王太子宮での密談
「変身して、私についてきて下さるって、レオポルト殿下はハムスターでしょうけど、ラルフ様は何に変身を?」
エリーゼは、素朴な疑問を口にした。
「私は……」
ラルフは途中まで言いかけて止めて、小声で呟いた。すると、ラルフの体の周りに青白い光が渦巻くように走っていく。光に絞られる様に体は見る見るうちに縮んでいき、前世でも見慣れた動物の姿になった。
「はわわわわわぁぁ……、ロシアンブルー……」
銀の短毛で、青い目の美しい猫が、そこにいた。
前世でたまに通っていた猫カフェの看板猫が、目の前のラルフ猫に似たロシアンブルーで、ツンデレ具合が堪らないオスの美猫だった。
「ハリーに、そっくり……」
不思議な記憶のリンクに、エリーゼは思わず看板猫の名を口にしてしまっていた。
「ハリー……だと?」
「わわっ、しゃべったっっ」
「何言ってんだ、しゃべるに決まっているだろう」
「――ラルフ様ですもんね、そうでした」
「質問に答えろ。ハリーとは?」
「猫カフェの看板猫です! デレると抱っこさせてくれる、とっても可愛いオス猫ちゃんでした!」
「ネコカフェ、デレ……?、ダッコとは?」
言いながら首をかしげるラルフ猫は、エリーゼの心臓を見事に打ち抜いた。
エリーゼの理性のタガが外れ、湧き上がる好奇心にテンションが上がる。
「ちょっと、抱っこしていいですか? うううっ、ぎゃんかわ過ぎる!!!」
「えっ……ちょっ……」
エリーゼは、ラルフ猫を抱き上げ、猫の顔に自分の頬をすりすりした。
手触り、肌触りは完璧で、変身の再現具合が素晴らしいと思いながら、エリーゼは撫ぜ回した。
「はあああああぁっっ、癒されますぅ……」
「あ~、シュピーゲル嬢、そのくらいで勘弁してやれ」
気が付けば、レオポルトが苦々しい顔をしてこちらを見ていた。
「猫とはいえ、元は成人男性だ。そうベタベタされると、どうも恥ずかしくて見ていられない」
「やだぁっ! ついっ……」
エリーゼは我に返り、ラルフ猫を抱きしめて頬ずりしていた自分に気づいた。ラルフ猫を解放してやると、数歩よたついてから、離れて行った。
そんな仕草も堪らなくて、顔を緩ませ身もだえた。
(参ったわ……、恐ろしいわ、猫効果……)
「ラフィは意外と純情な奴だから、手加減してやってくれ。シュピーゲル嬢」
王太子が、真面目な顔でツッコんでくる。
(地味に刺さるツッコミね……、猫触りの衝動に注意、肝に命じます!)
「私はむしろ、エリーゼに積極的に行動してほしいけど」
カミラは嬉しそうに、もっとやれとけしかけてくる。
みんなが好き勝手に言いまくる状況を、レオポルトは終わらせるようにエリーゼに声をかけた。
「とにかく、ラルフは猫、私はハムスターの姿で君の傍にいる。シュピーゲル嬢、あまり、私たちを可愛がり過ぎて、おかしくならないように注意してくれ」
レオポルトに言われて、あぁ、任務の一環だったと思い出した。
「はい、気をつけます」
猫とハムスターなんて、永遠のライバル的な喧嘩するアニメのまんまじゃんと、思わずクフフと笑ってしまう。
「まったく……、ヘラヘラ笑って緊張感のかけらもないな……」
ラルフ猫が呆れた顔で、エリーゼに話しかけてきた。
「だあぁって! どう見ても、『ト○とジェ○ー』じゃない!?」
前世の日本人ならもれなく共感してくれるのに、ここは異世界なので分かってもらえないもどかしさがある。
「異世界言葉か?」
ラルフ猫は、柔軟に受け止めて返してくれる。
「国民的大人気の輸入キャラです」
「……分かるようで、微妙に分からん説明だな……」
ラルフ猫の予想通りの反応に、エリーゼはやっぱり笑ってしまう。
「まぁ、悲しい顔をしなくて済むなら、そのほうがいいよ」
「ありがとう、ラルフ様」
正直、こちらに来てから今までの展開を思い出すと、笑っていないと乗り切れない気分になってしまう。ラルフは、そんなエリーゼを理解してくれているようで、優しく声をかけてくれる。本当にいい人だと思った。
「さて、王弟殿下訪問の設定を考えようか。みんな、いい案があるだろうか?」
(ほぇ? 王太子殿下、肝心なそこを決めてなかったんかーーーーーい!!!)
エリーゼは、王太子の今更な爆弾発言に、心の中で盛大にツッコんだ。
このように行き当たりばったりで実行しようとは、遂行する者としては不安で仕方なくなってくる。
「よくある手は、菓子などの差し入れとかですかね」
カミラが、定番の訪問口実を挙げた。
「まぁ、それだけでも良いけど、何か王弟殿下がエリーゼに意識を向けるものが欲しいな」
王太子の言葉に、エリーゼは自分が自信を持ってできることといえば、花生けしかないと思った。他の突拍子もない無茶ぶりをされるのが嫌だったので、エリーゼは自分の意見を言おうと口を開いた。
「王弟殿下がお好きな花を、あちらで生けて贈るとか? 好みの花が分かればできないこともないと思いますが……」
「はい! それ、決定!! すぐ準備して」
「ほぇ?」
王太子は、目を煌めかせてあっという間に決断した。
他の三人も、良い考えだと頷き、同意していた。
「王弟殿下の亡くなられた奥様は、妖精の愛し子で、花が大層お好きだったわね……」
カミラが、思い出したように呟いた。
また、異世界小説さながらの設定文句にエリーゼはテンションを上げた。
詳しく聞きたくて、すぐに訊いた。
「すみません、妖精の愛し子とは……?」
「文字通り、妖精たちに愛された人のことよ。愛し子は、妖精と話せたり、不思議な力で助けてもらったり、いるだけで周りの人を癒したりできるのよ。魔法とは違う、自然の力を味方につけるという感じかしら……。自然と妖精の気分次第で、良くも悪くも左右される稀有な力で、国を挙げて保護している存在なのよ。エリーゼみたいな転生者と同じ、わが国の繁栄の鍵となる人物といって良いと思うわ」
「すごい方が、奥様だったのですね」
「そうね、とってもお似合いの二人で、私も憧れていたわ」
「お花を贈ることで、王弟殿下を傷つけないか心配になってきました。亡くなった奥様を思い出されても大丈夫でしょうか?」
「それは、とても難しい問題ね。でも、良い思い出なら思い出しても良いと思うわ」
「悪い思い出とは、お聞かせいただくことは可能ですか?」
最低限の配慮をするなら、王弟殿下の過去をある程度知っておくべきだと、エリーゼは思い切って訊いた。
王太子に目配せをしたカミラは、彼から話して良いと許可をもらったらしく、言葉を選ぶように話し始めた。
「仲睦まじいご夫婦でね。でも、初めてのご出産の時に、お子様も奥様も……、亡くなってしまわれたの……。私も……、言葉が出て来ないくらい……、ショックだったわ」
カミラの苦し気に話す姿に、彼女も王弟殿下と同じように悲しみの中にいるのだとエリーゼは気づいた。
「それは……、お辛かったですね。――言いにくいことを……、申し訳ございませんでした」
大切な存在を二つも同時に失った王弟殿下の悲しみは、カミラ様を始めとするみんなの心に、今も色褪せることなく、傷として残っているようだった。
「私は、比翼の鳥の片割れである奥様を失った、王弟殿下の心が休まることを願っているのよ。エリーゼは、こんな素晴らしい花が生けられるのですから、あの方もきっと心癒されるに違いないわ。自信を持って、行ってらっしゃい、エリーゼ」
自分の花を認めてくれたカミラの言葉に、エリーゼは感動してしまった。
「花に、秘めたすごい力があるのは、私も知っています。それが、王弟殿下に伝わる様、微力ながら頑張らせていただきます」
エリーゼが心意気を示すと、カミラは堪えていた涙を滲ませながら、微笑みを返してくれた。
こうして、王弟殿下の所へ、サプライズ・花生けデモンストレーション(長い)をしに行くことが、決定したのであった。
猫姿に喜ぶエリーゼを見て、人間に戻り損ねたラルフ。
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