束の間の平穏
カミラがエリーゼを連れてきたのは、王太子の執務室だった。
案内されて入室すると、王太子、レオポルト、ラルフが勢揃いしている姿が目に入った。
物々しい雰囲気に、エリーゼの緊張感が高まった。
「おはよう、エリーゼ。朝からすまないね」
「……おはようございます」
エリーゼは、王太子からの挨拶を受け、戸惑いながら挨拶し返した。
「昨日の件だが、君が『妖精の愛し子』の可能性が高いとアンドレアス叔父上が言っていたと聞いた。その件に関して、ここにいる弟と義弟が、配慮を欠いた対応をしたことを謝罪する。その上、この馬鹿弟は、君にさらなる捜査協力を求めたそうだが、取り消しさせてほしい。これ以上、君を危険に晒すような真似はさせない様にする。申し訳なかった」
王太子の言葉に思いやりを感じて、エリーゼは拍子抜けしたように緊張を解いた。
「王太子殿下の謝罪を受け入れます。私も突然特別な存在であると言われて不安に囚われてしまって、説明を深く求めるようなことを言ってしまったことを、反省しています」
「君は、本当に真面目な子だな……。『妖精の愛し子』の件は、いずれは妖精王との顔合わせをしてもらわなくてはいけないが、まだ日程は決まっていない。これから、国王陛下や叔父上など関係者を集めて、私の方で話をつける予定だ。正式な日時が決定するまで、カミラの元で子どもたちと共に健やかに、そして穏やかに過ごしてほしいと思っている」
「承知いたしました、精一杯勤めさせていただきます」
王太子にエリーゼが承諾の意を示すと、王太子の後ろで控えていたレオポルトとラルフに目配せした。
「エリーゼ、昨日は厳しいことを言って、すまなかった」としおらしい顔のラルフが言った。
「悪かったね、エリーゼ」と心が全然こもってないレオポルト。
王太子と王太子妃が、二人に顔を向けると、二人はぎょっと驚いた後、しゅんとさらに態度が消極的になっていった。
二人の顔は、エリーゼからは見えなかったが、知らない方がいいことだと悟った。
エリーゼの方を振り返った王太子は、柔らかい笑顔に戻っていた。
カミラもそうだが、王太子も切り替えが早い。
「カミラ、エリーゼ、時間を取らせたな。エリーゼ、君は心と体を休める必要がある。くれぐれも、無理はしてはいけないよ」
「ありがとうございます、王太子殿下にお心遣いいただき、光栄に思います」
エリーゼは、久しぶりにカーテシーをして、王太子に謝意を伝えた。
そして、カミラと共に王太子執務室から退室した。
「今日、午前中はね、子どもたちと遊ぶ時間が取れたの! エリーゼも一緒に遊んでくれる?」
「もちろんです!」
「何をして遊ぼうかしら」
「そうですね……」
エリーゼが、こちらの世界の子どもの遊びはどんなものなのか思いを巡らせていると、カミラが言い難そうに切り出してきた。
「あのね、エリーゼ。ラルフのことだけれど……」
「?」
「あの子、真面目なのは良いけれど、ちょっと行き過ぎな思い込みが激しくて、エリーゼを傷つけてしまってごめんなさい。レオポルト殿下を補佐するためには、ある程度非情でないと務まらないのも事実なの。だから、ラルフを見捨てないでね」
「――カミラ様……」
「あの子、容姿が整っているせいで、色々な年齢の女性からアプローチ受けてきて、その人たちの目的が、ラルフの主であるレオポルト殿下だったことがほとんどで、ラルフ自身を内側まで見てくれる人はいなかったの。だから、ひねくれてしまって、誰に対しても冷徹で口悪くして、寄ってくる女性をけん制する様になってしまっているの」
「……」
「ラルフが、初めて自分から女性にアピールしようという気にさせたのは、エリーゼ、あなたなのよ。二十二歳にもなって、遅い初恋よね……」
「私は、ラルフ様が、優しい方だと知っています。ラルフ様にとって私が、カミラ様がおっしゃるような相手であるかは、まだちょっと分かりませんが……」
ラルフは、優しいのは間違いない。でも、彼にとって仕事が一番なのも間違いないと思う。仕事で必要だから、優しくしてくれているというエリーゼの認識は、なかなか揺るがない。
「……不器用ね、あなたのそんなところもラルフとお似合いよ」
「……」
「ゆっくりでいいわよ、私も勝手に応援するから」
「お手柔らかにお願いします」
カミラとエリーゼは、見つめ合い、笑い合った。
そして二人は、カミラの子どもであるアーデルベルトとアルマのいる部屋へと歩みを進めた。
「おはよーごじゃいましゅ。おかあたま」
「おはよう、アーデルベルト」
「おはよーございます、おかあさま」
「おはよう、アルマ」
(眼福です!!! カミラ様と双子たちが挨拶する光景は、もう本当に心洗われるようで、可愛いと美しい両方を極めた最高の癒し空間です!)
カミラの専用侍女であるブリギッタと並び、エリーゼは控えていた。
「今日は、お昼ご飯も一緒に食べられるから、二人の好きなものを用意しましょうか。何が良い?」
「わたしは、あずまやでおべんとうがいいわ! ピクニックでたべたのみたいな!」
「ぼくは、おにくのはしゃまった、さんどいっち……」
「そぉね! 今日は外で食べましょうか」
「「うわ~~~い!!」」
(はぁふぅ……、汚れちまった大人には、眩しすぎる清らかさだわ……)
「エリーゼ、料理人にお昼の手配をしてくるから、お子様たちが遊び始めたら、相手をして差し上げてね」
「はい! かしこまりました」
「よろしくね」
ブリギッタはそう言って、子供部屋から出て行った。
窓の外を見ると、太陽の日差しが降り注いでいることに気づいた。
今日は、スッキリと晴れた天気だから、外にいると気持ちいいに違いない。
「カミラ様、お庭にシロツメクサは生えていますか」
「シロツメクサって、クローバーのこと?」
「そうです」
「雑草扱いされていなければ、あるかもしれないけど、どうかしらね……」
「こちらの世界では、四つ葉のクローバーを探したりしますか?」
「四つ葉……、ああ、普通は三つ葉だけど、たまに変異株で四つ葉になっている個体があるわね。探すのは、植物研究者くらいじゃないかしら……」
前世では当たり前で、この世界にないものをまたみつけたとエリーゼはテンションを上げた。
「私の世界では、四つ葉のクローバーは幸運の象徴で、皆願いを叶えるために四つ葉のクローバーを探し回ったりするのですよ」
「へぇ、面白いわね」
「外で遊びながら、探してみませんか? 四つ葉のクローバー」
カミラとエリーゼの話を聞いていた子供たちも「「さがしたい!」」と言ってはしゃぎだした。
その様子に、カミラも「仕方ないわね」と、笑いながら呟いた。
その時、子供部屋の扉をノックする音が聞こえた。
エリーゼが、扉を開けると、王太子の侍従が立っていた。
「すみません、カミラ様。今日、孤児院訪問時に持っていく品物で、確認いただきたいことがありまして……」
「あら、急ぐの?」
「はい、すぐ済みますので、お願いできますか?」
「分かったわ。エリーゼ、先に子供たちを連れて庭に行ってもらっていいかしら? 護衛が三人付いているから、安心して。用事が済んだら、すぐに追いかけるわ」
確かに、子供部屋の入り口に護衛が三人控えていた。
テンションの上がった子どもたちに待ったをかけるのは、気が引けるとカミラは考えた様だ。
「かしこまりました、ブリギッタ様もすぐに戻って来られると思うので、大丈夫ですよ。カミラ様」
「ありがとう、よろしくね」
カミラは、大至急で用事を済ますべく、侍従と共に子供部屋から出て行った。
「アーデルベルト様、アルマ様。エリーゼと先に外へ行きましょうか」
「うん」とアルマが、「あい」とアーデルベルトが返事した。
(「あい」って……、アーデルベルト様、愛くるしすぎだわ~。アルマ様は、流石しっかりしていて、立派です!)
エリーゼは、双子にきゅんとさせられながら、エリーゼの左手はアルマと、右手はアーデルベルトと手をつなぎ、子供部屋を出た。
入口で待機していた護衛が、三人とも一定の距離を保ってついてきているのを、時々確かめながら、エリーゼ達は外に出た。
王太子宮の建物沿いの草が残されていそうな場所を、三人で探し回った。
「クローバーさんは、どこかしらね」
「くろーばーさーん」
「くろーばーしゃーん」
その時、エリーゼの耳に「はーい」という声が聞こえた。
もしかしてと、声のした方へ歩いて行くと、そこにクローバーが生えていた。
(私、感覚が鋭くなっているかもしれない……)
『妖精の愛し子』である能力の覚醒が始まっているのを、エリーゼは感じていた。
「エリーゼ! くろーばしゃん、あった!」
「そうですね、アーデルベルト様」
「四つ葉、さがす!」
「はい、アルマ様。探してみましょう」
エリーゼ、アーデルベルト、アルマは三つ葉のクローバーの中に、四つ葉のものがないか集中して探していた。
「ありましたか?」
不意に声をかけられて、顔を上げるとエリーゼは予想外の人物が立っていて、体が凍り付くような衝撃に襲われた。
「なぜ? あなたが、ここにいるのですか?」
アーデルベルトとアルマを背中に隠し、エリーゼは彼に対峙した。
三人いた護衛の姿が、いつの間にか見えなくなっていて、エリーゼは戦慄した。目の前にいる男に始末されてしまったと察し、エリーゼはとにかく子供たちを守らなければと覚悟を決めた。
「お前を、迎えにきた。一緒に、来い」
「私は、今、仕事中です。お子様たちを置いて、すぐに行けません」
「エリーゼ、今すぐ来れば、子どもたちに手出ししない。言うことを聞いた方がいいぞ」
男は本気を漂わせて、エリーゼを威嚇した。
「アルマ様、アーデルベルト様。今すぐ、王太子宮の中へ走って逃げてください」
「エリーゼ?」とアーデルベルトが不思議そうな顔をしていた。
「お二人とも、走って、競争してください、王太子宮の建物に入るまで、決して後ろを振り返ってはいけませんよ」
怖がらせない様に、エリーゼは笑顔で二人に言った。
「わかったわ」
アルマが、アーデルベルトの手を取り、二人は王太子宮の建物の中へ走っていった。入口へ二人の姿が、吸い込まれる様に入って行ったのを確認すると、ヒヤッとした冷たい冷気が、エリーゼの体を包んだ。
そのまま、エリーゼは目の前が真っ暗になり、意識を完全に奪われてしまった。
お子様付きの護衛、最弱問題。
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