まずいお茶
父が日時を指定して今回の社交シーズンで集めた情報を交換する日をもうけた。本当に嫌。今まではあまり社交に参加していなかったから免除されていたが、今回は無理だった。
事前にお母様やお兄様と入念な打ち合わせをした。聞いてくるのはおそらく、ベルンハルトのことだと結論づけた。
今年の社交シーズンはこの噂ばかりだった。お母様はご婦人の、お兄様は令息の、私は令嬢から集めた情報の報告会だ。
「どんな噂が一番多かった?」
重苦しい雰囲気で、お気に入りの紅茶さえ不味く感じる。
「ベルンハルト殿下の悪い評判が一番多かったですわねぇ。公爵家から流れているものも多いようですが、他からもたくさん悪い評判が出ているようです。それで、王妃陛下の力でも消し切れないようでお困りでした」
お母様はおっとりした雰囲気と聞き上手で、情報を集めるのを得意としている。特に聞いた時の驚き方がいいらしく、噂好きの人たちは自慢げにお母様に話しまくるのだ。
私は驚き方の練習をお母様から受けているが、まだまだだと言われている。天然の振りして絶妙に聞き出すお母様凄い。
「令息は?」
「令息の間でも殿下の評判はかなり悪くなっています。学院での立ち振る舞いが影響しているようですね。ベルンハルト殿下が泥船になるのではないかと、今シーズンはレオンハルト殿下と懇意になろうとしている令息が増えています」
お兄様がベルンハルトは既に令息から泥船扱いだとアピールする。私は既に令嬢が逃げたと追い打ちをかけると打ち合わせ済み。婚約者候補の令嬢たちは実際既に逃げまくっているから、嘘じゃない。
「令嬢は?」
「婚約者候補たちも同じです。既に大半が逃げています。シーズン中に更に辞退者が増えるのは確実です。名前を残しているだけの方もいますし、実質今も殿下にアピールをしているのは、ルイーゼ様の派閥にいた令嬢か、普通にしていては殿下と知り合えない家格の方ばかりです」
父が考え込んだ。おそらく、自分が仕入れてきた情報と同じなのだろう。ベルンハルト泥船アピール計画です。
「公爵家とハルン卿は殿下の対応に恨みを持っている節があった。他はどうだ?」
この質問も想定通り。
「ゲルン侯爵家は、ベルンハルト殿下とは距離を置くつもりのようです」
「ガロン侯爵家のディートリヒ様も、今年に入ってから徐々に殿下と距離を取っています。最近では学院内でも一緒にいることが少なくなっています」
理由は言わない。事実だけ。
「公爵家と三侯爵家から見放されたか…」
多分そこまでじゃないと思うけど、ここは皆でスルー。
お父様はゲルン侯爵家やガロン侯爵家関係者とは親しくしていない。私たちが言わなければ詳細は入手できないのだ。
全員で従順なふりをしているけれど、鞭で打つ父に協力的であると思う方がどうかしている。
「このままエルヴィーラを泥船に乗せておくのは危険ではないですか?我々だけが殿下を支持している状況になりつつあり、強引に婚約者にされる可能性があります。今のままでは、王太子になる確率は低いのではないですか?」
お兄様が本題に切り込んだ。そう、私を婚約者候補から辞退させた方がいいと父に提案すると決めたのだ。
今シーズンのベルンハルトは悪評が多い。公爵家だけでなく、令嬢が積極的に噂をばらまいている。それには私とデポラも一枚噛んでいる。イザベラの名誉を完全に挽回する良い機会だし、スーリヤたちの今後にもいい方向に働く。
ベルンハルトの悪評が充分に広まり、自然とイザベラの評価が上がった。イザベラは今度こそ婚約者候補から辞退する。
それにしても、皆本当に仲良しだわ。でも、そのお陰で今なら私も穏便に辞退できるかもしれないと三人で考えたのだ。デポラも頑張れって言ってくれた。
勿論、最近ベルンハルトが態度を改めだしていることは内緒だ。一部ではその話も出ているだろうが、数の暴力で完全に悪評が上回っている。令嬢を敵に回してはいけない。
公爵家はルイーゼと、公爵家そのものの評判を取り戻すためにベルンハルトの悪評をさりげなく流している。今も婚約者候補に残っている派閥の令嬢たちについて、考えが及んでいないところがさすが。
あそこはルイーゼ至上主義。公爵家のこともあるし、それどころではないのだろうけれど、ここはうまくいっても相打ちだろうとお母様、お兄様と話した。
「イザベラはどうなんだ?」
おっと、私に聞くの?
「殿下のつきまといに迷惑しているようです」
「エルヴィーラ、しばらく殿下とは距離を保て。不用意に近付くな。殿下がイザベラに飽きたら、すぐに知らせろ」
えぇー。辞退するって言ってよ。飽きるってなんだ。イザベラはいい子だよ!息子の嫁にしようとしているくせに、何て言い方だ。
「かしこまりました」
「それから、ヴェルナーに協力して、イザベラとヴェルナーが会う機会を増やせ。ディートリヒからは情報を集めつつ、近付いて仲良くしておけ」
「かしこまりました」
解散になった。お兄様の部屋で、ノーラの淹れてくれたお茶に、マーサのタルトで反省会だ。
「駄目、だったわねぇ…」
久し振りにお母様ががっくりきている。
「無念であります!」
本当に無念。解放されてお祝いのお茶にしたかった!!
「充分な材料だったと思うんだけど、何が足りないんだろう?さっきの報告会の内容だけで考えると、殿下にエルを差し出す旨みはないよね?」
「恩を売りたいだけなら、とりあえず辞退を告げて、王家に固辞された方が恩を売りやすいわよねぇ?」
「いやいや、固辞されたくないんだけど!」
「わかってるよ。そこはイザークにも協力を頼んで、実際に辞退する予定だったんだから」
「そうよねぇ…。前から気になっていたんだけれど、エルちゃんが王妃になったとして、どうしたいのかしら?」
この国では王妃に発言権は特にない。支えるだけで、全ては陛下次第だ。陛下は王妃陛下を溺愛しているからこそ、発言力が生まれている。ベルンハルトと私が結婚しても、そんな関係になるとは思えない。
「普通に考えたら、父親としてちょこっと発言権が強まるくらい?」
「…何だろう。エルを使って殿下を操ろうって感じでもないしなぁ」
「そうだよね。私が殿下を操るとかないわー」
ベルンハルトを操るのは魔王の専売特許だと思う。
「まぁ、エルちゃんのことを好きになりすぎたら操れるかもしれないけれど、そんな指示はしてこないものね」
「気持ち悪いこと言わないでよ、お母様!」
寒気がするわ!!
「二人の子どもにちょっかいを出す気かな?」
お兄様、ますます気持ち悪いこと言わないで。
「そんな気長な計画だと思う?」
「そうだよねぇ。ノルン侯爵家に権力をって感じでもないし、むしろ自分がって感じだし」
「他に欲しい物があるのかな?私が殿下と結婚することで父にいいことって何?」
「……」
「わからないなぁ」
知人はたくさん増えたが、最終的にはがっかりな社交シーズンが終わった。良かったのはイザベラが無事にベルンハルトから逃げ切ったことくらいだった。
大きなパーティは全部で三回。最初はお兄様、二回目はイザーク様、最後はディートリヒにエスコートをしてもらって、評判を上げた。ハルン侯爵家はともかく、イザベラが他の侯爵家に大事にされていることを示せたからだ。
中規模でどうしても参加が必要なものはハルトくんや一応婚約者候補になっている伯爵令息のエスコートで乗り切った。
ベルンハルトの動きに不安はあったが、中規模は家格が低めの伯爵令嬢も参加できるので、知り合いの令嬢総出でフォローしたのだ。ここでも数の暴力で勝利をおさめた。
婚約者候補からも辞退され、完全に振られたことくらいはわかるだろう。




