異世界召喚とテンプレのような国外追放
ここは異世界。
今まさに、勇者が召喚されたところだった。
300㎡はあろうかと言う広い部屋で、中央には大きな魔方陣が描かれ、その周囲には12人の術者が囲んでいる。
そして、その中央には16歳の男の子が一人。
整った顔立ち、イケメンと言っていいだろう。
日ごろから鍛えているのだろう。
しなやかな筋肉で無駄な肉はほとんどない。
まさに彼が勇者であろう。
彼は何事が起きたのかと、驚きの表情を隠せない。
王らしきいかにも威厳のある服装の男性が彼に話しかける。
「勇者よ、よくぞ来てくれた。我が国のためにぜひ尽力してくれ。」
横にいる姫らしき14歳から15歳くらいの女の子が続ける。
「お父様!勇者召喚の儀、成功おめでとうございます!」
部屋内には合計30人ほどがいたが、ざわざわとしていた。
「召喚の儀」と言うのは、よほど成功率が低いのだろう。
王が勇者に命じた。
「早速、ステータスを表示させるのだ。ステータス・オープンと念じよ!」
勇者は、まだ若いこともあって、年の頃なら40代中盤の王から言われて、素直に「ステータス・オープン」と念じたようだった。
勇者の目の前の空間には、四角形の表示が現れ、そこにはいろいろな項目と数値が書かれていた。
氏名:桂 優斗
年齢:16
属性:高校生
LV:1
HP:1000 体力
MP:1000 魔力
STR:1000 力
ATK:1000 攻撃力
VIT:1000 生命力
INT:1000 知力
RES:1000 抵抗力
DEX:1000 防御力
AGI:1000 素早さ
LUK:1000 運
EXP:0 経験値
魔法属性:地水火風
称号:勇者
他人のステータスを見ることができる神官的な年配者が勇者のステータスを確認する。
「これは間違いなく成功です!LV1なのに各値が既に1000になっています!しかも、魔法は全属性に適応しております!」
「なんと!いきなり1000に全属性か!既に騎士団長クラスではないか!」
王は驚きの声を上げ、周囲も「おおー!」と歓声が上がる。
この物語は、たった今、異世界から召喚された勇者の物語・・・ではない。
魔法陣には、もう一人、男がいた。
「あのー、俺は・・・歯医者・・・」
あまりに誰からも注目されないので、頑張って声をかけた彼は、名座礼 肯定。
一連の流れを見ていた彼は、密かに自分も「ステータス・オープン」と唱えて、自分のステータスを確認していた
氏名:名座礼 肯定
年齢:28
属性:会社員
LV:1
HP:0000 体力
MP:0000 魔力
STR:0000 力
ATK:0000 攻撃力
VIT:0000 生命力
INT:0000 知力
RES:0000 抵抗力
DEX:0000 防御力
AGI:0000 素早さ
LUK:0000 運
EXP:0 経験値
魔法属性:-
称号:勇者
「ぬう!あの者はなんだ!」と王が騒ぎ出した。
周囲の人間も口々に「1人じゃないのか!?」とさらにざわついた。
王の「あの者もステータスを確認せよ!」と言う声に先ほどの神官が確認していった。
「これは何かの間違いです!称号は『勇者』となっていますが、すべての数値がゼロで魔法の適正もありません!」
「なんと!おまけで召喚されてしまったのか!?」
「そうかもしれません。称号に一応『勇者』と入っていますので」
「よし!勇者殿は別室で!なりそこない殿は丁重にもてなせ!」
王の一言で、桂優斗は王たちと共に行ってしまった。
サラリーマン名座礼肯定は、メイド服を着た女の子に案内され、別の部屋に通された。
「間違いで召喚ってラノベではあるのだろうけど、実際間違われるとどうしたらいいんだよ。」と名座礼は心の中で毒をはいていた。
それでも「まあ、いきなり殺されたりしないみたいだからよかったけど、この後俺は帰れるのか!?」と不安も抱いていた。
名座礼は、豪華な部屋に通された。
「広い!とにかく広い!城なのか!?城なのかここは!?」と誰に言うわけでもなく、心の中でうろたえていた。
豪華な装飾が施されたテーブルに、イス、名座礼は居心地悪く座った。
横でさっきのメイドさんが「お茶でもいかがですか?」と聞いてくれたので、出してもらうことにした。
しばらくして、紅茶のようなお茶が出てきたので、一口飲み、ここに来るまでの経緯を思い出していた。
名座礼 肯定はサラリーマンである。
彼の専門は機械設計であり、技術者であった。
中小企業に勤めている彼の仕事のスケジュールは実にタイトだった。
朝は就業時間より1時間前に来て働き始めていたし、帰りは日付が変わることもしばしばだった。
大企業の下請けをすることが多く、同時に4つか5つの商品を設計していたことから、打ち合わせ、設計、加工会社の工程管理、組立、調整、出荷検査、設置、ドキュメント作成、発注、受け入れ検査、と仕事の範囲は非常に広かった。
ブラック企業とまではいかないまでも、慢性的な人手不足と他の人間では代われない職種であることから、仕事が集中していて社内の技術者はいつも150%の頑張りで稼働し続けていた。
そんな名座礼が、歯医者に行きたいという理由から夜の9時に会社を出た時、他の社員には「早引きします」とブラックジョークを言って退社したのだった。
ちなみに、この会社の定時は夕方6時なので、全然早引きでも何でもないのだが、彼にとってはとても早い時間の退社で後ろめたさがあったようだ。
歯医者に行く途中、歩道で突然まぶしいと思ったら、次の瞬間あの大広間にいたというわけだ。
はっと我に返り、紅茶が空になっていることに気づく。
メイドはにこにこしながら、「おかわりはいかがですか?」と聞いてくれた。
この子もまだ15~16歳くらい。
「しっかりしているなぁ」が名座礼の印象だった。
ただ、前髪がめちゃくちゃ長い。
顔の半分以上が前髪で隠れていた。
この世界のファッションかな?
・・・
2時間、いやもうちょっとだろうか。
待てども暮らせど、誰も来ない。
そして、メイドはにこにこしてテーブルの横に立っている。
名座礼は暇を持て余していた。
「あのー」そのうちメイドさんに声をかけた。
「はい」気持ちのいい笑顔で答えた。
「今って、何待ちの時間ですか?」
「特に何も待っていませんが・・・」
メイドは少し困った顔で答えた。
「俺っていつまでこうしていたら・・・?」
「いつまででも、お好きな時までいてくださって構わないと先ほど確認してきました。」
メイドは、さっき15分ほど席を外していたようだったが、その間に何か打ち合わせをしていたようだった。
廊下の声は、室内の名座礼にも少しだけ聞こえていた。
ただ、どんなことを話しているかまでは聞こえなかったので、続けて質問をした。
「質問していいですか?」
「はい、わたくしで分かることでしたらなんでも。」
すごく気持ちのいい笑顔。
悪意や敵意がないのはその笑顔から名座礼は感じ取っていた。
「ここって異世界ですよね」
「本日『召喚の儀』でしたから、勇者様から見たら『異世界』となります。」
「俺って要らない子みたいだったので、元の世界に戻してもらえるんでしょうかね?」
「申し訳ありません。わたくしでは分かりかねます。」
「後で誰かに説明ってしてもらえるんですかね?」
「はい、もう一人の勇者様のご対応が終われば、別の者が現状のご確認と、今後についてご説明にあがります。」
「そうなんだ」と思うことにした。
とにかく、すべては話を聞いてからだと、名座礼は思ったのだった。
ところが、その日には誰も説明など来ない!
夕食はあのメイドが持ってきたものを食べ、風呂は室内にあるシャワーを使い、寝るときにはパジャマを支給された。
名座礼は考えた。
「メイドさん・・・そして、夜・・・」と。
何かえっとなもてなしを夜にしてくれるのではないかと、期待たっぷりに考えていた。
時計がないので、体感で22時になり・・・23時になり・・・24時を超えたあたりで気付いた。
「なんにもないな、こりゃ」
誰にも分からないくらい色々考えた挙句、一人で解決した。
邪険にはされていないが、明らかに放置。
次の日も基本待ち。
誰かが来ることもない。
あのメイドも『ご用の際はこちらを鳴らしてください』と言ってベルを置いて行った。
部屋にいるうちは名座礼が話しかけたら、応えるのだが、基本的に彼女から話しかけることはなかった。
名座礼からすれば、2日目は部屋にあのメイドがいない分、気は楽だった。
座っていてもすることがないわけだから、ベッドで横になったり、部屋の中をうろうろしたりして時間を使うことができた。
スマホやパソコンがないというのはこうも退屈なものだったのか。
スマホが開発される前は、人類は何をして時間を使っていたのかと、誰に向けての問いか分からない、どうでもいいことを考えていた。
鈍い名座礼でも、召喚翌日の夕方には理解した。
これは『飼い殺し』なのだと。
召喚はしたものの『要らない子』だったのでどうでもいい。
しかし、どこかにやるのは都合が悪いのだろう。
三食昼寝付きで放置しておいた方がいいと判断されたのかもしれない。
日々分単位のスケジュールで働いていた名座礼にとって、この『何もしない時間』は苦痛になっていた。
スマホもない。
テレビもない。
マンガもない。
何もすることがないのだ。
2日たち、3日たち・・・完全に飽きていた。
食事が出て、他は何もすることがなく部屋にいる。
まるで入院患者の生活だった。
(検温などはないけれど)
名座礼はダメ元で、メイド経由でお願いをした。
国について一切害を及ぼさないので、どこか遠くの田舎でひっそりと暮らさせてほしい、と。
国王も(本当の)勇者の方で忙しかったのだろう、名座礼の希望はすんなり通り、準備期間を経て1週間後には城から出て移住することになった。
「(この国に何があったのかはしらない。だけど、テンプレート通りに俺は国外追放になったな・・・)」
名座礼はここ数日の『強制休暇』により、これまでの生活を振り返っていた。
働き過ぎだった、と。
確かに、彼は物を作ったり、機構を考えたりするのが好きだった。
仕事中だけではなく、家に帰って食事をしたり、風呂に入っていたり、寝る前の時間だったり、少しの時間でも機構を考えていた。
必要に応じてメモして翌日の仕事に活かしていた。
そこまでを『仕事』とするならば、彼は1日中仕事をしていた。
立ち止まって考えることで『働き過ぎだった』と思うようになったのだ。
一応、住むところと当面の生活費は国が出してくれるのだと言う。
とりあえず生きていけるのならば、食べていけるだけで十分だと考えるようになった。




