男爵家の侍女、鎮圧
R-15 残虐な表現があります。
ご注意下さい。
ガアン!!!
壁を破ったのかと思うほどの力で叩いたような音が、シュピーゲル家の階下に響いた。
マルコがすぐに反応し、アンドレアスに耳打ちした。
「殿下、外します」
「あぁ、分かった」
マルコは焦る様子はなく、走ることなく最速の動きで応接室を出て行った。
「何かしら?」
ベルタが、呑気な声で呟いた。
「ラルフもいますから、大丈夫でしょう……」
アンドレアスは動揺を抑え込み、ベルタに言葉をかけた。
『――――、マルコ追って、早く』
「え? 何かおっしゃりました?」
「いや、シュピーゲル夫人。やはり、私も――――」
アンドレアスが腰を上げた時、二階からエリーゼの尋常じゃない叫び声が聞こえてきた。
アンドレアスは、突き動かされる様に走り出していた。二階に駆け上がった時、廊下の先の開いた扉から、マルコが飛ばされて、廊下の窓に打ち付けられるのが見えた。
大人の騎士を投げ飛ばす力を持つ者が、エリーゼの部屋で暴れている。警備をかいくぐった侵入者がいると、アンドレアスは直感した。
しかし、エリーゼの部屋には、肩から血を流しているエリーゼと彼女を守る様に寄り添う侍女と、何らかの攻撃を受けて床に転がり虫の息になったラルフだけだった。
マルコを投げ飛ばした侵入者は、そこにはいないとアンドレアスは思った。
『叔父上、手を出さないで、そこに立ってて』
また声がして、アンドレアスの胸ポケットから感じていた重さがなくなった。
アンドレアスは、自分が戦力に加われないことを理解している。にもかかわらず、この場に来るように言われたので、ここに自分がただ立っていることに意味があるのだと思い至った。
「本当に、すごい威力だこと! ラルフ様、エリーゼはすぐに後を追わせますから、安心してさっさと死になさい」
エリーゼを守っていると思った侍女が、顔を歪ませて妖しく笑う。
どうやら、この侍女がマルコとラルフを攻撃したとアンドレアスは察した。
そして、侍女はエリーゼを守っていなかった。守るどころか、エリーゼの肩に短剣を突き立て、力を加え続け、苦痛を与え続けていた。
その異様な光景に、アンドレアスは息を飲んだ。
「ケリ……、こ、んな、こと……ぶる……の、よろこば、ない……」
「はぁ? ブルーノ様の何を知っているというの? 昔から、あなたはずっとそう! 善人面して、平気で私やあの方を貶め、地獄に突き落とした! 彼が首を落とされたときの、私の絶望を理解出来る? 散々痛めつけられて、顔の形が変わるほど苦しめられた上に、公衆の面前に晒されて罵倒されながら処刑されたあの方の気持ちが……!! あなたに理解できるはずがない!!! 晒された首に、人目を忍んで会いに行って泣いた私の気持ちも、解るわけがないわ!!!」
(まさか、男爵家の使用人とブルーノが恋人同士だったというのか!?)
アンドレアスは目の前の情報整理をするため、頭をフル回転させて働かせた。王族である自分が、この一連の事態の証人になるべく、あの問題児はここに連れてきたのだと悟った。
王弟であるアンドレアスが立っていても、ケリーは怒りを露わにし心の内を叫びまき散らしていた。
その時、ケリーの背後に倒れていたラルフが、じわりじわりと起き上がるのが見えた。ケリーはエリーゼやアンドレアスに自分の不幸な境遇を伝えることに夢中で気づいていない。
アンドレアスは、ケリーの注意を自分にひきつけるように、話しかけた。
「君は、ブルーノと恋仲だったのか……」
「それが?」
「私は、ブルーノの上司だ。君のような人がいたとは……知らなかった……、今回、ブルーノを助けることが出来なくてすまないことをした」
「……王弟殿下、そのような――、思ってもいないことを言うのは止めていただきたい!」
「ケリー、そこまでだ。マルコ、ケリーを拘束しろ」
「はい!」
マルコがラルフの命令に応え、ケリーを拘束した。もう、保護魔法は発動しなくなっていた。
「お前にかけた保護魔法は、先程解除した。もう、私たちを退けることは出来ない。あきらめろ」
「なぜ!? 私ばかりこんな目に遭うの? どうして、ブルーノ様を殺したのよおおぉぉぉ!!!」
「王国の一員なら、この国の法に従う義務がある。お前もブルーノも法を犯すことをした。だから、裁かれるのだ」
「返して! あの方を返してよ!!」
ケリーに何を言っても届かないようだった。
「マルコ、ケリーが自殺しない様に注意しろ。決して楽に死なせるな」
「はっ、はいっ!!!」
ラルフは、マルコがケリーを拘束するのを見届けてから、エリーゼの元にやってきた。
「ら、る……うぅ……」
「話すな、傷を治す。動かないで――」
ラルフは、エリーゼの肩の傷を治しながら、同時に短剣を抜いていく。深い傷なのに、すごい勢いで出血部分を閉じていった。そして、短剣を抜くことに成功し、エリーゼの傷は完全に塞がった。
「すごい! ラルフ様、ありがとうございます」
「……」
ラルフの体がゆっくりと傾いでいった。その顔色が真っ白でエリーゼはぎょっとした。床に崩れるように倒れるラルフの身体を、エリーゼは受け止めた。
「ラルフ様、しっかりして! ラルフ様!」
「……きみが……、たすか……て、よかっ……」
「ラルフ様! ラルフ! だめよ、起きてっ! 眠ってはだめ!」
「……」
「ラルフ?」
「……」
腕の中のラルフは脱力してしまい、何も応えてくれなくなった。
「いや……いやだっ、ラルフ、いっちゃだめよ! 誰かっ! 誰かラルフを助けてっ!!! 助けてよぉっ!!!」
エリーゼが泣き叫んで言うと、エリーゼとラルフの周りの空気が急に光り輝き始めた。その生まれた光の粒は、蝶が舞うようにラルフの体に触れ、そして沁みこむように体の中へ消えていった。
『エリーゼが、助けてって言ったから、ラルフを助けるわよ! みんな!』
『『『『『はーーーーーい!!!』』』』』
(えっ、沢山の子どもの声がした!?)
不思議な光がラルフの体に沢山吸い込まれていき、消えていく。
その光が全て消えると同時に、エリーゼは酷い眩暈に襲われ、ラルフを抱きしめたまま、意識を失った。
ついてこないはずないハムスター団長、地味に活躍。
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