男爵令嬢は、やっぱり仕事がしたい
次の日、いつものように朝早く起きたエリーゼは、侍女服に着替えて、鬘をつけて、瞳の色を変える魔道具眼鏡をかけ身支度をした。
朝礼が行われる洗濯場に行くと、女官長のハンナが点呼と仕事の段取りを指示したりして、忙しそうに動き回る姿を見つけた。
「おはようございます、ハンナ様」
「おはよう、リズ」
エリーゼと挨拶を交わし、ハンナは点呼の書類に記入した。
「体調崩したって報告受けているけど、大丈夫なの?」
多分、カミラが顔色が悪いと言っていたので、そのことがハンナに伝わったのだろうとエリーゼは思った。
「はい、ぐっすり眠れたので、大丈夫です」
実際は、眠れてないのだが、休んでいるように言われるのを回避するために、エリーゼは嘘を吐いた。
「そう? 休みかもしれないって聞いていたけれど、本当に大丈夫かしら?」
「じっとしている方が、辛いです。何でもやりますので、仕事を下さい」
「そうなの? じゃあ、雑務管理室のマーヤを手伝ってもらっていい?」
「はい! 喜んで!」
居酒屋のようなノリの返事をして、エリーゼはマーヤのいる雑務管理室へ向かった。
「おはようございます! マーヤさん」
「リズ……様。おはようございます」
「申し訳ありませんが、今は身を隠していますので、『リズ』でお願いします」
「……そういえば、姿を変えているわね。分かったわ……リズ……」
「ややこしくてすみません。マーヤさん」
「あなたも、色々と大変ね。無事に帰って来れたみたいで良かった」
「はい」
無事なのかは、疑問が残るが、マーヤに話せない内容なので、肯定しておいた。
「さて、早速、ダイニングルームの花から取り掛かりましょうか」
「はい!」
ダイニングルームの花を引き揚げてきて、しおれているものや、位置がおかしくなっているところを直していく。
昨日生けたばかりなので、流石に花々はまだ美しく咲いている。
しかし、花開いたものが窮屈に咲いているところがあり、周りを整理し直し、スペースを作り、美しく生け直した。ゆったりとした位置に納まったトルコ桔梗が、嬉しそうな顔を見せたように感じた。
(『妖精の愛し子』とばれないように、感じたことを口にしてはいけないわね……)
エリーゼは、感情を押し殺し、マーヤを呼んだ。
「マーヤさん、直し、終わりました。これでいいですか?」
他の所に置かれている花を直していたマーヤが、手を止め確認しに来てくれた。
「うん、良いわね、今日も素敵。ダイニングルームに置いてから、水を足しましょう」
「はい」
こうして、エリーゼは朝の仕事を花を生けまくって、満喫しながら終えた。
そして、一段落して、マーヤと共に使用人食堂で朝ごはんを食べた。
エリーゼも食べやすい野菜スープと小さなパンを一つを、マーヤと話しながら食べた。ほんの短い時間だったが、エリーゼにとって癒された時間だった。紅茶を飲んでいると、ハンナがやってきて、今日これからの仕事の説明を受けた。
詳細は、カミラ様に直接確認する様に言われたので、マーヤと別れたエリーゼはカミラの居室に向かった。
カミラの居室の扉をノックすると、カミラ専用の侍女である一人が顔を出した。
「おはようございます」
「入って……、カミラ様はまだ食事中だから、戻られるまで待ってて」
「はい、失礼します」
カミラを朝食へと送り出した後、主がいない間に部屋の清掃をしているようで、扉を開けてくれた侍女もすぐに清掃作業に戻ってしまった。
(こういう場合は、自分でできそうな清掃場所を見つけて、誰かに了解もらってから手伝うべきよね)
「あのー、窓ふき手伝っても良いですか?」
広い大きな窓を一人で拭いていた侍女に、エリーゼは声をかけた。
「えぇ、いいわよ。左端から私は拭いているから、あなたは右端から拭いてくれる?
「はい!」
エリーゼは嬉々として、窓ふきを開始した。一心不乱になって、窓の細かな飾り枠を拭き清めていく。固く絞った布で汚れを取った後、乾いた綺麗な布で乾拭きすれば、ガラスはピカピカに輝く。顔が写るくらい透き通る窓を見るだけで、清々しい気分になる。
左側から拭き始めていた侍女と、中央部分で出会うと、窓は完璧に綺麗になった。
「道具を片付けて、カミラ様をお迎えするわよ」
「はい!」
清掃道具を、廊下の隠し倉庫にしまい、侍女たちは一か所に集まった。
エリーゼも輪の中に入り、静かに待った。
「今日、カミラ様は午前中は、お子様たちとお過ごしになられます。昼食後、王城にて教会関係者と面会、その後、孤児院へ視察に出かけられます……」
一番年上らしい侍女が、主であるカミラの予定を話した。どうやら、カミラ専属侍女たちの朝礼が始まったらしい。朝から晩眠るまでのカミラの予定は、びっしりと詰まっている。
(カミラ様って、本当に忙しい方なのね……、予定ぎっしりで、王太子妃って、やっぱりすごく大変な役目なのね……)
「リズ!」
「はい!」
「私は、ブリギッタ。そしてこちらから、イレーネ、モーニカ、シャルロッテ、リーザ、それぞれよろしく」
(短っ! 簡潔な自己紹介。そして、とっても体育会系の匂いがするわ……、『オス! 先輩!』的な無駄を省いて親しみを込めるような雰囲気ね)
「はい、よろしくお願いいたします」
エリーゼも、それに倣い簡潔に挨拶を済ませた。
「あなたは、主にお子様のお世話をお願いします。私も一緒に担当しますので、よろしくね」
ブリギッタが、声をかけてくれた。彼女は、やはり侍女の中でも上の地位にいる人間だとエリーゼは感じた。
「はい! よろしくお願いいたします……、あの……」
「何?」
「みなさん、昨日はすごく綺麗にしてくださり、ありがとうございました。特にみなさんにしてもらったマッサージは、癖になりそうなくらい気持ちよかったです」
「あれね、血行をよくするツボを押しながらするから、ほわぁっとして気持ち良いのよね」
「へぇ~、ツボを押すんですね……」
「朝から、とっても楽しそうね。エリーゼ」
「ひゃいっ!? カ、カ、カミラ様っっ」
いつの間にか背後に立たれ、至近距離で名前を呼ばれてエリーゼは飛び上がった。
「いつもの奇声が出るくらい、元気で良かったわ」
「うう……」
(カミラ様、元気で良いって褒めてませんよね!? 完全に奇声をいじってますよね?)
「「「「「……」」」」」
侍女さんたちは、無表情を保っていますが、ほっぺたがヒクヒク引きつっていた。
(もしかしなくても、笑いを堪えてますよね! 恥ずかしいです)
「ブリギッタ、10分ほどエリーゼと話がしたいの。連れて行っていいかしら」
カミラの切り替えは、相変わらず恐ろしく早い。
「かしこまりました」
彼女に鍛えられた侍女たちも、一瞬で平静に戻っていた。
「行くわよ、エリーゼ。ついて来なさい」
「はい」
カミラの勢いに食らいつくように、エリーゼは彼女の後を追った。
カミラ専属侍女五名の名前、エリーゼ覚えられず。
新キャラ渋滞、作者またもや困惑。
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