俺様が控えめって気持ち悪いよね
「容赦ないな!」
続きの間から無事に出られたので、思ったことを口にした。
「そう?むしろちょっと甘やかしちゃったよ」
「あれで!?」
やはり魔王、恐るべし。
「うん。自分で考えさせるつもりだったのに、全部教えちゃったし」
「まぁ、それは確かに・・・」
「それに、ベルンは鈍感にできているから、明日には元通りになってるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。生まれた時から王子だと、引くくらい前向きか鈍感とかじゃないと、周囲に色々な思惑の人がいる中でやっていけないよ」
「それは、そうかもしれないけれど・・・。そんなに鈍感なの?」
「たかが側近候補と言われている僕でさえ、笑顔を貼り付けなきゃやっていけないんだから、並の鈍感じゃないよ」
「それって王子としていいの?」
「だからあの王妃陛下がいるんだよ」
「なるほどー」
王妃陛下は気配り凄いもんな。っていうことは陛下も鈍感に育っているのか。教育方針が鈍感っていいのか。
「王妃陛下のことは、王妃陛下のことだけには敏感な陛下が守っているからね」
凄く納得した。そこだけ敏感か。全部鈍感だったらどうしようもないもんな。
気が付いたら部屋の前だった。知らない間に部屋まで送ってもらっていたし、私はディートリヒの腕を取ったままだった。しまったー!認識阻害もしていない!明日が怖い!!
「あ、ありがとうございました」
「うん?どういたしまして」
そう言って、ディートリヒは爽やかに帰っていった。イケメンかー!!さりげなく寮まで送り届けるその手腕、イケメンか。明日怖い。誰にも見られていませんように。
翌日、確かにベルンハルトはいつも通りに見えた。ディートリヒは今日も私の隣にいる。ベルンハルトはチラチラチラチラこちらを見てくる。終わったんじゃないの?
ディートリヒが周囲に聞こえないように声を潜めて耳元で話し出した。二人で内緒話だ。
「勢い余って、公衆の面前でイザベラ嬢に謝罪から言い寄る可能性が捨てきれない」
「なるほど!わかった。私、イザベラと一緒にいる!」
「そうそう」
「・・・そういえばさ、殿下はイザベラのどこを好きになったんだろう?」
「あっ、聞くの忘れてたね」
「聞いといてよ」
「そうだね、一応聞いてみるか・・・。正直、そんなに興味ないけど」
「酷いな!興味持ってあげて!親友でしょ」
「そうでもないよ」
いや、どう考えたって一番仲いいでしょうが。
普通にディートリヒが聞いたら教えてくれたらしく、私にも教えてくれた。
「イザベラ嬢が予約を入れなくなってから、ずっともやもやしていたんだって。話も碌にしたことないのに、変な話だよねぇ」
「激しく同意する!」
「自分から話しかけるくらいには気になっていたみたいだよ。話しかけたら、よそよそしかったんだって」
「そりゃそうでしょう」
助けが必要な時にスルーされて、必要なくなってから来られてもなぁ。むしろ邪魔。ベルンハルトに本当に気に入られていると知られれば、慎ましい人たちは勝手な思い違いで手を引いてしまう可能性がある。どう考えても邪魔だな。
「何とか会話を続けようとしていたら、スーリヤ嬢がやって来てイザベラ嬢と楽しげに立ち去った時、凄くショックを受けて、どうしてショックを受けたのか、自分なりに考えてたんだって」
「スーリヤさんはやっぱり姉御肌だ!きっとイザベラを助けに行ったんだよ!」
何か誇らしくなって、ふふんっと胸を張った。
「・・・スーリヤ嬢に対しては、それほどショックを感じなかったんだって。でもイザベラ嬢にはそうじゃなかった。もしやこれが好きということか・・・って逆に質問された」
「知るか!」
「本当にね。ただ、これだけこちらを見てくると、さすがに気持ち悪いよね」
「うん。気持ち悪い。皆不気味がってるよ」
「困ったなぁ・・・」
「魔王で何とかしてよ」
「うーん」
ついにベルンハルトがこちら側に話しかけてきた。私はもちろん、イザベラもスーリヤも最大警戒だ。
「・・・その・・・」
それだけ言って、心が折れたのか立ち去った。何がしたかったんだ。デポラも不思議がっていた。
「俺様が控えめって、心底気持ち悪いわね」
デポラも容赦ないな!同意するけど。デポラ、不敬罪って知ってる?私が言える立場じゃないけど。
デポラとゆったりティータイム。最近ディートリヒといることが多くて、私の中でデポラが足りない!
「殿下は何がしたいの?最近こっちを見過ぎよね?皆怖がっているわ」
「私にもわからんです」
「ディートリヒ様を見てるわけじゃないよね」
「うん。そこは」
「何か、知っているのね?」
「ふぶぅ」
飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。危ない。
「最近エルは、あえてイザベラ様と一緒にいることが多いわよね?」
「ででで、デポラ様、それ以上私を追い詰めないで」
デポラがにやりと笑った。
「いいわよ。今回は見逃してあげる。マーサのタルトをよろしく」
「かしこまりましたぁ」
さすがに人の恋心かもしれないものを、勝手に話すのは憚られる。大人しくマーサのタルトを献上しよう。
それからもディートリヒは私たちと一緒にいて、私はイザベラの側にいた。ベルンハルトは寄ってきては離れていく。最近では、ちゃんと令嬢たちとも向き合ってご飯を食べるようになったらしく、周囲が騒がしくなってきた。
ベルンハルトは夕食の後、一人一人の元も含め婚約者候補に面会依頼を入れ、今までの自分の態度を謝っているそうだ。凄い進歩だ。どうやら裏でディートリヒが後押しをしたらしい。
「こっちに寄ってきていた気持ち悪い行動は、謝ろうとして謝れなかったみたいだよ。まとめて謝ろうなんて雑なことをせずに、一人一人にちゃんと謝れって方向性を変えただけだよ」
魔王は本当にベルンハルトを操るのが上手だな。
デポラ情報によると、イザベラの部屋にだけかなり居座っていたそうだ。何考えてんだ。迷惑だって教えてもらっただろ。すぐにディートリヒに報告しておいた。イザベラの許可も得て、最近婚約者候補を絞るべく令息と会うようにしていることも伝えた。つまり、邪魔すんなと言ってくれと言いたいのだ。
魔王は正しく理解したようで、ベルンをぎゃふんと言わせておくねと言っていた。通話機の向こうに、悪い笑顔のディートリヒが見えた気がする。ちょっと楽しんでいませんか。
ランニングの時にそれとなく確認したが、イザベラは嫌っているとはっきり言わないが、完全にベルンハルトに対する興味を失っているのは私でもわかる。
イザーク様が絞った人の中からいい人が見つかればいいと、私もデポラも本気でそう思っている。空気を読まないベルンハルトは、全員に謝罪を終えると令嬢集団に話しかけつつ、イザベラに話しかけたいと思っているのが丸わかりだった。
本当に俺様が控えめって心底気持ち悪い。堂々と話しかけて、あっさり振られればいいのに。けけけ。はっ、いかん。魔王に浸食されている。
これは、私が黙っていても勘のいい人ならわかるだろう。思った通り、既にデポラとスーリヤが気が付いたのか、さりげなくイザベラを逃がす方向でフォローするようになった。姉御二人は素敵だ。
何かよくわからないけれど、周囲も一緒になってベルンハルトを阻止しようと動いている。特に話を合わせたわけでもないんだけれど、イザベラがベルンハルトと婚約してイザベラが幸せになる様子が、誰にも想像できなかったのだと思う。私もそうだ。自然にこちらの結束力が爆発している。
今までのベルンハルトの行動が、皆をこうさせているのだと思う。ちょっと謝ったくらいでは誰も信用できなかったということだ。残念だったな、イザベラは諦めろ!




