妖精王との邂逅
意識を失ったエリーゼとラルフの姿に、そこにいた者は駆け寄りたくてもできずに、皆、息を飲んだ。
エリーゼの体からアイビーが生えて、ラルフとエリーゼの体に絡みついていった。
その異常な状況に、レオポルトは傍観していられず、ハムスターの変身を解き、アンドレアスに訊いた。
「叔父上、これは妖精の加護なのか?」
「私も、初めて見る。恐らく、エリーゼが覚醒したのであろう」
抱き合うように横たわる二人の顔色は、死人のように血の気がなく、レオポルトは堪らず、ラルフの体に触れ手首の脈を診て、ラルフの口を震える手でかざし、呼吸を確かめて、青ざめた。
エリーゼも、ラルフと同じ状態だと分ると、レオポルトは呆然として立ち尽くした。
「叔父上……、二人とも息してない……、脈も、ない……」
「何だって……、そんな……」
レオポルトの言葉を聞いていたケリーが、歓喜の声を上げた。
「死んだ! 死んだのね! ぁぁっ……! あの方の無念を晴らせた!! あああっ! やったわ! ブルーノ様! ご覧になられてますか!? あいつらを地獄に落としてやったわ!!!」
レオポルトが厳しい顔をして、マルコに命令した。
「マルコ、その女を騎士団の牢へ連れていけ。聞くに堪えん。外に待たせている馬車と馭者を使って良い」
「了解です」
ケリーがわめきながらマルコに連れていかれると、そこは再び静寂に包まれた。エリーゼがラルフを抱きしめたまま、緑のアイビーだけが二人を守る様に絡まり続けていた。
レオポルトとアンドレアスが、どう対応すべきか迷っている後ろで、ブラウン医師に支えられていたベルタが呟いた。
「ねぇ……、エリーゼ、どうなったの? ヘムルート」
「ベルタ様……」
ブラウン医師も返答に困り、押し黙る。
「え? 死んだ……の? うそ、よね……」
「……」
そこにいる誰一人、ベルタに答えられなかった。
「うそ……」
ベルタの消え入りそうな声が、悲しく響いた。
その頃、エリーゼは闇の中に立っていた。横にラルフも同じように立っていて、二人は手をしっかりと握り合っていた。
「ラルフ様、ここは一体どこでしょうか……」
「分からない……が、現実世界とは違う次元にいるような気がする」
「現実世界と違う、次元……」
「意識の中にいる、みたいな……」
「そういえば! ラルフ様、身体、平気ですか?」
「そう、平気だから、現実と違うって思えるのかもしれない」
二人が話していると、闇の向こうに光が現れた。
その光を見た瞬間、何故か光の方へ行かないといけないような気持が湧いてきた。
「ラルフ様、私、あの光の方へ行きたいです」
「そうだな、行ってみよう」
ラルフといるからか、エリーゼはこの特異な状況でも怖くなかった。繋いだ手から伝わるラルフの体温が、エリーゼを勇気づけてくれた。
光の方へ歩いて行くと、近づくたびに光は大きくなり、そして、丸い入り口を抜けると、緑の芝生が広がる空間に着いた。
感じたことのある空気に、エリーゼは思わず呟いていた。
「王族の秘密の花園……」
「……」
ラルフは、黙ったままエリーゼと歩調を合わせ芝生の上を歩いて行く。
そして、つるバラのアーチを見つけ、エリーゼは先日来た王族の秘密の花園に来ていると確信した。
「ラルフ様、付いてきてください。誰かが、あそこで私たちを待っていると思います」
「あぁ……」
迷いなく歩いて行くエリーゼを見ると、彼女はこの場所を知っているのだと、ラルフは確信していた。
そして、エリーゼと繋ぐ手から、ラルフの魔力が蘇っていく流れを感じる。悪い所へ向かっていないと思わせる、不思議な空間だと思った。
丸いすり鉢状の壁には、色とりどりの花が咲き、美しい所だと素直に思う。階段を下りきった所は、舞台のようになっており、その場所にエリーゼとラルフは降り立った。
その時、仏具のリンの音のような、音叉を鳴らした音に似た注意を引き付ける音が鳴った瞬間、目の前にカモシカのような、でも人の柔らかな笑顔をした不思議な動物が現れた。その姿は光を帯びていて、透き通っているかのような体を持った、神々しさ感じずにはいられない生物であった。
目にした瞬間、エリーゼの体の細胞が教えてくれるという衝撃的な感覚が駆け巡り、その生物が妖精王なのだと思い知らされた。
「妖精王様、お目にかかれて光栄です」
エリーゼは、跪き礼をとった。ラルフも同様に、跪き頭を下げた。
「エリーゼ、と言ったか、そちらの男はラルフだな」
「「はい」」
「我の呼びかけに応えし者よ、そなたらは、われの意志に従い、俗世で生きる覚悟があるか?」
「妖精王様の意志……?」
「我の命を分け与えた万物を傷つけず、大切にする心を持ち続け、俗世の穢れから守り抜く覚悟を持てるかどうかだ」
「……」
エリーゼはどう答えるのが正解なのか、思わず考え込んでしまう。
「どうだ? エリーゼ」
妖精王は、答えを急かしてきた。
嘘を吐けばきっと見抜かれてしまうだろうと、エリーゼは思った。良く見せようとして、大きく出るようなことはしない方がいいだろうと思う。
「覚悟なんて、自信がないのに持てるわけがありません」
「エ、エリーゼ!?」
ラルフが、ぎょっとして思わず間抜けな声を上げた。
「ですが、私は自然が好きです。草花を見るのも好きだし、生けるのも大好きです。だから、大切にしたいと思います。この気持ちは揺るがない自信があります」
「そうか、して、ラルフはどうだ」
「私は、エリーゼを守ります。そして、彼女の大事な物ごと全てを愛します」
「! ラルフ様……」
真剣な告白に、エリーゼは胸がきゅんとした。
二人の繋ぐ手に力がこもるのを、妖精王は目を細めて見た。
「我は、そなたらと共に在る。道を踏み外せば、容赦なく我が荒れ狂うことを忘れるな。我の愛し子達よ」
妖精王は、再びリンの音を響かせ、姿を消した。
ラルフとエリーゼが顔を見合わせた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。離れてしまわぬようにラルフに抱きしめられた瞬間、エリーゼ達は再び意識が奪われた。
王族の秘密の花園は、思念世界にある。
魔力持ちの王族か、妖精王が許可した者のみ扉を開くことのできる異空間である。
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