久し振りのスーちゃんはいつも通り
本格的にヒロインの情報が欲しくなって、スーちゃんを頼った。どこかに伝手があったようで、週末にスーちゃんと一緒にご飯を食べることになった。
デポラ、クリスと一緒にディートリヒを守りながらスーちゃんと合流して、近況報告をしながら予約している店に向かって歩いていた。
「来たわ。やっぱりね。次の角で曲がってみましょう」
デポラが彼女の尾行にいち早く気が付いた。さすが。学院の敷地外へ出る時は、門で手続きをしなければならないので、認識阻害ができない。
なので、ついてくるのではないかと予想していたのだ。何事もなかったように角を曲がった瞬間、全員で走り出した。ディートリヒの認識阻害は見破られる可能性が否定できないので、物理的に逃げる計画を立てていたのだ。デポラの指示で道を進んでいく。
「ちょっと、何、この、密偵みたいな!」
こういう事に慣れていないスーちゃんがまともな事を言っているが、デポラはお構いなしだ。
「今よ!」
「はい、は~い」
ディートリヒが自分とクリス、スーちゃんに認識阻害を、私が同じ三人に重力魔法をかけた瞬間、デポラがディーとクリスを身体強化で隣の路地に向かって放り投げた。私は防音魔法をスーちゃんに個別展開。スーちゃんはクリスから伸びた魔法に引っ張られて、おそらく悲鳴を上げながら飛んで行った。
青空が綺麗です。いってらっしゃい、スーちゃん。
飛ばされた先の路地でディートリヒがスーちゃんを受け取ることになっている。当然、男性陣は二人とも自力着地だ。
次にデポラと私にクリスが魔力を伸ばして、認識阻害、重力魔法をかけて、クリスの魔法で飛んでいく。念のため自分にも防音魔法をかけた。ちょっと変な声が出たが、無事にクリスに受け取ってもらえた。
一応ディートリヒがデポラを受け取るために構えていたが、はっきり不要だった。ヒロインが角を曲がって追いかけてきた時に、ちょうど建物が死角になるタイミングを狙っての荒業だ。魔法を駆使して無事に店のお目当ての個室に辿り着いた。
「ああ、もう嫌。この鬼畜集団に会う度、悲しくなるわ!そもそも、私は専門学院から外出するのだから、私だけ現地集合で良かったんじゃなかったの!?」
全員で顔を見合わせた。確かに。巻き込んでごめん。つい計画をしている間に話が盛り上がってしまい、スーちゃんありきになっていた。
「まぁまぁ、スーちゃん。美味しい物食べようよ。今日はディーの奢りだって」
何だかんだ言いながら、スーちゃんはきっちり調べてくれていた。
「彼女はブランケ伯爵家の令嬢で、名前はヒロイン。弟がいて、名前はヒーロ。家格的には当然中央魔法学院は無理だったけれど、ヒロインさんの魔力量がかなり多いので、特例で入学資格を得たそうよ」
「うわぁ」
「奥様が夢見る乙女みたいな人で、小説が大好きなんだって。名前は子どものせいじゃないわ」
「彼女本人もどこかおかしいみたいなんだけど」
「さすがに詳しくはわからなかったから噂程度なのだけれど、彼女は幼い頃から前世の記憶があるとか、未来がわかるとか言っていたらしいわ。それと、最近は学院で素敵な恋をするの!と周囲に言っていたのは間違いないわね」
「…つまり考えられるのは、ディートリヒ様と恋をする未来を見たってこと?」
「そこまではわからないけれど、本当は私たちと同級生になれたはずなのにと落ち込んでいたという話も聞いたわ」
「同級生じゃなくて良かったね…」
「でスね…」
「今一年生にいる令息と知り合いの子がいたから聞いてもらったんだけど、彼女は完全に浮いているらしいわ。同級生とはほとんど交流せずに、授業の時以外は放課後も必ずどこかに行っているみたい」
あれだけ徘徊が目撃されていたのだから、そうなるか。でもまさか、全ての自由時間をつぎ込んでいるとは思わなかった。
「時々食堂や談話室に来た時も、三年生のことを聞いてくるか三年生をじっと見ているらしくて、気持ち悪いと思われているみたいね。更に入学当時には、ディートリヒ様のことだけでなく、殿下やヴェルナー様に、スヴェン、ルイーゼ様、エルのことも聞いていたそうよ。婚約者がいるのかとかね」
「何で私まで!」
「仲良くしているからでスかね?」
「それだったら、イザベラやデポラのことも聞かなきゃおかしいじゃない」
「後、最近はハルトヴィヒ様がディートリヒ様を訪ねてきているのを見たことがあるか…と聞いてきたそうよ。全員知らないと言ったから、何も情報は得られなかったみたいだけれど、気持ち悪いわね」
「ハルトくんまで!?」
「怖すぎるわね。ハルトヴィヒ様を誘拐でもするつもり?」
「単純にハルトヴィヒ様からディートリヒ様に繋げるつもりかもしれないわよ」
「何にせよハルトにはしばらくの間、絶対に学院へ来ないように言っておくよ」
私の天使に何かしたら許さないぞ!
「大まかなのはそれくらいね。詳細は全て書面に纏めてあるから、後でじっくり読んで」
「そうだね。ご飯は美味しく食べなくちゃ!」
その後は折角だから楽しくご飯を食べたけど、やっぱりヒロインが怖すぎる。名前がヒロインだから、自分が恋愛小説のヒロインか何かだと勘違いしているのだろうか。今の段階では、ただのストーカーです。
翌日はデポラと私の部屋で、作戦会議と言う名のお茶をした。ディートリヒはしんどいかもしれないけど、やっぱり一人にしないという解決方法しかなかった。後は部屋に引きこもるしかない。ディートリヒが拒絶をすれば早い話だけれど、どうするのやら。
また教室にヒロインがやって来た。即座にディートリヒを認識阻害をしようとしたら、手で制止された。どうした、ディー。
「ディートリヒ様、彼女はブランケ伯爵家のヒロインさんと言います」
普通に紹介を受けてしまっているけれど、どうする気なんだろう。紹介されてしまうと、今後も話しかけられてしまうぞ。
「一緒にお食事でもいかがですか?」
ほら~。既に食事にまで誘われてしまっている。
「悪いけど、君と話をするつもりはないよ。じっと見てきたり、待ち伏せされたりしてうんざりしているんだ。僕の視界に入らないでくれるかな」
おっわーーーー!ディートリヒにしては随分思い切ったな!!言われた方も驚きすぎて目玉がこぼれ落ちそうだ。びっくりするくらい冷たい顔をしている。
「な、なんでそんなことを…」
「なんで?それに答える義務はある?自分で考えなよ」
バッサリだわ。空気を読んだルイーゼ派閥の令嬢が、さっさとヒロインを教室から連れ出した。教室が静まり返る中、ベルンハルトが動いた。また、とんちんかんなことを言うのかな。
「ディー、さすがにきつ過ぎじゃないか」
「ストーカーにはあれくらい言わないと駄目でしょ。ハルトのことまで調べていたみたいなんだ」
「ハルトまで?やばい奴じゃないか」
「前から言ってたでしょ、やばい奴だって」
「…そうだな」
意外にまともな会話をして、ベルンハルトは席に戻った。
教室は一気にざわついた。ディートリヒを狙っていることは周囲も知っていたが、ハルトくんのことまでは初耳だったからだ。
そうなるともう噂は一気に広がり、ヒロインは三年生全員にやばい奴認定をされて、避けられるようになった。元々避けられていたから、同じと言えば同じなのだけれど、警戒度がはね上がった。あの鈍感ベルンハルトでさえも避けるようになったらしい。
「ディーにしては頑張ったね?」
「ハルトにまで手を出されたら堪らないからね。でも、しばらくの間はどう出てくるのかがわからないから、部屋に引きこもることにするよ」
「そうね。それがいいわ。退屈したらエルやクリスさんを部屋に呼べばいいのよ」
「そうだね。デポラもいつでも駆けつけるよ」
「なんで私まで!」
その後、ヒロインの徘徊や待ち伏せはおさまったようだった。食堂でも姿を見かけなくなった。スーちゃんに確認してもらったところ、授業にも出てこなくなっているが、特に誰も気にしていないそうだ。三年生の噂は、一年生にまで広まっていた。談話室が同じだから当然か。
友達がいない小説のヒロインはいないと思う。これで現実に目覚めると良いんだけど…。一応ディートリヒは一人にならないように気を付け続けたが、引きこもるのはやめて毎晩のコーヒー談義を再開したそうだ。早速買い置きリストと、再入荷を希望する商品のリストが渡された。




