男爵令嬢の登城準備
ラルフとブラウン医師との話し合いをした翌日、エリーゼに登城するよう、召喚命令が出た。
届けられたのは、リアル王族の封蝋がある手紙で、エリーゼはそれを見た瞬間、地味にテンションが上がったのは秘密だ。
登城は、三日後。
それをケリーに伝えると、彼女は顔を青くした。
「三日後って、ずいぶん急ですね……」
「王城に行くだけでしょ、大丈夫じゃない?」
「エリーゼ様、登城目的は、王族、国王陛下にお目通りすることですよね? 服装、振る舞いの全てにおいて礼を欠かぬよう心を配る必要があります。失敗すると、不敬罪でしょっぴかれますよ!!!」
「ひぇぇっ! そうなの!?」
ケリーの内容もたいがい衝撃だが、彼女の圧が強すぎて怖い。
「まずは、挨拶の仕方ですね。奥様に、指導を仰ぎましょう」
「お母様に? 大丈夫かしら……」
「奥様は、エリーゼ様を身ごもられるまで、王城に仕えていらっしゃいました。裕福な商家出身といえど、平民で王城勤めができる人は、優秀な方ばかりです。すごい御方なのですよ、あなたのお母様は」
(確か、お母様は平民出身でお父様と結婚して、男爵夫人になったのよね。
同じ平民出身のブラウン先生とご近所さんだったと言っていた記憶がある)
「――そうなのね、でも、教えてもらえるかしら」
「奥様は、真面目に教えを乞えば力になってくださいます。注意が必要なのは、別人格に切り替わった時だけです。怖がる必要はありません。私も傍に控えておりますので」
ケリーは、迷いなく断言した。
考えてみれば、ケリーは母ともう五年も暮らしてきているのだ。
母の心の病を承知な上で、母に教えを乞えとアドバイスしたのなら、大丈夫な気がした。
「うん、今からお母様にお願いしにいってみる。ケリー、ついてきてもらっていい?」
「はい、かしこまりました」
エリーゼは、ラルフに言われた『頼ることを覚えろ』という言葉をしばしば思い出すようになっていた。その言葉通り頼ってみれば、物事が楽に進み心の負担が軽くなる気がした。
しかし、数時間後、エリーゼは母に頼ったことを後悔することになった。
「――――あー……、疲れたぁ~~。か、体中が痛い……」
エリーゼは、味わったことない筋肉痛に襲われていた。
カーテシーの練習を、延々とやらされて、背中を伸ばし続けて屈伸運動することを強いられた。おかげで、背中と腰がギシギシと痛む。
笑顔を保つように言われ、顔も表情筋を酷使したせいかじんじんと痛む。
ようやく母に解放され、自室に戻ったエリーゼは、倒れこむようにベッドにダイブした。柔らかい布団に受け止められて、気持ちがいい。
「行儀が悪いですよ、エリーゼ様」
「もう~、ケリー、いいじゃん。マナーレッスンも終わったし」
「練習は、明日だけ、あと一日しかないのですよ! もっと危機感を持って、普段から淑女の振る舞いでいるべきと思いますが」
「……」
(お分かりだろうか? お母様とケリーはスパルタでした!!! 正確には、お母様はスパルタ教師。ケリーはスパルタ指導、バッチコイ! の熱血練習生に変身していました! ケリーは、実はお母様にマナーを教わりたかったらしく、仕事をそっちのけにして、エリーゼよりも熱心にマナーレッスンに励んでいました。初めて見るケリーのハイテンションに驚きっぱなしでした……。まぁ、ケリーが一緒に練習してくれるから、私もくじけることなくやり切れたので、そこは感謝しています)
「ケリーは、淑女の振る舞いを学んで、何処で活かすつもりなの?」
必死にカーテシーをものにしようと努力するそのガッツは、活かすところがないのに生まれない欲望だと思っていた。
エリーゼは、必要ないでしょ? という心を忍ばせて、ケリーに訊いてみた。
「学びに、無駄な知識はありませんよ。エリーゼ様」
ケリーは、そう言ってあっさり論破した。
疲れて判断の鈍ったエリーゼは、好奇心が抑えられず、さらにツッコんで訊いてみた。
「ケリーって、恋人いるの?」
「なっ!? 何いっているのですかっ!!!」
「いるの? いないの?」
「いません!」
ケリーは否定したのに、顔は真っ赤に染まっており、恋人がいると肯定しているように感じた。しかし、複雑な表情から相思相愛の雰囲気は微塵もなかった。だから、当たりをつけて訊いてみた。
「片想い、なのかしら?」
「……」
「……図星ね」
「エリーゼ様、私にお慕いする方がいたとしても、今はとても考えられないのです。どうか、そっとしておいて下さい」
ケリーは、本当に困った顔をしていた。揶揄うつもりはなかったが、それに近いことをしてしまったと、エリーゼは反省した。
「調子に乗り過ぎました。すみません」
「いいえ、私の方こそ。先方の迷惑だけにはなりたくないので、キツイ言い方になりました。申し訳ございません」
(ケリーって、訳アリの人を好きになっちゃったみたいね……)
いつか、ケリーの方から相手を教えてくれるまで、楽しみに待っていようとエリーゼは思った。
「それより、エリーゼ様。今日、ラルフ様とお約束されていましたよね」
「うん、仕事終わってから来るって」
「時間がありません。今すぐ支度始めましょう」
「え~~~、このままで良くない?」
エリーゼは今、綺麗目のワンピース姿で、部屋着でもないし、どこに着替える必要があるのか全く理解できなかった。前世なら、よそ行きと言って良いくらい上等な服装だと思う。
「良くないです。淑女は一日の中でその都度相応しい装いをすべきなのです。主が、見下げられるのは嫌なので、しっかり着飾りますので覚悟ください」
「ケリー、キャラ変した? 何か怖い」
「訳分かんないこと言ってないで、さっさと準備しますよ!」
この後エリーゼは、ケリーに散々いじられて、とても可愛く着飾られた。
ラルフは、昨日より早い時間にシュピーゲル家にやってきた。
そして、数人の商人らしき人達を連れてきていた。
「こんばんは、エリーゼ」
「――こんばんは……」
ラルフは魔法で、ラナンキュラスの花を一輪手の中に出し、エリーゼの耳の上辺りの髪に挿した。
「今日の花、まだだったから。今日は飛び切り可愛いね、まるでラナンキュラスの妖精みたいだ」
「あ……りがとう、ございます……」
(かぁ~~~っ、キザッ、キザな台詞っ。まさか自分が言われる立場になるとか、思ったこともございませんでしたっ!!!)
「エリーゼ、登城用のドレスを用意するのに、店の者を呼んできた。時間がないから、今回は既製品を直して用意するから選んで欲しい」
「はい……」
「それとこれは、私が勝手に選んだが、着けてもらえるだろうか……」
流れるように差し出された結構な大きさの革張りの平たい箱を差し出され、受け取った。切れ目から箱をパカッと開けると、美しい輝きを放つブルーサファイアのネックレスとイヤリングが入っていた。
大きなブルーサファイアを中心に、ダイヤモンドもあしらわれた上品な印象のものだった。落ち着いた色合いとデザインなので、それほどギラギラ感はないが、深い青のブルーサファイアは澄み切っていて、内包物のないクラリティの高い質の良い石に見えた。
「これは……?」
エリーゼは、若干、いや、かなり引きながらラルフに訊いた。
「ちょうど、良い石を見つけて、作らせていたんだ。間に合ってよかった」
(えっ……作らせていたって、ずっと前に注文していたってこと? デート用の服一式とは別に、こんなものも用意していたなんて――――)
「エリーゼ?」
「はっ! 何でもありませんわ。素敵な品をありがとうございます」
(――――恐怖ね!!!! 震えるわ……。いけないわ、予想外の高額の貢ぎ物に思考停止してしまったわ。しっかり、するのよ! エリーゼ!!!)
「ラルフ様、応接室にご案内します。他の方もどうぞ」
冷静なケリーは、サクサク自分の仕事をこなしている。
(異世界カルチャーショック、再び。だわっ!!)
応接室が、あっという間にドレスショップの試着室になってしまった。
ラルフや店の人がいる前で着替えるのに抵抗があったが、ちゃんと大きな衝立が設置してあり、視界を遮断できるようで安心した。
「エリーゼ、流行のラインとカラーを中心に持って来てもらっている。どれが、良いと思う?」
「うう……、どんなものが似合うのか、見当もつきません……」
エリーゼは、早くも泣き言を言うように呻いた。前世で、こんなドレス着たことないし、選んだこともないのに分かるわけないと思った。
「エリーゼ様、アクセサリーに合うものを選ばれるとよろしいかと……」
「……ケリーは、楽しそうね……」
「はい! とっても!!」
ケリーが、きゅるるんという音が聞こえてきそうな無邪気な顔になっていた。
「えぇっとぉ……、登城に相応しいドレスで、ラルフ様のアクセサリーに似合うドレスは……」
(あぁっ……、色々考えていたら余計に選ぶのが怖くなってきた……)
「あの~、差し出がましいですが、ちょっとご提案しましょうか?」
ドレスショップの店員らしき女性が、悩んでいるエリーゼを見かねて声をかけてきた。
「是非! プロの意見を訊いてみたいわ!」
エリーゼは、店員に何点か良さそうなものを選んでもらうことを快諾した。
「それでは、お嬢様はお若く、可愛らしいイメージですので、ふんわりとしたスカートの方がお似合いになるかと思います。そして、昼間の謁見ですので、肌見せは控えめに、お色は優しい色が良いと思います。それを総合して考えますと、これと、これと、これはいかがでしょうか?」
店員が提示したドレスは3点。
一つ目は、薄黄色で、オーガンジーの生地がふんわり重なったスカートのもの。
二つ目は、薄紫で、全体に細かく銀糸で刺繍してあって、背中と腰に大きなリボンがついているもの。
三つ目は、上半身部分が白に近いベージュで、繊細なレースが這わされていて、スカートは薄い青で、袖部分はオーガンジーのもの。
「えぇ……と、どれも綺麗だけど……」
「ありがとうございます! 全部着てみましょうか!」
「ぇっ!? 全部?」
「まずはこの三着だけですよ。気に入らなければ、持ってきたものをすべて試していただいても構いませんよ!」
ずら――と十着は優に超えるドレスがかかっているのを見て、エリーゼは、ムリーーーーって心の中で叫んだ。
「さ、さ、さぁ! お手伝いしますから、着てみましょう!!」
「えええっ」
ドレスを手にした店員に、衝立の向こうへエリーゼは連れられて行く。
ラルフは、にこりと笑いかけて来るだけで助ける気は全くなく、ケリーは待機している商人にお茶を出したりして、忙しくしていた。
(ドナドナの子牛って、きっと同じ気持ちだったのかも……)
ふと、良く口ずさんだ童謡の一節を思い出し、エリーゼは乾いた笑いをこぼした。
それから、サファイヤのネックレスとイヤリングを着け、ドレスを試着しまくった。(結局、三着で終わらんかった)
その結果、上半身にベージュ系のレースが這わせてあって、袖部分はベージュのオーガンジー。ふんわりスカートは薄い青のドレスに決まった。
(本当に長い闘いであった。着ては脱ぎの繰り返し……、貴族女性は本当に大変だなと思い知ったわ……)
サイズ直しをして、明日納品してくれるらしい店員さんに礼を言い、王城に行くことはすごいことだと実感したエリーゼだった。
『青』の入ったドレスをエリーゼが選んで、ラルフは嬉しそうにしていたことは言うまでもない。
エリーゼの青ドレス選択に、心の中でガッツポーズかましたラルフ。
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