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王太子宮の朝 2

 ゴットフリートに呼び出されたカミラは、執務室のドアを叩いた。

 従僕によって扉は開かれ、カミラは執務室に入っていった。


「カミラ、朝早く呼び出してすまなかったね」

「おはようございます、旦那様。大丈夫です、それで、王弟殿下は何と?」


 アンドレアスの突然訪問してきたことを、従僕から聞いてきたカミラは、色々な事態展開を想像しながらここまでやってきた。


「迷える子羊を心配して見に来たと、おっしゃっていたよ……」


 ゴットフリートの言葉に、カミラは眉を僅かにひそめた。


「――もう、エリーゼの居所が知られていたのですね……」


「叔父上は否定していたが、十中八九、聖女様から聞いたのであろうと私は考えている」

「彼の方達は、繋がっているということでしょうか?」


 カミラの問いに、ゴットフリートは少し不機嫌な顔をした。

 ゴットフリートは、滅多にカミラにこういう顔を向けることはない優しい夫なので、すぐに分かる。この変化の理由は、カミラが失言した証拠だった。


「それを決めるのは、早計だと私は考えるよ。私は、聖女様が叔父上に一方的に情報を流したのではないかと思う。あの方は、自分から心が離れた叔父上を理解しようとしないから、いつまでも自分の思い通りに動く駒のように扱っているからね……、しかし、叔父上はただの駒ではないことは、君も知っていることだよね……」


 ゴットフリートは、窘めるように言った。

 カミラは、頭を下げながら、自分の浅はかさを恥じた。


「――はい……、王弟殿下はあの方が陛下の側妃に就かれてから、一切会われていないことを知っております。分かっていながら疑い、申し訳ございませんでした。……王弟殿下の愛情を、聖女様はひどい形で裏切ったことは、今でも覚えていますのに……、失言をお許しください……」


 カミラは、聖女が瘴気浄化を終え帰還した報告謁見の時、ゴットフリートの婚約者として、彼と共に参列していた。

 あの聖女に裏切られたアンドレアスの顔は、痛ましくてカミラは見ていられなかった。ゴットフリートも同様で、叔父が思いつめたように魔法術研究に没頭し閉じこもる姿を見守ってきた一人だ。


「問題は、聖女様と叔父上が繋がっているところではない。注目すべき点は、誰よりも早く叔父上がシュピーゲル嬢の所在を確認しに来たというところだ。叔父上は、シュピーゲル嬢の無事だけ(・・・・)を確認したかった。無事ならば、それで良いと思っていて、彼女の保護を、甥である私に任せてくれた。叔父上の望みは、あくまでも、彼女が無事であることだけなんだ」


「……旦那様、やはり王弟殿下が――――」

「カミラ、証拠が揃うまで、口に出すな」


 ゴットフリートもカミラと同じ結論を持っているのだろう。

 しかし、軽々しく話題にしてはいけないことだった。


「! ――――申し訳ございません……」

「君は、聡い。だからこそ、知らなくていい事まで察してしまう。そんなところも、私は好ましく思ってしまうのは事実なのだが――」


「まぁっ! あなたはまた、そうやって私のことを揶揄って……」


 カミラが顔を真っ赤にして照れて、悔しそうに呻く。

 ゴットフリートは、そう様子を満足そうに眼を細めて見ていた。


「可愛すぎるな、私の妃は……」

「~~~~」


 羞恥に悶えるカミラに、ゴットフリートは追い打ちをかけることに成功し、ますます機嫌を良くした。カミラいじりは、ゴットフリートの癒しだった。


「旦那様が、わざわざ私を呼び出したのは、報告だけじゃないですよね?」


 やはり、カミラは聡いなとゴットフリートは心の中で呟く。

 聡くて可愛い、最高の妃だと実感する。


「あぁ……、君はすごいね。その通りだよ、カミラ」


 ゴットフリートは緩みかけた顔を、真剣な表情に戻した。


「私は、聖女様の気まぐれの策略を、早い段階で握り潰したい。あの方に時間を与えると、ややこしくなるからな。だから、先手を打とうと思うんだ」


「――それは、とっても興味深いことですわ。是非、詳しく教えてくださいませ」

「あぁ……、まずは――――」


==================



 ゴットフリートとカミラが不気味な笑みを浮かべ話をしていた時、エリーゼはハンナに指示を仰ぐために、配膳場にやって来ていた。

ハンナの姿を見つけ、エリーゼは彼女の元へ急いだ。


「ハンナ様! すみません」

「リズ! どうしたの?」


「玄関前の清掃で、王弟殿下と知らずに声をかけてしまって、同じ場所で清掃していた女官の方が助けてくださって……、その方に、ハンナ様の所に戻って、指示を仰ぐように言われて、戻ってきたのです」


 エリーゼの話を聞いたハンナはめまいを起こしよろけた。


「そ……そんなことが……」

「申し訳ございません……、王族の方の顔を全く知らなくて……」

「ここに戻って来れたのだから、女官たちがどうにか対応したのよね?」

「はい、私は見ておりませんが、王弟殿下は王太子殿下にお会いになられたのだと思います」


「と、とにかく、確認するから、ちょっと待って……」

「はい」


 ハンナは、何処かへ確認をしに行ってしまい、エリーゼはまた一人残された。配膳場は、みんなそれぞれ動いており、その流れを邪魔することはいけないとエリーゼは思った。だから、何かできることはないかその辺をうろうろしていると、配膳場の続きに、花瓶や花が置いてある部屋があることに気づいた。よく見ると、花鋏や水差しまである。バケツに入った花は、どうやらこれから生けられる花らしい。


(もしかして、王太子宮のお花を用意する場所なのかしら……?)


 エリーゼは、そこで花瓶の準備をしていた女官に声をかけた。


「あの! すみません! これから、花を生けられるのですか?」

「そうよ、朝食のテーブルの花を用意するところよ」

「へぇ、そうなんですね」

「あなた、何でここにいるの? 仕事は?」

「ハンナ様に確認中で、待機中なのです」

「そう……」


 エリーゼは、女官が花を用意するのをワクワクしながら見ていた。


「いつまで、いるつもり?」

「ハンナ様が戻って来られるまで……ですかね……」


 正直、配膳場はかなりバタバタと忙しそうで、じっと立って待っているのが心苦しくなってくる。エリーゼは、もと居た場所には、戻りたくなかった。


「突っ立ってるだけなら、手伝いなさいよ!」

「いいんですか!?」


 エリーゼは、にっこり笑ってバケツの花材を覗き込んだ。


「テーブルの花をいくつ用意しますか?」

「三つよ。中央と、左右に一つづつ」

「じゃぁ、中央は低めに、左右のものは大きめに生けますか?」


「いつも、同じようなのを三つ用意しているけど……」


「テーブルの中央は、向かい合わせの人の顔が見えるように、視界を遮らない低めの高さが良いですよ。座って見て、美しく見える角度で生けると、食事をしながらも花を楽しめますしね! 逆に左右は高くなってもいいですよね。でも、座って見て美しく見えるように生ける配慮は必要です」


「あんた、何者?」

「通りすがりの侍女見習いで、エリ…じゃない、リズと申します」


「じゃあ、リズ、やって見せてよ」

「良いですか?」

「いいわよ、すぐに用意して。間に合わなそうなら、私がやるけど……」

「やります! やらせてください!」


 エリーゼは、俄然やる気になってきた。


「アスパラがある! ――ええと……」

「マーヤよ、よろしく」

「マーヤさん! 細い針金はありますか? できれば緑色の紙が巻いてある花用のやつとか……」

「あるわよ、アレンジを束ねる用のやつが……」

「使います! 見せてください!!」


(流石、王宮!! 道具が揃っています!!)


「花瓶は中央だけ高さが低いものを使います。左右は、同じデザインのものを」


 アスパラ・プルモーサスナナスと、この世界でもそういうのか知らないが、前世のエリーゼが好きだった葉で、花展やイベントに出す花材としてよく使用していた。柔らかな枝ぶりが特徴で、針金で支えてやると、色々な形で生けることが出来る面白い花材だ。


「時間がないので、集中します!」


 エリーゼは、花に向き合うことに、集中していく。

 そして、三十分くらい経った頃――――。


「どうですかね?」

「どう…って、すごくいいと思う!」

「そうですか、良かった」


 マーヤの反応に、エリーゼはホッとした。


 高さの低い花瓶は、中央配置用。

 アスパラ・プルモーサスナナスは、緑色の針金を目立たないように巻き付けて、丸を描くように配置し、変化を感じるように大きさの違う丸を作った。その円の中にトルコ桔梗やバラをバランスよく入れ、カスミソウで全体をなじませる。もちろん、何処から見ても美しくなるように心を配ることを忘れない。


 左右の花瓶の花は、左右対称に生けて、中央の花に繋がりを持たせるようにする。三つの花を統一して見ても面白く見えるように心を配る。

 丸いアスパラと垂れ下がるアスパラとを配置し、よりダイナミックに空間を使うように生ける。トルコ桔梗、バラなども左右対称を意識して配置する。


(うん、文章の表現は難しい。でも、本当に可愛くできた!)


「早速、運びましょう! 時間よ!」

「はいっ」


 王太子殿下家族が食事をされるというダイニングテーブルに、花を並べる。

 中央が少し大きめになってしまったが、高さが低いので圧迫感はない。

 左右の花瓶を置いて、花の位置の最終調整をして完成した。


「マーヤさん! これで、いいですか?」

「うん、良いと思うわ。早く、帰りましょう」

「ええ」


 マーヤと配膳場に戻ると、ハンナが青い顔をして待っていた。


「リズっ! どこにいっていたのっ、心配したわ!」


 ハンナは、ダイニングルームに花を運びに行っている間に、帰ってきたらしい。どうやら、行き違いになっていたようだ。

 花を生けている間に帰ってこなかったから、すっかり油断していた。


「すみません、テーブルの花生けを手伝ってもらっていました」


 マーヤが、先に説明してくれた。


「そうなの? 誰かに連れ去られたかと思って、びっくりしたわ」

「ハンナ様、リズが仕事がないって困っていたので、手伝ってもらったのです」


「マーヤが、リズに声をかけてくれたのね。無事でよかったわ」

「テーブルの花を生け終えたのですが、仕事が決まっていないなら、引き続き、リズに手伝ってもらっていいですよ。この子、すごく上手に花を生けるのですよ!」

「そうなの? でもね、カミラ様がリズに来て欲しいそうだから、リズはカミラ様の部屋に行って。場所は、分かる?」


 マーヤと話していたハンナが、こちらを見て訊いた。


「はい、昨日、教えていただきましたので」

「じゃ、すぐに行きなさい」


「はい、ハンナ様、マーヤさん、ありがとうございました」

「また、手伝ってね。リズ」

「はい!」


 二人に一礼して、エリーゼはカミラの待つ部屋へと向かった。




 


 








ゴットフリートの得意技、言葉攻め。


ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。

励みになります!


次回も、よろしくお願いいたします。

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