シュピーゲル家の真実
「こんな時、どうすればいいんだ? 叔父上……」
「そんなこと、私にもわからん……が、ラルフの消えかけていた魔力が強くなっている気がするのだが……」
横たわってアイビーが絡まり続けているエリーゼとラルフは、心臓は止まり呼吸もしていないままだった。レオポルトが解決策がないかアンドレアスに訊いたが、良い案はないようだった。
この世界の魔力を持つ人間は、死ぬと抜け殻になる様に魔力がなくなる。死んでいるのに魔力だけ強くなっていく状態は、あり得ないことなのだ。アンドレアスは、他人の魔力量の変化を見るのが得意なので、経験上、ラルフが死んだとは考えられなかった。
「仮死状態かもしれない……」
アンドレアスが仮説を呟いたとき、エリーゼとラルフの体が、また光に包まれた。そして、すごい勢いでアイビーがエリーゼとラルフの体の中へ消えていき、倒れたそのままの姿に戻った。
「うぅ……」
エリーゼが呻いた後、ゆっくりと目を開けた。
「ラルフ様、帰ってこれたみたいですよ」
エリーゼが腕の中のラルフに呼びかけると、ラルフもゆっくりと目を覚ました。
「その……ようだな。うぅ……体中が痛い……、現実世界だ……」
ラルフが痛みを感じて、しみじみと呟いた。
レオポルトが慌てて駆け寄り、二人は逆に驚いた。
「レオポルト殿下……、どうして、ここに?」
「そんなことはどうでもいい! 二人とも心臓が完全に止まって息をしていなかったのだぞ! 大丈夫なのか」
取り乱すレオポルトは初めて見ると、エリーゼはぼんやりと思った。
「私は大丈夫ですが、ラルフ様は重傷かと……」
「すみません、ちょっと動けそうにないです」
ラルフが起き上がろうとして上半身に痛みが走ったのか、顔を歪ませ苦笑いした。その姿を見て、レオポルトも苦笑いした。
「良かった、よく戻ってきた、二人とも」
「レオ、二人を王城に運ぼう。すまんが、レオ、先に戻って王太子宮に受け入れの手配をしてきてくれ」
「わ、わかりました」
レオポルトが転移魔法を発動させ、姿を消した。
「エリーゼ、ラルフ、レオが戻るまでゆっくり待て」
アンドレアスの落ち着いた口調に、二人は脱力して寝転ぶ。
落ち着いている二人の姿にひとまず安心したアンドレアスは、入り口で青い顔をして佇む二人に呼び掛けた。
「シュピーゲル夫人と、そこの君」
「はい」
ブラウン医師だけ、アンドレアスの言葉に返事を返した。
ベルタは、まだ正気に戻れていないような感じだった。
ベルタの事情を王太子から聞いていたこともあり、アンドレアスは、構わず話し始めた。
「エリーゼ嬢は、『妖精の愛し子』として覚醒したと思われる。彼女は、今、この時をもって、国の管理下に置くものとする。王族の一人であるこのアンドレアスが証人となり、国王陛下に報告する。これから彼女は、王城で治療する。夫人に了承いただきたい」
「エリーゼ……、生きて、いたの?」
ベルタがやっとつながった思考回路を働かせて呟いた。
「そうですよ、ベルタ様。王城で、エリーゼの体を診てくださるそうだ。お任せした方が良い」
ブラウン医師が、ベルタを気遣うように語り掛けた。
その言葉を聞いて、ベルタは安心とは真逆の苦しそうな顔をした。
「なぜ、私ばかり、こんな目に遭うのかしら……」
「王弟殿下が、責任を持ってみてくださるから――――」
「ついこの間、半分娘を失ったのに、残った半分も奪われるの?」
「ベルタ様! 口を慎んでください!」
ブラウン医師が、青くなりながらベルタに注意したが、ベルタは子供のようにほっぺたを膨らませて怒りはじめた。
「え? 私が悪いように言わないで! 私の方が、エリーゼに振り回されても、離れず傍に居てあげたのに! なのに、エリーゼも、私を捨てるの? どうして?」
「ベルタ様っ、王弟殿下、彼女には後で言って聞かせますので、エリーゼのことをよろしくお願いします」
ブラウン医師は、ベルタを必死に抑え、アンドレアスに謝罪した。
「君は――――」
「申し遅れました。彼女の主治医のヘムルート・ブラウンと申します。彼女は時々、別人格がこのように出て子供のようになってしまうのです。どうか、ご容赦いただきますようお願い申し上げます」
アンドレアスは、ブラウン医師に黙る様に目配せしてから、ベルタと再び向き合った。
「ふむ、シュピーゲル夫人。そなたは娘をどうしたいのだ? 言ってみなさい」
「王弟殿下、エリーゼがいないと私は一人ぼっちになってしまうのです。エリーゼは私の傍にいるべきです。家族ですから、離れてくらしたくないのです」
「何も永遠に会えなくなるわけではないのだが、なぜ、離れてはいけない?」
「エリーゼは、私の娘です。私のものだから、私の役に立ってもらえなくなるのは困ります。だって、家族で私の面倒を見てくれるのは、エリーゼしかいないのですから」
「すみません! 心の病が言わせていることです! 無礼をお許しください」
ブラウン医師が堪らず割って入ったが、アンドレアスは「気にするな」と一蹴した。
「シュピーゲル夫人、そなたが心の病に苦しめられていることは気の毒に思う。しかし、娘は親の所有物ではない。そして、家族が面倒を見なければならないということもない。望むのなら、そなたの世話をする者を私が手配することを約束しよう。これ以上、娘を捕らえる枷になるな。そなたのためにもならない」
「――――ですが!」
「お話し中、申し訳ありません!」
ベルタとアンドレアスの会話に割って入ったのは、ブラウン医師ではなかった。声の主は、少し前に雇ったシュピーゲル家の料理人だった。
いつの間にやってきたのか、コック服のままで、体を僅かに震わせながら立っていた。おもむろに眼鏡を取り、地毛だと思っていた茶色の長髪の鬘を脱いだ。短い金髪で、紫色の目の男になった変化に、皆注目した。
「王弟殿下! 数々の無礼を、この家の……もう当主は息子に譲ってしまったので、ただのベルタの夫ですが、妻の代わりに謝罪させていただきたい」
一息に言って、頭を下げれる限界まで下げた。
エリーゼは、上半身だけ起こし呆然と呟いた。
「え……、夫って……、あなたは私の、お父様ですか?」
「エリーゼ、すまなかった」
「……」
「エリーゼが記憶を失う少し前に、ベルタの病状が思わしくないとエリーゼから手紙をもらって、騎士団を辞めて帰って来ていた。でも、いざ家の前に来たら帰りづらくなって、変装して家の前で様子を伺っていたら、ケリーに求人募集していた料理人が訪ねてきたと誤解されて、結局、そのまま……ズルズルと……」
「――――そう……、だったんですね……。お父様は騎士なのに、料理がとてもお上手なのですね」
新しく雇った料理人は、美味しい料理をバリエーション豊かに作っていたから、疑いもしなかった。
「私は、騎士の訓練を受けているが、基本は砦の騎士たちの食事を用意する料理人だ。私は、料理人になりたくて、ずっと領地経営から逃げていた。騎士団の料理人になったのは、貴族の面目を保つ唯一の方法だったからだ。父は……、エリーゼの祖父は私の意志を尊重して、息子のアロイスに後継者教育してくれた。ベルタもエリーゼも文句を言わず、送り出してくれた。優しい家族に甘え、私は今まで好きに生きてきたんだ」
その時、レオポルトが転移魔法で姿を現した。アンドレアスがレオポルトに見守る様に目配せして、隣に立った。
床で寝転んだままのラルフが、ゆっくりと話し始めた。
「エリーゼ、すまない。私は、君の父、フランク・シュピーゲルが騎士団を辞職したことを調べて知っていた。その後の行方が不明だったので、言えなかったんだ……。まさか、変装して家に戻っているとは思いつかなかった」
ラルフは、申し訳なさそうに告白した。
用意周到な彼が、エリーゼの身辺調査をしていないはずがなかった。魔法騎士団と騎士団との違いはあれど、連携している二つの組織なのだから、調べることは難しくなかっただろうとエリーゼは思った。
「ラルフ様は、私が傷つくと思って、わざと話さなかったのでしょう? だから、許します」
「エリーゼ……」
ラルフは、エリーゼを元気づけるようにぎこちなく笑った。
エリーゼは、再び父と名乗る男を見た。
「お父様、私はあなたが許せません。私は、あなたが育ててきたエリーゼではないことを知っていますか? 私の魂は、異世界の人間で、あなたと話しているのは以前のエリーゼとは違う別人です」
エリーゼが厳しい顔をして言うと、父、フランクは少し悲しい顔をした。
「そう、なんだろうな……。エリーゼは、こんな理路整然と話す娘ではなかった。どちらかといえば、口より先に手が出る娘だったから……」
「……」
(エリーゼ……って……、身内には暴力をふるうサイコキャラだったのかしら。ブラウン医師の印象も酷かったし……でも、何か……違う気がする)
「やはり、お父様もエリーゼを嫌ってなかったのですね。少し、安心しました」
「嫌うなんて、あり得ない! 今も昔も可愛い娘であることは変わらない」
(ブラウン先生も、エリーゼのことをひどく言うけれど、一番愛していた人だったし、お父様も同じ雰囲気を感じるわ)
「エリーゼ……、本当にすまない。これから、ベルタを私に任せてくれるか?」
「はい、お母様をよろしくお願いします。お父様……」
「ありがとう、エリーゼ」
「許した訳ではありませんよ、お父様。誠意をこれから態度で示していってください」
背中を丸めて首を垂れる父に、ベルタが駆け寄って背中に縋りついた。
「ベルタ……、苦労をかけてすまなかった。これから、一緒にいてくれるか?」
「フランク……、やっと帰って来てくれたのね……。私、待ちくたびれてしまったわ」
「ずっと、待っていてくれてありがとう、ベルタ」
エリーゼの父と母は、仲が悪くて離れていたのではなかった。
父が料理人になりたいとあがくのを見ていて、母は父を騎士団へ、そして砦へ送り出したのだ。そして、父の生き方を尊重した兄と祖父は、領地を守るため、離れて暮らしているだけだった。誰も、エリーゼと母を見捨てたわけではなかったのだ。
バラバラに見えていた家族の心は、実はしっかりと思いやり合う心で繋がっていたのだと、エリーゼは思い至った。
しかし、言葉少ない彼らの態度の中で、エリーゼはどれだけ家族の心を理解していただろうと考えると、胸が苦しくなった。多分、向いている方向がバラバラに見える家族を前にして、絶望を感じたこともあっただろうと思う。
子どものエリーゼが出来たことといえば、暴力をふるったり、わざと汚い言葉を使ったりして、家族の注意を引くことくらいだったのかもしれないと思えてきた。
エリーゼだけが、家族と心が繋がっていなかったのかもしれないと思うと、自然に涙が流れた。まるで、以前のままを知るエリーゼの体が反応しているようだった。やっと理解し合えた喜びを、涙という形で示しているのだと、エリーゼは思った。
静かに涙を流すエリーゼを、ラルフは静かに見守った。
「どうやら、無事に解決したようだな。フランク、夫人を頼むよ」
アンドレアスが、柔らかい笑みを添えて、フランクに言った。
「はい、王弟殿下」
フランクは、涙声で返事した。
「さて、ラルフとエリーゼ。王城へ移動しようか。レオ、ラルフに手を貸してやってくれ」
「はい、はい」
レオポルトに支えられラルフがゆっくりと立ち上がる。エリーゼは、ラルフが傷を治してくれたおかげで、疲れているが一人で立ち上がるのは問題なくできた。レオポルト、ラルフ、アンドレアス、エリーゼの順で手を繋ぎ合い、エリーゼがレオポルトと最後手を繋げば、四人で円を作る形になった。
「ラルフは、魔力発動しなくていい。私とレオがやるからな。さぁ! しっかり手を繋げ! レオ、王太子宮まで飛ぶぞ」
「了解」
エリーゼ達は、こうして王太子宮へ転移したのであった。
レオポルトもアンドレアスも治癒魔法が使えなくて、
重傷放置のままシュピーゲル家の家族会議に付き合ったラルフ。お疲れ!
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