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王太子宮の朝 3

 エリーゼは、カミラの居室の扉をノックした。

 エリーゼが名乗るとすぐに扉は開き、カミラが待ち構えていた。


「エリーゼ、こちらへ来なさい」

「は、はい……」


 カミラに招かれるまま、エリーゼはカミラの居室に入っていった。

 カミラは、目の前に立ったエリーゼのかけていた眼鏡を取り去り、鬘も取って横に控えていた侍女に渡した。そして、侍女たちに向けてカミラは言った。


「今から、この子を超特急で仕上げて」

「かしこまりました」


 侍女服で呆然としていたエリーゼは、二人の侍女に脇から腕をとられて、浴室へ連行されて行った。


「え? 何で?」

「まずは、湯浴みです。全て任せてください」

「ひえぇっ!?」


 あっという間に服を脱がされ、恥ずかしがる間もなく泡だらけにされた。絶妙な力加減で洗われて、不覚にも気持ちいいと思ってしまった。

 彼女らの仕事ぶりはいやらしさは皆無で、エリーゼは抵抗する気さえ起こらなかった。


(カミラ様の侍女達って、プロフェッショナル魂を感じるわ)


 この人たちに任せた自分を見てみたいと思ってしまう。彼女たちを取り立てているカミラの采配能力の高さを見せつけられたように思った。すごいなぁと尊敬の念すら抱いてしまう。


 そうこう思っているうちに、ツヤモチ肌に仕上げられ、髪は緩くハーフアップに整えられ、薄化粧で上品に仕上げられた。

 そして、言われるままに用意されたドレスに袖を通し、立派な貴族令嬢が完成した。


「これは一体、どういうことなのでしょうか?」


 今更な質問と思ったが、口をはさむ隙がなかったのだから仕方がない。みんなすごい威圧の気を放っていたから、黙って従っていたけれど、切実にこの状態になる理由を知りたかった。


「うん、良い出来だわ! みんな、ありがとう!」


 カミラはエリーゼの問いを完全にスルーし、侍女たちを労った。

 侍女たちも、嬉しさを笑顔で示した。


「エリーゼ」

「はいっ」

「まずは、腹ごしらえよ。ついて来なさい」

「……はぁ?」


 カミラは、戸惑うエリーゼを構わず、部屋を出て行ってしまう。

 呆然と見送ったエリーゼに、侍女の一人が「カミラ様について行ってください」と、耳打ちしてきた。


 エリーゼは、訳も分からず、先を行くカミラの後を追った。

 行き先は、エリーゼが花を飾ったダイニングルームだった。


「あら、今日の花はいつもと違うわね」


 カミラがすぐに気づいてくれて、エリーゼは嬉しくなった。


「はい、私も生けててとっても楽しかったです」

「え? これ、あなたが生けたの?」

「はい」

「いつの間に……」

「はぁ、成り行きで……」


「これも『異世界の知恵』なのかしら……」

「前世で、花は十五年くらい扱ってましたから……」

「――そうなのね」


「カミラ、もう来ていたのか。早かったな」

「あなた! 今、来たところですわ」


 金髪で青い目の静かな物腰の男性が、ダイニングルームに入ってきた。


(カミラ様が、『あなた』と呼んだということは、この男性は王太子殿下だよね?)


 エリーゼは、慌てて頭を下げ、王太子が声をかけて来るまで、じっと待った。


(王族は、こちらから声をかけてはいけないのよね。学習しているわよ!)


「君が、シュピーゲル嬢か」

「はい」


「急にこの世界に来て、さぞ苦労が多い事だろうことだろう。王族の一人として、君が心安らかに暮らせるよう、私も後押しするつもりだ」


「格別のお心遣いに、深く感謝申し上げます」


 エリーゼは、出来るだけ丁寧な尊敬語になる様に、気を付けて話した。


「君は、真面目な子のようだね。さて、朝食にしようか」


 王太子は、穏やかな笑顔で席に着いた。


「エリーゼは、私の隣に来なさい」


 カミラ様が、エリーゼに着席を促した。


(もしかしなくても、王太子夫妻と朝食の強制参加決定?)


「エリーゼ、こちらへ」

「――はい……」


 エリーゼは覚悟を決めて、カミラの隣に座った。

 このためのドレスアップだったのかと、合点がいく。


「何か、いつもよりカミラの顔が見えると思ったら、花の形がいつもと違う」

「あら、本当ね。あなたの顔が見えるわ、いつも、花越しなのに――――」


 二人の顔が自然に明るくなるのを見て、エリーゼは心の中で『よっしゃー!』とほくそ笑んだ。


「今日は、エリーゼが花を生けてくれましたの。何でも異世界で十五年? 修行経験があるそうよ」

「へぇ、異世界は文化的にも優れているのだな……」

「そのようで、ございますね」


 二人の会話を黙って聞いていると、朝食が運ばれてきた。

 さすがは、王太子夫妻の朝食、バランスの良い美味しそうな料理が並ぶ。

 エリーゼは、全てを食べられる気がしなくて、どうしようかと思ったが、とりあえず、野菜スープは完食できそうなので、それから手を付けた。

 スプーンで一口運ぶと、優しい味わいにほっとした。


(これは、キノコのポタージュかしら? マッシュルームみたいな味がする……)


 エリーゼは、ゆっくりと味わいながらスープを完食した。

 案の定お腹は満たされて、これ以上は入りそうもない。

 静かに手を合わせ、ごちそうさまと心の中で言った。


「あら、エリーゼ。もういいの?」

「はい、お腹いっぱいです。とっても美味しかったです」

「随分小食ね、大丈夫なの?」

「はい、食べ過ぎると体調が悪くなるので、気を付けています」

「そうなの、自分で体調管理できているなら良いけど」

「大丈夫です」


 カミラとエリーゼが話していると、王太子の元に従僕が来て報告した。


「殿下、レオポルト殿下とアーレンベルク副団長殿がお着きになられました」

「そうか、通してくれ。二人に茶を」

「かしこまりました」


「レオとラフィが来たようね」


 カミラが、ぽそりと呟いた。


 従僕に案内され、レオポルトとラルフがダイニングルームにやってきた。

 二人とも、魔法騎士団服だったので、仕事でやってきたのであろうかとエリーゼは予想した。


 エリーゼの向かい、王太子の隣にレオポルト、ラルフの順に着席した。


「急に呼び出して、すまなかったね、相手の動きが速そうだから、仕方がなかった」

「いいえ、兄上。声掛けありがとうございました。私もラルフも気になっておりましたから」


 レオポルトと王太子が、親し気に話す。一方、ラルフはレオポルトの付き添いで来たのか、全く話さず、優雅に紅茶を飲んでいた。


「結論を訊こう。行ってくれるか?」

「はい、勿論行きます。ラルフと二人で当たります」

「そうか、なら安心だな。ラルフ、頼んだよ」

「かしこまりました」


(何か話がまとまったようだけど、全く訳が分からないわ……)


「シュピーゲル嬢、君はこれから、アンドレアス王弟の所へ行ってもらう」

「!」

「レオとラルフ、二人の姿を変えて君に付いて行かせるから、怖がることはない。君は、ただ、アンドレアス王弟と世間話、そうだな、異世界の話をして時間稼ぎをしてくれればいい。あとは、レオが上手くやるから心配ないよ、シュピーゲル嬢」

「……」


(王太子殿下は、私が一番、自分を預けたくないと思う人に託すの? 優しそうなのは、見た目だけね。レオポルト様のお兄様は、やはり食えない御方の様ね……。兄弟、よく似ていらっしゃる)


「よろしくお願いします。レオポルト殿下、ラルフ様」


(アンドレアス王弟に関する情報を、急いで握る必要があって、その情報は私に関係あることで、私を餌に揺さぶって、王弟殿下にボロを出させようと企んでいるってところかしら。いずれにしても、私に拒否権は無いようね。もう着替えて準備させられてしまっているし)


 ようやく、この盛装の意味を正確に知ったエリーゼだった。




カミラ付きの侍女エステに、ハマりそうなエリーゼ。


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次回も、よろしくお願いいたします。

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