それは燃え上がるような希望だった
1.世の中にはどうすることもできないことがたくさんある。
災害、疫病、事故。それらの絶望を人は悪魔と呼び、救われるという希望を人は神と崇めた。それは私たちの知らぬ未知なる世界においても同様であった。
2.ノースフレアの地において悪魔と呼ばれた彼はふらふらと歩いていた。
つい昨日まで戦場として人間たちがその命を散らした平原はむせ返るような血の匂いに包まれていた。
「解らんなあ…、人間は。」
彼、デルモニウスには人間達がなぜ争うのか理解できなかった。戦う時の人々は辛そうだし、何より怪我を負うと死にたくないと嘆くのだ。それはきっと楽しくないだろう。
楽しくないことをするという考えは悪魔には存在しない。人間の絶望から生まれた彼等は楽しいこと、幸せなことを求め続けている。だからデルモニウスがその時見た女性を欲するようになったのは必然であった。
3.血で覆われた大地で一人俯いて涙を流す彼女はとても印象的だった。三十を過ぎたくらい、痩せぎすで少しくたびれた印象を与える人だ。
デルモニウスは彼女を見て、なんの根拠もなくこの人間は自分を楽しませてくれると思った。
「あんた、なんで泣いてるんだ?」
優しく話しかけたつもりだったが彼女はデルモニウスを見た途端恐怖の表情を浮かべ、消え入るように言った。
「殺さないで…娘を残していけないの」
デルモニウスは驚いたがそれもその筈、彼の容姿は山羊の頭に人間の体蝙蝠のような羽に長い尻尾身長は2メートルを優に越すこれを見て恐怖しない人間など存在しないだろう。
「殺さない殺さない!あんたが気になっただけだよ。」
彼は両手を振りながら言うと半歩下がり女性と同じ目線になるようにしゃがみこんだ。
すると彼女は安心したのかホッと息をついた後ぽつぽつと話し始めた。
「私はここから少し離れた街で夫と娘と暮らしてたんだけどね、ある日役人が徴兵の旨を伝えにきて、夫はすぐに戻ってくるってわらってたんだけどそれきりよ…もうどうすればいいのかわからなくて…」
声を震わせながら喋る彼女の顔は悲しさと怒りが混じったような複雑な色をしていた。デルモニウスにはその気持ちは微塵も理解できなかったが彼女が困っているということだけは理解できた。
「なあ…」
これから始めることは楽しいことじゃないかもしれない、でもきっとそれを超えた先に輝くような幸せがまっている。この時デルモニウスは自らの直観に信じられないような確信を持っていた。
「困ってるんなら俺が助けてやるよ。何か手伝わせてくれないか?」
人間ならまず信じないであろう悪魔の奇行。それが歴史に大きな影響をもたらすことはそれこそ神ですらわからなかっただろう。
ノースフレア-この世界の大国。北の地にあり、狩猟を中心とした生活を営む。農耕や畜産による食料の備蓄があまり行われないため非常に貧しく、各民族による反乱が絶えない。
悪魔-人々の絶望が体を持ち、意思を獲得したもの。快楽を感じることばかり考えており、人間の脅威にもなるが本人が楽しいことなら人間に協力してくれることもごく稀にある。




