侯爵令嬢は緊急招集をかけられる
冬休みまで後二日。最近は雪も降り出したが、昨年に比べるとずっと少ない。充実した秋は終わるのも早かった気がする。今年は父が何を考えているかを探る目的で、お兄様と領地に帰ることにしている。
情報収集をした結果、少し気になることもあった。それを三人でじっくり話したい。
それに今年は、王妃陛下がハルン侯爵領とノルン侯爵領に遊びに来ることもわかっていて、準備もあるし戻らないわけにはいかなかった。
理由は、ハルン卿によってハルン侯爵家の評判が落ちすぎていることについて、注意すること。一カ所だけではあからさまなので、じゃあノルン侯爵領もみたいなおまけだった。
どちらにしろあからさまだし、ハルン侯爵領とノルン侯爵領はかなり離れているので、そんなこと言わないで欲しかった。
親戚なんだから、ガロン侯爵領でいいじゃないか!!
楽しい冬休みになる気がしない。トラブルなしで、雪遊びしたかった。今年もクリスは寮に残る申請をしたと言っていたし、絶対に楽しく過ごせたのに。
授業中にクリスの通話機が鳴り響いた。緊急連絡用の音だ。教室を抜け出したクリスは、青ざめた顔で戻ると先生と少し話をして、荷物を片付け始めた。
心配したコタローがクリスの頭に飛び移ったが無反応で、そのまま教室を出て行ってしまった。
何があったのだろう。心配だ。次にベルンハルトに緊急連絡がかかり退出、私とデポラの通話機も鳴った。これは…。デポラと荷物を持って教室を出た。
私とデポラにかかってきたのはダンジョンギルドからの緊急招集連絡だ。
内容は、北の辺境伯領にあるダンジョンからモンスターが異常発生して、地上に湧き続けてしまっているので、それの対策に協力して欲しいというものだった。但し、モンスターがBランク以上のため、Aランク以上に限っているとのことだった。
普段ダンジョンにいるモンスターは、ギルド員によって定期的に間引きがされているのでそのような事態は起きない。モンスターがダンジョンから溢れてきた場合は、対応の早さが重要になる。外に出たモンスターを素早く駆除し、ダンジョン内に閉じ込めつつ徹底的に間引くのだ。放置すればするほど、強力なモンスターが発生して間引きが難しくなる。仕組みはよく分かってはいないが、これは誰でもが知っている常識。
地上に湧き続けているとなると、単純に数が多いだけではなく、既にダンジョン内は恐ろしいことになっているはずだ。
「クリスさんが心配だから男子寮に行ってくる」
「わかった。私は部屋に戻って、サラと一緒に騎士方面に情報が入っていないか聞いてみるわ」
男子寮に向かいながら、知り合いのギルド員に発信をしまくった。誰も出ない。きっと皆も情報の確認をしているはず。間にイザーク様からも通話が来た。
「エルちゃん、北の辺境伯って…」
「そうです!クリスさんのご実家です!」
「一応聞くけど、行くつもり…?」
「状況によっては考えています!また連絡します!」
驚いているフレドリクを放置して、クリスの部屋に突撃した。しばらく一緒に暮らしていたのだから、今更だ。
クリスはオロオロとフラウと一緒に荷造りをしていた。コタローもどうしていいかわからずに一緒にウロウロしていた。
「クリス!荷造りはフラウに任せて、私たちは殿下の所へ行きますよ。情報はどれだけ入ってきています?コタロー!フラウは頼んだわよ!」
返事を待たずにぐいぐいクリスを引っ張っていく。
「…ダ、ダンジョンからありえない数のモンスターが…、それでカントリーハウスと一緒に町が孤立して…、そこには、か、家族と、志願して残ってくれた彼女が…」
ショックが大きすぎて、クリスの足下がおぼつかなくなっている。
「か、か、えってくるなって…。逃がした、弟を、頼む、って」
殿下の部屋にも突撃した。止められそうになったので、それらしいことを言う。
「北の辺境伯、嫡男を連れてきました」
「どうぞ、こちらへ」
殿下に呼ばれたと勘違いしたのか、執務室に案内された。
「殿下!状況を教えて下さい!」
「エルヴィーラ…。何故?」
「クリスさんは北の辺境伯です。何か情報は入っていないのですか」
「…騎士団が対応していたが、人数が足りずにダンジョンギルドへ救援依頼を出したそうだ。現場から抗議も来ていて、国としてこの対応がどうなのか協議中だ」
「詳細は?」
「いや、まだ…俺は待機命令を受けている。勉強のために前線へ行くことになるかもしれないと言われている」
「そうですか。早く情報を集めて下さい。あと、地図を」
座って連絡を待っていただけのベルンハルトに、自ら情報を集めるように迫った。地図もベルンハルトの部下に用意してもらって、確認した内容を記載していってもらう。
ベルンハルトが通話で詳細を確認しているのをジリジリしながら待った。記載されていく内容が私でもわかるくらいによくない。
最初に対応に出ていた騎士たちは何をしていたのだ。憔悴しきっているクリスとは手を繋いだままにしているが、どんどん冷たくなっていっている。心配だ。
イザーク様とお兄様がベルンハルトの部屋にやって来た。ベルンハルトが通話しながら戦況を書き込んでいる地図を見てイザーク様は顔を顰めた。
イザーク様はそっとクリスの肩に手を置き、通話を始めた。ベルンハルトの通話は終了したが、イザーク様の邪魔をしないために静かにしている。懸命な判断だ。
「おう、久し振りだな。今回の北の辺境伯、どうなってんだ。騎士団が出ていて何だこの体たらくは。・・・・・・、あー、なるほどな。それでか。最悪だな。・・・・・・、えっ?エーリヒが現場に?そうか、ありがとう。・・・・・・、そうそう。可愛い子にお願いされちゃ断れないだろ?・・・・・・、ああ。わかってるよ。また連絡する。ありがとう」
「エルちゃん、このまま国に任せたら北の辺境伯は終わるぞ」
イザーク様が物騒なことを言った。
「どういうこと?」
「実績が欲しいだけの馬鹿が部隊長になっている。出世に響くから団長へ救援要請を出さずに、どうにもならなくなってからダンジョンギルドにだけ要請したんだ」
「最悪だな!」
そんな小細工すぐに露見する。会話を聞いていたクリスが震えだしたので、思わず抱きしめた。
「イザーク様・・・」
「・・・わかってるよ」
イザーク様が優しく頭を撫でてくれた。よし、イザーク様がやる気になってくれた。これなら何とかなる。
「エル、何人集められる?」
「全員に着信を残してる。今は連絡待ち」
「エーリヒが最前線に派遣されている。エーリヒとなら、大丈夫だよな?」
エーリヒは私とお兄様に魔法を教えてくれた先生で、一緒にダンジョンへ行ってくれた仲だ。元々イザーク様に紹介してもらったので、面識がある。
私に転移魔法を教えてくれたお師匠様でもあるので、かなりの遠距離でも二人がかりならちゃんとしたのを作れると思う。まさか今回の件に巻き込まれているとは思わなかったが、不幸中の幸い。イザーク様に頷いておいた。昨年の夏休みに研究した成果を見せよう。
「連絡を・・・ガロン侯爵領で」
「わかりました」
「誰か、魔法師のエーリヒと通話できる通話機を貸して下さい」
私の通話機は折り返しの通話を逃さないために、使いたくない。誰か知らないが、ベルンハルトの使用人から通話機が差し出された。お兄様も誰かと通話を始めた。
「クリス、孤立している人がどれくらいいるか知りたい。領と連絡を取ってくれ」
クリスは反応できなくなっている。このままではダメだ。肩を掴んで目線を合わせる。
「クリス!嘆くのも悲しむのも全部後!やれること全部やって、それでもどうしようもなかった時に考えよう!今はその時じゃない!!」
クリスがはっとして顔を上げた。
「そうよ、クリスが今頑張れば、助かる人がいるんだよ!」
クリスは顔をキッとあげて、滲んでいた涙を乱暴に拭った。
「わかりました」
とりあえず、クリスは大丈夫だ。エーリヒに通話をかける。凄い訛ってるけれど、クリスの力強い声が聞こえる。
「あ、エーリヒ?エルヴィーラです。北の辺境伯へ応援を送りたいのですが」
「エルちゃんが?・・・気持ちは嬉しいけど、反対だ。部隊長が最悪なんだ。善意で応援に来てくれた人を捨て駒にすると思う。こちらには碌なのがいないし、僕らは言いなりなるしかないんだ」
現場にいる人からも言われているのか。
「それ以上の権力を使おうと考えているので、権力については気にしないで下さい」
「じゃあ、期待しても良いんだろうか。ただ傍観しているのは嫌だな。助けたい」
「そちらからガロン侯爵領のダンジョンギルドまで転移魔法を作って欲しいのですが」
「対はエルちゃんだよね?」
「ええ。そのつもりです」
「わかった。エルちゃんとなら創れそうだね。魔石もいるから…明日の昼までには用意するよ。今から準備に取りかかるから、また後で打ち合わせをしよう」
「はい。私たちが行くまで、持ちこたえて下さいね」
「ありがとう。こちらは問題ないよ。腑抜けた奴らが充分に距離を取っているからね」
お師匠様、私頑張りますからね!




