番外編 欲望は果てしなく尊い
連載再開します!
次話より、第二部を開始します!
読んでいただけると、嬉しく思います。
よろしくお願いいたします。
今日は、ラルフが非番の日。
エリーゼは、ラルフに合わせて休暇を取り、王太子宮の応接室で会っている。
ラルフは忙しくても、毎日時間を捻出し、二人で話す機会を持ってくれる。
今日はいつもより時間が取れることが嬉しくて、エリーゼのテンションは上がり気味だった。
ラルフは、エリーゼとの話が外部に漏れないよう、毎回消音付与した結界を張ってくれる。そのおかげで、エリーゼは好きなだけ思うままに話すことが出来る。この時間は、前世の記憶を秘密にしないといけないエリーゼにとって、本当の自分を解放できる大切なものになっていた。
「ラルフ様は、変身する動物は猫だけですよね。猫にこだわる理由を知りたいなって……」
ラルフのことを知りたくて、ついつい色々と質問してしまう。
「理由……、魔法で物質形態を変化させる時、ある程度リアルに想像できる動物の方が完成度が高い。その点で、猫は実家で飼っていたから、馴染みが深かった」
「! 猫ちゃん! 飼っていらっしゃるのですか?」
「子供の頃、変身するのと同じ姿の猫を飼っていた」
(飼い猫のロシアンブルーを抱く幼いラルフ様、お似合い! 絶対、尊い!!)
「今は、残念ながら亡くなってしまっているが……」
その時のことを思い出したのか、ラルフは少し寂しい顔をした。
最愛のペット死は、思い出す度に悲しみが蘇るものだ。
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって……」
悲しませるつもりはなかったのだが、不用意なことをしたと後悔した。
「いや、気にするな……。それと、もう一つ理由があった。変身した姿は、人の興味を引きにくい存在である必要があるということだ」
「どうして?」
「騎士団の捜査は、人知れず、空気に溶け込むように隠れて進めるからだ。だから、人間が捕食する動物には、決して変身してはいけない。即狩りの対象になれば、捜査どころじゃなくなる」
「……」
エリーゼは、鶏になったラルフが、鉈を持った人に追いかけ回されるのを妄想した。
(リアルに、おかずにするため、即殺されたりするの!? 怖っわぁい……)
狩るのは、この世界の人の本能なんだとエリーゼは戦慄した。
「だから、殿下はハムスターなんですね。ネズミは、人が微妙に避ける動物ですよね。小さいから、人の目につきにくい動物だと思うし」
変身する動物の選択に、奥深さを感じエリーゼは感心した。
「その通りだ。ハムスターは、小さいから身を隠しやすいし、人間が入り込めない場所にも行ける。潜入捜査に最適な動物と言える」
「なぜ、ラルフ様はハムスターにならないのですか?」
「同じ場所に、何匹もいると、別の意味で人間の目についてしまう。特に、ネズミのような生き物はな」
「別の、意味?」
「二匹もネズミがいたら、駆除対象になってしまう。だから、複数匹の同一動物での捜査はしないのが、暗黙のルールだ」
「へぇ~、色々考えてあるんですね……」
(この世界の駆除方法って、どんなことするのだろう……)
「やけに詳しく聞きたがるが、私に変身してほしい動物がいるのか?」
「えっ? 私は猫が好きなので、それにロシアンブルーちゃんは特別! 好き! なので、変身してくれるなら猫が良いです。ちょっと気になっただけで、変なことを訊いてすみませんでした!」
人が魔法で変身する異世界小説は、呼んだことがあるが、ここまで細かく配慮して変身動物を決めているとは、考えたことがなかった。
興味深くて、ついつい熱くなって掘り下げてしまった。
「いや……、思うまま君が話してくれるのは、嬉しい」
「ふふっ、あなたは何を訊いても嫌がらずに答えてくれるから、気持ちが楽になるわ」
前世では、決して言えなかった、素直な言葉をラルフになら言える。
エリーゼが、変な質問や話をしても、決して笑わないし、真面目に考えて返事をくれる。
そして、最後に甘くデレるのが、きゅんとして堪らない。
「今日は、久しぶりに時間があるんだ。エリがしたいこととか、ないか?」
「……したいこと……、そうだなぁ……」
その時、エリーゼが思い出したのは、前世の事。
週末に友人と行った猫カフェ。
ロシアンブルーのハリーは特にお気に入りの美猫で、彼を眺めるために、足繁く通ったものだ。
だが、猫カフェは衛生上の観点から、基本触れ合いは禁止で、猫の方から近寄ってこない限り、撫ぜることも、モフることもできなかった。
ハリー自ら、私の膝の上に乗ってきて、撫ぜた経験が数回ある。
それを抱っこできたと誇張して記憶しているのが、ちょっと違和感のあるところなのだ。
だから、以前、初めてラルフ猫に、頬擦りをしたとき大興奮したのだ。
その時の充実感を再び味わいたいという欲望が、エリーゼの心の中に湧き上がった。
「ラルフ様、猫の姿をモフらせて下さい!」
エリーゼの理性が、欲望に負けた。
とにかく、可愛いロシアンブルーを堪能してみたい。
「モフ……、モフらせる……とは?」
謎な異世界言葉を、ラルフは真面目顔で訊いてきた。
ちょっと、嫌な予感にびくついているところも、可愛すぎる。
当たっていますよ、その予感。
「撫ぜたりして、可愛がってみたいです! 前世では出来なくて、すっごく無念でしたし……」
わざと大袈裟に言ってみる。
(ラルフ猫なら、感染病とかの心配はないし、心行くまでモフモフしたい!)
「無念!? そこまで悔いていることなのか?」
「ええ、とっても♡」
(ハートマークが、とっても嘘くさいですが、したい事には代わりありませんから!)
エリーゼは、欲望の前では、とても大雑把だった。
強く願われて、ラルフは拒むことなく、すぐに猫に変身した。
「エリ、どうだ?」
「……」
首を少しかしげて、こちらを見るラルフ猫に、エリーゼは悩殺される。
愛くるしさの衝撃が馴染むまで、エリーゼは動けなかった。
(やっぱり、可愛すぎる! ハリー超え、しているわ!!)
「エリ、撫ぜないのか? モフりたいのだろう?」
ラルフ猫は、また逆方向に首をかしげて、エリーゼとの距離を詰めてきた。
(ちょっ……、これ以上煽らないで! あぁ、また可愛すぎる~~~~)
可愛い上に、話しかけて煽って来るとか、最高の萌えシチュエーションがやってきて、心臓が痛いくらいきゅんを繰り返す。
(リアルって、ヤバすぎる……)
テンションは天井知らずで、上がりまくる。
がっついて怖がらせるのは厳禁なので、必死に平静を装い、そっとラルフ猫の背を撫ぜた。
触れた瞬間、反射的にビクついたが、大人しくしてくれている。
(はわわわわわ~~~~、かーーわーーいーーい~~~~)
「これが、『モフらせる』か?」
「いや~、違いますよ。徐々に段階踏んでやったほうがいいかなと思って」
今のは、ただ撫ぜているだけで、エリーゼの思うモフり状態ではない。
「モフらないのか? いいぞ、モフれば……」
エリーゼは、再び悩殺の衝撃を受けた。
(ラルフ猫! 五段活用しながら煽るな!! 微妙に笑える……)
心を落ち着かせるため、モフるの活用を頭に浮かべる。
モフらない、モフります、モフる、モフれば、モフれよ!
あっているのか!? 動揺で正解なのか不安すぎる。
ラルフ猫のお許し(モフる意味は理解していない)が出たので、早速モフらせてもらう。
「失礼します!」
前足のつけね、脇の辺りに左右どちらも手を差し入れ、胸が見えて後ろ足だけで立っている格好にする。
短毛ながら、胸毛は柔らかそうで、エリーゼは欲望全開で迷わずその胸毛に顔を埋めた。
閉じた瞼の上に、柔らかい滑らかな毛が当たり、優しくてじんわりと温かい。エリーゼは顔全体を毛で覆わんばかりに擦り付け、モフモフ感を堪能した。
そして、数分後――――。
モフり倒して、満足したエリーゼは、ラルフ猫をようやく解放した。自由になったラルフ猫は、数歩離れて、ドサッと潰れるように寝た。
言葉もなく、ぐったりとしている。
「ラルフ様、大丈夫ですか?」
「……」
(ありゃ~~~、相当ダメージ深い感じ? やりすぎちゃったみたいね)
「ごめんなさい、ラルフ様。疲れさせちゃいましたね?」
ラルフとは真逆に、エリーゼは満たされていて申し訳なく思う。
「……エリ……」
「は、はい」
「君は、前世でモフらせてもらったことがないと言っていたが、本当か?」
「ほ、本当です。猫カフェのハリーは膝の上に乗せた程度ですし、他の猫ちゃんともありません。釣り竿のおもちゃで遊ぶくらいでした」
エリーゼが言うと、ラルフ猫はエリーゼの膝の上に乗ってきて、彼女の顔をじっと見つめた。
「――――そうか、そうだろうな、こんな……いや」
「?」
ラルフは、思い浮かぶ言葉を、打ち消しては、再び巡らせているようだった。
「それでは、約束してくれ。モフらせるのは、私だけにすると。今後絶対、他の猫にするな」
「ふぇぃ?」
「面白返事ではなく、ちゃんと返せ。他の猫と、モフるな。私とだけモフれ!」
真っ直ぐに見る青い瞳に囚われる。
何と美しい猫だろうと思う。
「は……、はい! 約束します」
「よし! 約束するなら、またモフらせてやる」
(何これ、何これ、何これ!!! か……可愛い~~。独占欲丸出しのラルフ猫、最高に尊い!!!!!)
それから、すぐにラルフ様は人間に戻ったのだけれど。
ちょっと照れているのか、耳だけ赤くなっていた。
猫の時は毛に隠れて分からなかったのか?
猫でもないのに、可愛く見えて仕方がなかった。
(あぁ、顔が緩む……)
エリーゼは、心の中でまた幸せな時間だったと反芻した。
「ラルフ様」
「ん?」
呼ぶと、答える声に甘さを感じる。
エリーゼの胸に、愛しさが溢れてくる。
人間に戻り、平静になりつつあるラルフの唇に、エリーゼは軽いキスをした。
「夢を叶えてくれてありがとう! 最高の魔法使いね、ラルフ様」
最大の賛辞と共に礼を言った。
さほど表情を変えないラルフの耳が、再び真っ赤になる。
ラルフの正直な反応に、エリーゼはとろける様な甘い笑顔を見せた。
異世界文化の『モフらせる』を、初体験したラルフは、前世のエリーゼにモフる相手がいなかったことに、心から安堵した。
そして、この世の全ての動物に対して、ラルフが独占欲を示したということに、エリーゼは気が付いていなかった。
異世界カルチャー、すごすぎと再認するラルフ。
ブックマーク登録、評価等いただけると嬉しいです。
励みになります!
よろしくお願いいたします。




