保護魔法の書き換え
ドレス選びが終わり、商人たちが驚くべき速さで撤収し帰って行った。
嵐が過ぎ去ったような静けさが、応接室に戻ってきた。
「お嬢様、少々遅くなりましたが、夕食のご用意をいたします」
「ごめんなさい、夕食は要らないわ。試着の合間に、クッキーをつまんだりサンドイッチを食べたから充分しているの。あ、ラルフ様の分は用意して……」
「エリーゼ、必要ない。君は疲れているようだから、私はもう帰る。……顔色が良くない、大丈夫か?」
「はい……、正直、体力の限界を感じています……」
ドレス選びの光景を思い出すだけで、ライフを削られていくようだ。
「エリーゼ、しかし、帰る前にやらなければいけないことがある。明日、私は時間が取れないから、今日しておく必要があるんだ」
「何でしょうか?」
「保護魔法の書き換えだ。今は、エリーゼの感情変化はもちろん、接触した相手の感情に反応して発動する保護魔法をかけている。しかし、王族に対する時、心の内を魔法の発動で知られるのはまずいし、発動力も強すぎる」
「はい、私の意志とはいえ、もう少し穏便に遠ざける力にしていただければ嬉しいです」
(王族の方々を、問答無用でぶっ飛ばすのは、絶対に避けたいです!)
「書き換える前に、伝えたいことがもう一つ。レオポルト殿下以外の王族の方々は、君の突然の出現に良い感情を持っていない。彼らのあずかり知らぬ所で、召喚術が行われた事実は、王族の権威に楯突いたのと同義だからだ。王城の人間全員が敵と言ってもいい」
(ええ~、そんなところに行く必要が、本当にあるのかしら!?)
「でも、王族に転生者と認めさせることで、エリーゼに大きなメリットがある。転生者は、この王国の宝として扱われ、国の総力を挙げて悪意から守られる対象となる。そうなれば、エリーゼを呼んだ者は、君に簡単に手を出せなくなるだろう。だから、王族の愚痴や文句を聞くくらい、なんてことないと私は思う。何といわれても、聞く耳を持たなくていい。好きなだけ言わせておけばいい」
(私としては、殺されたり、悪事に利用されたりするのは嫌だ。ラルフ様の言う通り、転生者として認められることが、最優先でやるべきことよね!!)
エリーゼは、そこで生まれた疑問をラルフにぶつけてみる。
「どうやって、転生者だと認められるのでしょうか? ラルフ様は、確認する方法を知っておられますか?」
「それは……、結論を言えば知らない。そこは王族が秘する部分だから、レオポルト殿下に訊くことも禁忌だ。エリーゼもわきまえてくれ」
(転生者の確認方法はNGワードですね! 訊いておいてよかったです。あわわ……)
「行くまで、何をされるか分からないってことですね」
「分からないが、君は間違いなく転生者なのだから、堂々としていればいいと思う」
「王族が私を悪用する可能性もあるけれど、今の私に他の選択肢はないってことですね」
(冷静に分析してしまう自分は、本当に可愛げない)
「君は、本当に理解が早いな」
「褒めてもらっても、何もでません」
エリーゼがツンと唇を尖らせていうと、ラルフは微笑みを返した。
彼の微笑むのは珍しいことだが、腹の探り合いをしてくる感覚で、エリーゼは全くときめかなかった。
「書き換える魔法は、反応方法だけに着目すれば、基本的に変わらない。今まで通り、エリーゼの感情変化とエリーゼに接触した相手の悪意ある感情に反応して発動する。しかし、大きく違うのは、相手を即、跳ね飛ばす部分はすべて削除し、温度で判断できるように書き換える。つまり、悪意ある相手の接触は、冷たく感じるようになるということだ。氷に触れるような感じだ。ちなみに、冷たく感じるのはこちらだけで、相手に変化はない。そして、問題のない相手は、通常と同じ感触なので違いが明確にわかるというわけだ」
「冷たくなる、だけ、ですか?」
「あぁ、だから、冷たさを感じたら、すぐその相手から逃げろ。攻撃できないなら、逃げるしかない」
「冷たさを感じたら、逃げる一択……」
「そうだ、できるな?」
「やるしかないですよね」
「その通りだ、書き換えていいか?」
「――――はい。お願いします」
ラルフは、エリーゼの保護魔法を書き換えた。
ドレス選びをした翌日、エリーゼは引き続き母にマナー特訓をしてもらい、あっという間に一日が過ぎていった。
そして、エリーゼが王城召喚する日がやってきた。
朝早くから身支度を始め、ケリーは一生懸命にエリーゼを着飾ってくれた。
用意を終えたエリーゼは、ラルフと手配した馬車が来たと言われ階下へ降りて行った。出口前には、ラルフと、見送りに出てきた母とブラウン医師の姿があった。
軽く母とブラウン医師に挨拶を交わし、ラルフのエスコートで馬車に乗り込んだ。
そして、いよいよ王城へ向かう馬車が動き始めた。
向かいに座るラルフは、仕事中であるからか、とても寡黙だ。
エリーゼも、誰が聞き耳を立てているか分からないと思い、ラルフに話しかけることはしなかった。
静かな緊張感が漂う中、馬車がゆっくりと停まった。
ラルフが先に降り、エリーゼに手を差し伸べる。
その手にそっと手を重ねると、ラルフの手は温かかった。
(温かいと、やはり安心するわね)
エリーゼが思い浮かべた言葉を察したのか、ラルフが少し目を細めた。
(ここが、王城……、天井が高い!)
ラルフに導かれ、王城の中へ進んでいくと、レオポルトが立って待っていた。数人の兵士、文官なども後ろに控えている。ものものしさを感じ、エリーゼは顔を少し強張らせた。
エリーゼは、ラルフの手をゆっくり離し、スカートを両手で少し持ち上げ、カーテシーをした。そして、背筋を伸ばしたまま顔を伏せた。
「レオポルト殿下、ご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じます。エリーゼ・シュピーゲルでございます。本日はよろしくお願い申し上げます」
(お母様のスパルタ教育のおかげね!上手くできた気がする)
「ようこそ、シュピーゲル嬢、案内するよ。ラフィ、ご苦労だったね」
「はい、私はこれで失礼します」
レオポルトに礼をすると、エリーゼの方に目も向けず、ラルフは歩いて行ってしまう。
「ありがとうございました、ラルフ様」
振り返ることない背中に、エリーゼは礼の言葉をかけた。
ラルフのよそよそしさに違和感を感じたが、ここは王城、彼もわきまえて行動しているのだろうと、エリーゼは結論付けた。
「さて、シュピーゲル嬢。歩きながら、これからの流れをざっくり説明するね」
「はい」
レオポルトの歩幅に合わせるように、エリーゼは早歩きになっていた。
そして、レオポルトは急に立ち止まり、エリーゼに振り返った。
「これから君の意識を一時的に奪う。殺しはしないから、安心して眠りなさい」
「えっ……」
レオポルトに言われてすぐに、エリーゼは急に目の前が暗くなっていった。
倒れたエリーゼの体を、受け止めたのが誰だったのか、確かめられずにエリーゼは完全に意識を失った。
エリーゼを王城に送り届ける時、
一度デレたら戻れなくなりそうで、ツンを貫いたラルフ。
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