文句に、エリーゼはなおも食い下がった。
「防汚魔法がかかったドレスですので、心配いりません……が、そうですね。もう少し動きやすい服に着替えてきます。お兄様! 私の部屋はどこかしら?」
「案内する、こっちだ」
「リタ様! すぐ戻りますので、待っててくださいね」
アロイスについて行くと、エリーゼが昔使っていた部屋だと言って案内してくれた。アロイスに礼を言い、エリーゼは独り部屋に入った。自分の部屋だったと言っても、懐かしがる記憶がないので、調度品すら気も留めずに、エリーゼは手早く着替えた。
ラルフに必要ないのではと言われたが、一応持って来ていた王太子宮のお仕着せに身を包む。この侍女服にも、ラルフは防汚魔法を施してくれている。
(やっぱり、家事仕事はこのスタイルよね!)
完璧な使用人スタイルになったエリーゼは、リタのいる厨房に急いで戻った。
「リタ様! お待たせしました!」
「エリーゼ様、その格好は?」
紺色の侍女服に白エプロン姿のエリーゼを見つけ、分かりやすくリタは戸惑っていた。
「王都で働いているところの制服です。これなら動きやすいから、何でも任せてください!」
リタは、ポカンと開いた口が塞がらない顔で、エリーゼを凝視していた。
エリーゼは構わず、家事の話題を話し始めた。
「ところで、今夜のメニューはなんですか?」
リタは現実に引き戻された様に、ハッとして答えてくれる。
「色々根菜のスープと、キノコのソテー、生ハムに青菜のサラダを添えて作る予定です」
「……」
「あまりにも質素で、驚きましたか?」
「いいえ! そんなことはありません!」
エリーゼが反応に困った理由は、質素な食材を見たからではない。
リタが用意した食材に驚いたのは確かだが、理由は別にあった。
『リタ――、ボクはとってもおいしいよ。はじめましての子もたくさんたべてねぇ……』
なんと、人参が、玉ねぎが、ジャガイモまで、エリーゼに話しかけてきたから驚いたのであった。しかも、リタには、野菜たちの声は聞こえていないみたいだった。
妖精の愛し子のギフト能力が、発動しているとエリーゼは自覚した。
『アロイスがせわしてくれたから、おいしくなったんだーー』
自慢げにジャガイモがしゃべる。
何ともシュールな世界に引き込まれてしまった。
「リタ様、この野菜はお兄様が育てた野菜なのですか?」
「えぇ……、そうですよ。旦那様はとっても上手に野菜をお育てになるんですよ」
野菜たちの言うことは間違っていない。
どうやら本当に、野菜の声がきこえているらしいと確信した。
「そうなんですね、すっごい美味しそうだなと思って……、食べるのが楽しみです」
エリーゼが正直な気持ちを述べると、野菜からまた声がした。
『そおよぉ~~、アロイスすごぉく、じょうずなの~~~』
間の抜けた声で、野菜の妖精はアロイスを褒めた。
リタと話しているのに、野菜の方が返事してくるのが不思議だった。
(アロイスお兄様が、妖精が宿る野菜を育てる人だなんて! さすが、エリーゼと血を分けた兄ね。それに、このシュピーゲル家の領地は、土地自体妖精の加護を受けているのかもしれないわね……)
兄がなぜ新品種の果物を育てているのか分からなかったが、野菜の声を聞いて納得した。
「今なら、エリーゼ様の食べたいものに変更できますが、大丈夫ですか?」
野菜の声に集中していて、リタは誤解してしまったらしい。
エリーゼが機嫌を損ねたと思い、気を遣ってメニュー変更を提案してきた。
エリーゼは慌てて、返事をした。
「変更なんて、全く必要ありません。それに私、動物性食品が駄目な体質なので、野菜中心のメニューの方が有難いです」
「動物性食品が駄目って……?」
「肉や魚や乳製品を食べると、何故か胃にもたれて、お腹の調子も悪くなって、酷いと寝込むこともあって……。だから、野菜とか果物とか、植物性食品だけ食べるようになったんです。体質変化なので、病気ではないんですけど」
妖精の愛し子に覚醒したことで、妖精寄りの体質に変化したのだが、秘密にしなければいけない事なのだ。
だから、エリーゼは事実の表面だけを話す。
「今は、身体は大丈夫なんですか?」
「はい、食生活を改善してから、健康そのものです」
「それなら、良かった」
「はい」
「……」
「……ところで、ここにある野菜、洗ってもいいですか?」
「えぇ……、お願いします。私は、根菜を切ります」
リタは、慣れた手つきで、分厚い刃の重そうな包丁を細腕で危なげなく使い、根菜をサイコロサイズに切っていく。
切る時、野菜の妖精たちの悲痛な叫び声がするような気がして、エリーゼは身構えたが、声はしないままだったので少し安心した。野菜たちは最期包丁で切られる時は、覚悟を決めて黙るらしいと結論付けた。
(美味しくいただきますから、どうか安らかに……)
エリーゼは、野菜の冥福を、密かに祈った。
本当に何の役に立つか分からない能力だが、領地に戻って来てから妖精の愛し子の力が、解放されているように感じた。土地柄だからなのか謎だが、妖精と話すことで、不思議と心が癒された自分を自覚していた。
エリーゼは青菜を洗って、ざるに溜めていく。
横目でリタが、鍋に切った野菜を入れていくのを見た。
無駄のない動きで、スープを仕込んでいく。
「リタ様って、本当にお料理上手なんですね」
「慣れているだけですよ。それより、私に敬称を付けなくていいですよ」
「そんな、兄のお嫁様なのに」
「私は、元平民です。だから、様付けは不要です」
この世界特有の階級差からくる上下関係の分別を、リタは強く言い聞かされて育ったようだと思う。
「じゃぁ、お義姉様と呼んでもいいですか? リタお義姉様って長いから、お義姉様で」
「……」
結局、敬称呼びを止めない義妹に、リタは困った顔をして黙り込んだ。
エリーゼは、上下関係は不要と、アピールする。
「むしろ、私をエリーゼと呼び捨ててもらっても、いいですよ。義妹ですし」
「それは……、どうか、お許しください。エリーゼ様」
「じゃぁ、私もお義姉様でいいですよね?」
「――――はい……」
リタは、エリーゼを呼び捨てにするのを回避するために、最後に折れた。
エリーゼは、自己評価が低い義姉に感謝の気持ちを伝えることにした。
「私ね、お義姉様。あなたがお兄様のお嫁様ですごく良かったなと思っているの。だって、自分の収穫した野菜を、美味しく料理してくれる人が妻って、最高だと思うから」
「エリーゼ様……」
「兄の傍に居て、幸せに導いてくださって、ありがとうございます!」
リタの手を、エリーゼは両手で包む。リタの子どものように体温の高い手を握り、リタは正真正銘清らかだと確信した。
「……」
頬をピンク色に染めて、大きな青い目を潤ませ、リタは頷いて笑顔を返してくれた。
(はぅあっ!! 最高のお嫁様じゃない! なんかお腹いっぱいでごちそうさまです)
アロイスの頼り切った態度から、リタが大きな支えになったことは明白だった。このことは、リタが平民だとしても、感謝し、敬意を表したくなる。だから、エリーゼはリタのことを様付けで呼ぶことに、全く抵抗がなかった。
心の深い所で、通じ合ったような気がして、エリーゼもリタも目を合わせるたび笑い合う。
それから二人は、和やかな空気の中、夕食の準備を進めていった。
「エリーゼ、お前、料理が出来たんだな……」
さらに盛り付け終えた皿を、テーブルに並べていると、アロイスが食堂にやってきて開口一番呟いた。
リタがホフマンがいないことに気づき、アロイスに確認すると、彼は友人と約束していて今夜は外食するらしい。
「当然です。――――と言いたいところですが、私は野菜を洗って、サラダを盛りつけただけです。ほとんど役に立っていません」
前世で独り暮らしをしていた経験があるので、ある程度の調理は出来ると思っていた。しかし、手際のいいリタを目の当たりにして、エリーゼは何もできず撃沈だった。考えが甘く、大風呂敷を広げただけだったような発言をした自分が恥ずかしくなった。
「エリーゼ様、今日は私がメニューを考えてしまっていたので、手を出しずらかっただけでしょう? 今度は、エリーゼ様の料理を披露していただきたいわ!」
リタが、優しいフォローを入れてくれる。
彼女が、天使に見えた。いや、神か!?
「はい、次回、是非作らせてください」
「ええ」
「楽しみだな」
突然来た妹を、兄夫婦は和やかに迎えてくれた。
エリーゼは噛みしめるように、幸せな気分を味わう。
夕食の用意ができたので、三人は席に着き、夕食を摂る。
「ていうか、二人、いつの間に仲良くなったの?」
「つい先ほどです、ね、お義姉様」
「はい、エリーゼ様」
「お兄様、お義姉様は素敵すぎて、嫌う要素のかけらもない方ですね」
「え、エリーゼ様!?」
「当然だ。リタは可愛い上に頼りになるイイ女だからな」
「だ! だんなさままで!?」
「その通りですわ、兄妹の意見が合いましたわね」
アロイスとエリーゼが、リタに目を向けると、リタは照れて赤面し顔を俯けてしまった。そして、彼女は絞り出すような声で呟いた。
「二人ともっ、どうか、それくらいに……」
(はわわぁ~、照れるリタ様、愛くるしすぎます!)
エリーゼが脳内でリタの魅力に悶えていると、アロイスも同じ顔していた。
どうやら、兄妹の萌えポイントは同じところにあるらしい。
「お義姉様、すこしはしゃぎ過ぎました。困らせてごめんなさい」
「そうだな、ふざけるのはこのくらいにして、食事をいただこうか」
「はい、お兄様」
「……」
ひとしきり、萌えの余韻を味わった後、夕食は再開された。
「いただきます」
エリーゼはまず根菜のスープを口にした。優しい尖りのない野菜のうま味が、口いっぱいに広がって喉を潤してくれる。
「ふわぁっ、美味しい。お兄様の育てた野菜って、味が濃いですね」
「そうか?」
「はい、格別にいい味だと思います。流石ですね」
エリーゼが褒めると、アロイスは嬉しそう微笑んだ。
「お兄様は農業の才能に優れているから、農業に力を入れたんですね。納得しました」
「まぁね、得意分野を伸ばす方法が、産業発展につながると考えた」
「確実な方法だと、私も思います」
「そう、思うか?」
「はい、きっとうまくいくと思います」
自然の源である妖精を味方につけている兄は、きっと成功するだろう。
兄の成功に確信を持ちながら、この能力を決して知られていけないと思う。
使い方によっては、人の人生が予知できてしまうからだ。
この時、エリーゼは、王族まで欲しがるこのギフトは、無限の利用方法があるものだと気づく。
良い方向にも、悪い方向にも利用できる、恐ろしい能力。
エリーゼは、初めて実感した。
兄とタッグを組んで、リタを褒めちぎることに快感を覚えたエリーゼ。
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