今年こそ秋の味覚を楽しみたい
学院での授業が再開した。ベルンハルトはイザベラの周囲をうろつかなくなったが、何故かディートリヒを介して、ベルンハルトに続きの間に呼び出された。
嫌過ぎてディートリヒにお願いしてついてきてもらったが、睨まれることなく迷惑をかけて申し訳なかったと謝られて、とても驚いた。
その後ちょっと話を聞かされたけれど、自分の行動を反省するもので、これからはちゃんとディートリヒの話を聞いて、軽率な行動は取らないこと。令嬢の事情についてはディートリヒにもわからないことがあるので、何か思うことがあれば遠慮なく言って欲しいと言われた。
豹変ぶりが逆に怖い。ベルンハルトの初恋?は終わったみたいだけれど、何故私がベルンハルトに相談を?意味がわからない。
親しくした覚えはないんですけど。ハーレムを築いていると言われているディートリヒなら、令嬢のことも自然と情報が集まるだろうし、私はいらなくないか?
曖昧な返事をして逃げた。はい。
周囲にも今までにはないくらい態度を軟化させて、真面目に令息令嬢との交流を深めているそうだ。
このままなら冬休みにじわじわ悪評を覆すかもしれない。王子としてはやっとまともになったなと思うけれど、悪評にまみれたままでいて欲しかった。完全に個人的理由だけど。
態度が軟化しているのに、ルイーゼ派閥の令嬢たちはやや距離を置いているように思う。
さすが婚約者候補に選ばれただけあって、シーズンに流れた噂から、本人の態度が軟化したとしても貧乏くじのままになる可能性に辿り着いたのだと思う。裏で動いていた数の暴力に気が付いたのだ。
この国では国政に関わるのがよろしくないと判断され、婿入り先も見つからなかった王子は、王都からかなり離れた伯爵領を王家より貸し出される。
家格としては低く扱われるため、上流貴族が出入りする社交場には基本参加ができないし、領地収入も豊かとは言い難い。
しかも、貸し出しは三代までと決まっているので、それまでに子どもたちは婿入りしたり、嫁に行かないと貴族ではなくなってしまう。
今の婚約者候補はそもそもが嫁入り予定で選ばれているので、領地の貸し出しになる可能性が高い。そして、婚約者候補に選ばれる家格の人たちは、上流貴族かそれに近い人たちだ。
普通の貴族で考えると、わざわざ中流貴族でも下の方に落ちたくない。というわけで、貧乏くじ扱いになる。
考えても仕方がない。そんなことより、今年は秋の味覚を楽しむのだ。ぶどう、梨、栗、さつまいものスイーツ。何でも美味しく感じる秋だ!
最近は自分で作るのに飽きてしまっていたこともあって、せっせとマーサが作ってくれている。ノーラもきのこ料理などの秋の味覚を意識したメニューにしてくれているので、大満足だ。
ちょっと体重が増えたのは、気にしない。健康、それが一番だよね!
スーリヤに頼みたいことがあると言われて、デポラも一緒に個別鍛錬を予約した。
二年の夏休み明けから、座学と演習は午前中だけになって、個別鍛錬の時間が増える。
なので、日替わりでお兄様、イザーク様、クリス、イザベラ、バルナバスさんなど、色々な人と鍛錬ができて面白い。
これは基礎は教え終わったから、専門学院での授業に備えて勝手に実力を伸ばしておいてねっていう、雑な感じだからだ。
専門学院での魔法演習や剣術演習は突然本気度が上がる。成績が将来の職に直接関係してくるのと、真剣さの足りない令嬢が授業からいなくなることで、授業のレベルがあがるから。
何か本当に酷い学校。魔法学院いらなくないですか。
スーリヤとは敬語なしで話す仲にはなったけれど、私たちの間にはまだちょっと遠慮がある。
「実は、困っていることがあって助けて欲しいのです。デポラにエルヴィーラ様に頼むのが最適だと教えて頂いたのですが、ご教授願えないでしょうか」
「えええ、何?そんなに畏まらないで、スーリヤさん!」
デポラがスーリヤの後ろで笑っている。
「スーリヤ、エルって呼んじゃいなよ。エルは気にしないから」
「いえ、それは…」
「え、そうして!私はスーリヤお姉様って呼びたい!」
「やめて!凄い老けた気がする!!」
素のスーリヤが戻ってきた。お帰り。
「えーーーー。スーリヤお姉様ぁ…」
「それだけはやめて!!」
「じゃあ、スーちゃん。どうしたの?」
スーちゃんが衝撃的だったのか、スーリヤが何も言えなくなっている。デポラは残念そうに声をあげた。
「エルは最初、私の事をデポデポって呼ぼうとしていたのよ。ネーミングセンス最低でしょ?今回はスリスリかと期待してたのに、残念だわ!!変態みたいで面白そうだったのに!」
「言いたい放題だな、デポラよ!散々言われてきたから慣れてるけど!」
「…スーリヤ、で」
「スーリヤお姉様」
「スーちゃんでいいわ…」
スーリヤが諦めてくれた。えへん。
スーリヤはスキップで魔法学院を卒業したいと考えていることを知った。卒業試験に受かれば、三年間通う必要はない。本当に魔法学院いらなくないか?
社交デビューを果たしていて、ベルンハルトに興味がないならもたもたしている場合ではない。正しい判断だと思う。私もそうしたい。無理だけど。
座学は問題ないが、魔法に不安があるそうだ。一応ここは魔法学院だし、魔法は一定以上の実力がないとスキップで卒業できない。ちゃんと三年通えば誰でも卒業できるんだけどね。
「なるほど…。スーちゃんの得意魔法は?」
「一応火魔法よ」
「そう?何か違う気がする。一応全部やってみせて」
スーリヤが真剣な表情で魔法を使い出した。火魔法、風魔法、水魔法、土魔法…。正直、どれもこれも微妙にしょぼかった。あと少しで一組だったとはいえ、納得の二組だった。
「うーん。スーちゃん、想像力が足りていないと思うな。それに、手の先からしか魔法を出そうとしていないよね?」
「えっ?どういうこと?」
「魔力は全身を巡っているの。怖いからやりたくないけど、目から炎も出せるし、頭から噴水みたいに水も出せるんだよ」
スーリヤは本当に知らなかったみたいで、驚いている。
「エル。わかりやすいけど、何その例え。笑わす気?」
いやいや、真剣です。なので、デポラはスルー。
「スーちゃんは、折角全身を巡っている魔力の、手の分しか使っていないんだよ」
「知らなかったわ。家庭教師が手の魔力を使うって教えてくれたもの」
「それは駄目駄目家庭教師だね!」
「今は弟の家庭教師をしているの。すぐに変えるよう連絡するわ!!」
「それが良いと思うよ。スーちゃん、魔力の巡りがわかりやすいように、抱きついても良い?」
「いいけど?」
スーちゃんの豊満な胸にダイブ!何ですか、これ。ふかふかなんですけど。ぐりぐりしたい!ぐりぐりする!
「真面目にやれ!!」
デポラにぐーぱんからの、違うぐりぐりをされた。地味に痛いよ。
「補助するから、一番自信のある魔法を使ってみて~。胸からはやめてね。見てみたい気もするけど」
「するわけないでしょ!あぁ、凄い。しっかり全身に魔力を感じるわ」
「そうそう、やっちゃって~。全身の魔力を使って魔法を使うっていうのを意識してね」
デポラによると、三倍増しくらいの炎が出たそうだ。ふかふかを堪能していて見るのを忘れていた。
「自分で意識してやってみよう!」
私が補助しないと三倍増しにはならなかった。変な癖を直すには、正しい方法で繰り返すのみ!
スーリヤがとても真面目に取り組みだしたので、横でデポラと激しめの鍛錬を始めた。魔法は加減して、剣をしっかり鍛えてもらった。
「デポラのウテシュ伯爵家って本当に凄いのね」
スーリヤは今日、驚いてばかりだ。完全にデポラに遊ばれていたからだと思う。実力差が半端ない。
スーリヤは感覚は掴んできているみたいなので、後は炎を見たり、水を見たり、風を感じてみたりとかして、イメトレを頑張るように言っておいた。イメトレ大事!
これから週一はこの三人で個別鍛錬をすることになった。明日はイザーク様、バルナバスさんと研究。次はお兄様とイザーク様とイザベラ。更に次はディートリヒに水魔法を鍛えてもらう。
予定で一杯。ご飯もスイーツも美味しいし、充実した秋最高。
適当に理由をつけては、イザベラと続きの間にも行った。ディートリヒもよくいるので、お兄様と四人で会話をすることが増えた。
私たちは邪魔者なので、匙加減をディートリヒに任せてほどほどに二人で会話をできるように調整している。自分じゃ上手にできる気がしないから、ディートリヒ様々。
お兄様も以前ほど私に過剰反応をしなくなってきている気がする。良い感じなんじゃない?イザベラも楽しそう。




