コーテーに与えられた環境
この物語の主人公、名座礼は城から馬車で3日かかる場所に連れていかれた。
そこで降ろされ、準備された家に荷物を降ろしたら馬車は城に帰って行った。
いくら遅い馬車でも1日100kmは走れるだろう。
3日間も移動したら、彼はどこにいるのか完全に分からない。
そもそも、城のある地名も聞いていないし、それどころか国王の名前なども一切聞いていないのだ。
馬車も直線距離で300kmとしても、道を覚えられないように遠回りしたり、同じところを何度か回っていたらもう絶対に分からない。
移動中窓はなく、外の様子は分からなかったのだから。
名座礼にとって一つ予定外だったのは、準備された家が思いのほか大きかったこと。
部屋が10部屋はあるだろう。
さらに、リビングなどの居住空間があるので、『家』と言うより『屋敷』と言う感じだった。
そして、城で初日面倒を見てくれた、あのメイドさんが一緒に馬車を降り、屋敷に住むというのだ。
「あの・・・本当にここに住んでいいんですか?」
「はい、この屋敷は勇者様のお住まいで間違いありません」
「そして、メイドさんも住むんですね?」
「はい、身の回りのお世話をさせていただきます」
つい先週まで家と会社を往復するだけの生活をしていた独身者、名座礼としては、いきなりメイドさんがいる屋敷に住むようになったことにたじろいでいた。
30畳はあろうかと言うリビングできょろきょろと辺りを見渡していた。
広い。
広すぎる。
しかも、リビングと言ってもテレビはない。
ゲームもない。
大きな食事用のテーブルとイス、コップなどを入れておくちょっとした家具が置いてある程度でその広さを余計に広く感じさせていた。
「あの・・・俺の面倒を見てくれるってことだけど・・・田舎暮らしは大変でしょうし、城に帰ってもらっても大丈夫ですよ?」
「とんでもないです!勇者様のお世話をさせていただけるなんて、身に余る光栄です!」
名座礼からしたら少し困っていた。
彼は30歳少し前、メイドの少女は15歳程度。
面倒を見てもらうのには抵抗があったのだ。
色々な事を言って城に帰ってもらうように仕向けてみたが、メイドの少女の言っている事の意図を探ると、身寄りのない彼女にとって気を使う城暮らしよりも、田舎で国からしたらどうでもいい勇者の面倒を見ていた方が、仕事は楽で、気楽でいいということだった。
居心地の悪さについては、名座礼も会社で感じていたので、十分理解できる。
この田舎の何もない屋敷に来て少し安堵している自分がいることに気付いている彼には、少女の気持ちにも同意できるものがあった。
名座礼は諦めて、受け入れることにした。
「OK、分かった。じゃあ、自己紹介しよう。俺もずっと『勇者様』と呼ばれるのはこそばゆい」
「かしこまりました、では何とお呼びすれば?」
「俺はナザレ・コーテーだ。召喚はされたけど、別に勇者ではなかったみたいだから普通に名前で呼んでください」
「かしこまりました。コーテー様とお呼びしたらいいでしょうか?」
下の名前で呼ばれるのには少しの気恥ずかしさを覚えたが、異世界では『苗字=家名』で帰属などか家名がないのは常識になっていた。
名座礼もそれが常識だと考え、OKした。
「じゃあ、次、メイドさんの名前は?」
「私はメアリーです。生まれた時からお城でメイドとして務めさせていただいていました。」
「じゃあ、メアリー、これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。コーテー様」
この時2人は、それぞれ何か吹っ切れたかのように笑顔であいさつを交わした。
・・・
メアリーは元々奴隷だった。
物心ついた時にはすでに奴隷商に売られていて、それまでの記憶はなかった。
親の記憶も全くなかった。
売られる前によほどひどい目に合ったのだろう。
全身に傷や痣があった。
それを隠すように、髪を伸ばす傾向にあった。
本来なら買い手は付かない奴隷だろう。
それが、どういうわけか、当時の姫、現在の王妃が買い、メイドとして働かせたのだ。
奴隷商では誰に買われるかが不安な毎日だった。
メアリーの人懐っこい性格は、城に来てから現れた特性だった。
周囲の環境が良かったのだろう。
メアリーは見た目を気にすることは変わらなかったが、周囲の人とは明るく接することができるようになっていった。
だから、彼女にとって王妃はその不安から救ってくれた救世主だった。
なぜ王妃がわざわざ奴隷を買ったのかはメアリーには分からない。
だけど、王妃が言うことはメアリーにとって絶対になっていた。
今回も急に大役を仰せつかった形だ。
元々、勇者の侍女のうちの一人として勤めることになっていたが、急遽勇者が2人になったので、メアリーだけコーテーの侍女としてつけられたのだった。
城から遠く離れた場所で、ほとんど城とのつながりもない。
しかし、国王としては単純に切り離してしまっては、勇者が後で何をしでかすか分からない。
監視目的もあり、有能な侍女のうち城から切り離しても問題がない者と言う、やや矛盾した人材ということでメアリーが挙がった。
王妃としても思うところあったのか、了承しメアリーに決定した経緯があった。
・・・
「それで、コーテー様、これからここで何を始めますか?」
「そりゃあ、決まってるでしょ!」
コーテーは窓を開け、広い庭と田舎の風景を見ながら言った。
「何にもしないのさ」
「へ?」
コーテーに与えられた屋敷は、古いけれど傷んでいるほどではない。
しばらく使われていなかったのは、埃の具合などから容易に分かったが、メアリーが必要な部屋から優先的に掃除をしてくれたので、コーテーにとっては何も不便はなかった。
暇つぶしにコーテーは部屋を数えた。
2階建てで1階と2階全部で12部屋もあったので、少し大きめのアパートくらいの大きさはあった。
その上、1階には食堂とリビングが別にあり、リビングが広い。
コーテーが日本で住んでいた部屋など2階の1部屋よりも狭いほどだった。
異世界転移と言う非日常的なトラブルはあったものの、3食昼寝付き、メイド付きの生活が手に入ったのだ。
ある意味宝くじが当たるよりもいいことだったのかもしれないと思った。
このようにコーテーはどこか能天気と言うか、寛大なところがあった。
だからこそあれほど過酷な職場でも仕事を続けることができたのかもしれない。
屋敷が与えられてから1週間、コーテーは本当に何もしなかった。
朝は習慣なのか、7時には起きていた。
これでも遅くまで寝た方らしい。
通常の彼ならば毎日6時には起きていたからだ。
メアリーは朝食、昼食、夕食と食事の準備をしていた。
部屋の掃除もしつつ、各食事も作る。
これだけの広さの屋敷であることも考えると通常ならば数人分の作業量だ。
しかし、メイドは一人。
国王がどれだけコーテーに金をかけたくないかがこの辺りに反映していた。
メアリーも勤勉で働くことが嬉しく感じる性格だった。
環境の事もあるのだろうが、仕事があるということは自分の居場所があるということ。
まだ15歳ながら、働くことに喜びを感じているのだった。
1週間経過したところで、突然コーテーがメアリーに言った。
「飽きた。十分休んだ。これからは少しずつ何かをしたいと思うんだ。」
メアリーが小首をかしげて質問した。
「どのようなことをなさりたいのでしょうか?」
「危なくないこと・・・例えば、庭いじりとか?」
「お庭に花壇を作るということでしょうか?」
やけにメアリーが前のめりになって聞き返した。
「うん、そうだよ。ここはあまり使われていなかったためか、庭が少し寂しい感じだ。許してもらえるなら花壇でも作ろうかな、と。」
「とてもいいですね!屋敷内は自由に使っていいということでしたので、全く問題ないと思います!!」
「メアリーやけに乗り気だね。」
「はい!お花好きです!」
メアリーとしても、この1週間で一通り屋敷の掃除は終わったので、ある程度の達成感を感じているところだった。
ただ、掃除熱に火が付いていたので、掃除が終わってしまうと、次は何に手を入れようかと考えているところだったのだ。
思わぬ主人の提案に思いっきり乗っかった形だった。
「コーテー様は花壇づくりのご経験がおありですか?」
「ごめん、全くない。土とか作るのが大事だってことくらいは・・・」
「では、なぜ花壇を作ろうと思われたのですか?」
「それは、俺がLV1でHPも0だから、スライムと勝負しても負けるほどだからだよ」
「え?それはおかしいですね」
「どういうこと?」
「コーテー様は転生されたばかりなので、LV1は分かるのですが、HP0だったらすでに死んでいます」
「たしかに!でもステータスを見たら全部の値が0なんだよ。」
「わたくしに鑑定スキルはありませんので、コーテー様のステータスを拝見することはできませんが、もう一度よく見てみてください。なにか気付くことはないでしょうか。」
コーテーは、言われるまま、もう一度ステータスを表示させてみた。
氏名:名座礼 肯定
年齢:28
属性:会社員
LV:1
HP:0000 体力
MP:0000 魔力
STR:0000 力
ATK:0000 攻撃力
VIT:0000 生命力
INT:0000 知力
RES:0000 抵抗力
DEX:0000 防御力
AGI:0000 素早さ
LUK:0000 運
EXP:0 経験値
魔法属性:-
称号:勇者
そして、目ぼしいところを読み上げた。
「年齢28」
「コーテー様、28歳なのですね。」
「あ、うん」
「HP:0000」
「0000?『0』ではなくて『0000』なのですか?」
「うん」
「おかしいですね、私のステータスはLV3でHPが56なのですが、『56』と数字が2つあるだけです」
言われてコーテーも疑問に思った。
『0000』とあるので0だと思っていたのだが、『EXP』は『0』で1桁なのだ。
しかも、RPGで言うと、『0』は既に死んでいる数値だ。
バグってる?
「あと、魔法属性は『-』」
「え!?」
またメアリーが驚いた。
「どうした?」
「魔法の属性は誰にでもあるものです。ないっていうのは聞いたことがありません」
「そうなんだ。でも、俺の世界では魔法なんてなかったし・・・」
「でも、もう一人の勇者様は全属性適性があったとのことでした」
「たしかに。メアリーも魔法が使えるの?」
「はい、私は火属性です。・・・と言っても、火をつけるくらいしか使えませんが」
「なるほど」と相槌をうちながらコーテーは考えた。
火属性なので、火に関する魔法が使える、と。
そして、強い魔法が使えるかどうかは、別の数値によって表示されているのだろう、と。
次に、どれか数値をあげることができたら、何かわかるかもしれないと思考は進んだ。
「ね、メアリー、どうやったらレベルアップするの?」
「経験値が一定以上になったらレベルアップします」
ここはコーテーの知識であるRPGと同じだ。
「じゃあ、どうやったら経験値が上がるの?」
「私の場合は、日々のお掃除や洗濯など家事をしていると少しずつあがっていきます。」
「なるほど」
「あと、冒険者はモンスターの討伐などで経験値があがるようです」
「やっぱりモンスターがいるんだ」
「あ、そうです。この屋敷の近くにはいませんが、少し離れた森の奥にはモンスターがいますのでお気を付けください」
コーテーはメアリーとの会話から、色々な情報を得ていた。
まず、この世界は間違いなく異世界で、魔法が存在する。
メアリーの『村人』くらいのLVは1桁くらい。
HPも『56』と2桁程度。
メアリーが15歳としても、それほど大きな値ではない。
「(確かに、もう一人の勇者は各値が『1000』とか言っていたので、メアリーの20倍。
化け物と言ってもいい強さなのだろう。
しかも、レベル1だから伸びしろは十分。
さすが勇者様てって数値だった訳だ)」
RPGの知識と同じく、モンスターを倒したら経験値が上がり、レベルアップ。
まずは、経験値を上げてみたいところだと考えたが、モンスターと戦うのは怖いと考えていた。
『0000』がカンストしている値だとしたら、相当強いのだろうが、『0』と言う意味だったら石に躓いて転んでも死ぬのかもしれない。
28歳なので、日本で言えばまだまだ若造の粋だが、彼は機械設計者。
いつも失敗しては、改善、失敗しては改善の繰り返しで製品を作り上げるのが仕事。
用心深くなっていた。
ただ、コーテーの考えはここで行き詰ってしまった。
情報が足りないのだ。
そして、その情報を得るには、何かしらのリスクを取らないといけない。
少し考えて、コーテーは逃避することにした。
「メアリー、とりあえず、花壇でも作ろうか!」
「はい!」
コーテーは、庭いじりすることにしたのだった。




