ベルンハルト対策会議
三人で続きの間で夕食を食べ始めた。
「それで、殿下が何故エルちゃんに話しかけたのかはわからないんだな?」
「うん。逃げることしか考えてなかったし」
「ディートリヒ、巻き込まれたついでに聞いておいてくれ」
「はい。ただ、おそらくイザベラ嬢とスーリヤ嬢のことを聞きたかったのだと思いますよ」
「何で?二人は殿下にしたら、もう関係のないご令嬢だろう?」
ディートリヒは簡潔にスーリヤが婚約者候補を辞退した時の話をした。
「それは気持ちのいい話だな。そこまではっきり言われたことなんて、なかったんじゃないか」
いい気味だと言わんばかりに、イザーク様は晴れやかに笑った。
「残念ながら殿下は意味が理解できなかったんですよね」
「捨て身の攻撃が無傷なんて、スーリヤさんもがっかりだろうよ!」
ディートリヒの顔が僅かに歪んでいる。
「まぁ、一応本人なりには考えてはいたみたいですが、決定的だったのはセレモニーでイザベラ嬢に話しかけた時、今までと態度が違っていたことみたいですね。スーリヤ嬢だけかと思っていたら、イザベラ嬢も?と思っていたところに、スーリヤ嬢がやって来て、二人が親しげにしていたそうです」
「それに、何で私が関係するの?」
「エルヴィーラ嬢が理由がわかっているような発言をしたので、聞きたかったのだと思われます」
「カフェか。あの時のカフェなのか。あれは失言だったのか。一時のすっきりで大惨事ではないか!」
ディートリヒの顔がかなり歪んでいる。どうした?
「ディートリヒ様が教えてあげればいいじゃない。どうしてかわかっているでしょう?」
「ま、まぁ、ある程度は。でも、本人が気が付かないと意味がないと思って、自分で考えるようにと突き放しました。このままでは手遅れになりそう・・・なので」
「じゃあ、考えたけどわからないからエルちゃんに聞こうとしたのか」
「そうでしょうね」
「馬鹿だな」
「面倒くさい」
「・・・否定はしませんけど。今日のように僕の目を盗んで今後もエルヴィーラ嬢を追いかける可能性はありますね」
「とばっちり!」
「拗らせ過ぎだろ」
「昔から向き合ってきませんでしたからね。良い機会かと思いまして」
ベルンハルトにも魔王な一面を覗かせているのか、ディートリヒが引き攣ったような笑顔を浮かべた。
「小姑が向き合うのを邪魔していたようにも思うんだけど」
「・・・ああ、あれは・・・仕方なく。あの頃の殿下は話しかけてくる令嬢を嫌いの分類にさっさと入れて遠ざけてしまうもので。それでは将来的に困るので、令嬢たちが殿下に嫌われない程度に調整していただけですよ・・・」
「小姑大変だなっ!」
「エルちゃん、さっきから気になっていたんだが、心の声もそのまま話しているぞ」
「おっと、失礼。いや、失礼しました、ディートリヒ様」
「・・・いいよ。面と、向かって、言われ、た、のは、初め、てだ、よ。ふ、ふふふふふふ。ダメだ、もう我慢できない!」
ディートリヒの笑い上戸が発動したようだ。何とか笑いを堪えようとしているが、無理のようでどんどん顔が赤くなってきている。
「何だこれ?」
イザーク様がもっともな質問をした。
「ディートリヒ様は笑い上戸なんです。ツボがどこなのかは未だによくわかりませんが、時々発動しています。本人の気が済むまで放って置くしかないですよ」
「そうか」
切り替えの早いイザーク様は、本当にすぐに放置した。不気味な引き笑いを聞きながら食事をすることになった。
「・・・はぁっ、失礼しました」
ディートリヒが現実世界に戻ってきた。結構時間がかかったな。そんなに面白いことあったかな。
「今日はディートリヒに連れ帰ってもらうとして、今後はどうする?」
「一応再度釘は刺しておきますが、どうでしょうかねぇ。僕としては自分で考えて欲しいので、エルヴィーラ嬢に聞こうとするなら全力で阻止しますが、殿下は単純なところがあるので、決めたことを実行しようとすると思いますね」
「面倒だな」
「ええ。自分で考えて欲しいんですけどね」
「不本意だが、頼んだぞ。俺たちじゃずっとついていてやれないからな。あんまりエルちゃんを怖がらせたら、それこそヴェルが殿下の暗殺を考えかねない」
「えっ?」
「ヴェルは重度のシスコンだ。やりかねないぞ」
ディートリヒが目に見えてどん引きしている。私も一緒にどん引きしている。暗殺て。
「そんなに・・・なんですか?」
「ああ。たぶん、今ディートリヒが想像した十倍は酷いぞ」
「なるほど・・・。覚えておきます」
「・・・僕がエルヴィーラ嬢と一緒にいるのが一番確実ですが、それだと僕がヴェルナー様に暗殺されるのですかね?」
「そうだな・・・。ディートリヒ相手なら、すぐにでも暗殺計画を立てそうだな」
真面目な顔で言わないで、イザーク様!
「困りましたね・・・」
「また後で連絡する」
「そういえば、どうしてイザーク様はここに?」
疑問だった。扉を開けた時から私の名前を呼んでくれたし。
「あぁ、クリスが見かけて通話してきたんだ。ヴェルを呼んだら血の雨が降りそうだから、何とかしてくれって」
「・・・クリス!いたなら助けてくれたら良かったのに!」
「辺境伯では殿下を止められないし、適切な判断だったと思うぞ。そもそも心配して追いかけたら、殿下だけ出てきたから様子を見に行って、ディートリヒと二人でいるところを見て通話をくれただけだし」
「クリストフルもヴェルナー様のシスコンぶりを知っているんですね」
「冬休みにな。良かったな。クリスが考えなしだったら、今頃どうなっていたか」
「・・・そうなんですか」
お兄様、拗らせ過ぎ。居心地がいいから放置していたけど、そろそろ兄離れを考えないといけないな。そうしないと、お兄様が永久に結婚できない気がしてきた。父が無理矢理させるだろうが、重度の拗らせシスコンが旦那様になるなんて、相手が可哀想過ぎる。
食事を終え、今日は寮の部屋までディートリヒが送ってくれることになった。
「この時間は警護の関係で、ベルンが外に出ることはないから、心配しなくていいよ」
さりげないが、ゆったりとした足取りで私のペースに合わせてくれているのもわかる。泣いてさえいなければ、できる男、ディートリヒ。
「そこも気になるけど、他の人に見られて噂になるのもなと思って」
「うーん。時間帯的にも問題ありか。認識阻害しておくよ」
「ありがとう。そうだ、私にも認識阻害の魔法を教えてくれない?自分でできたら、怖い思いをしなくて済むし」
「まぁ、そうだけど・・・。水魔法得意だったっけ?」
「ん-。完璧にできるかどうかはともかく、少しでも認識阻害が自分でもできると思えば、安心感に繋がるし。毎回走って助けを求めるのもね」
「そう。じゃあ、今度の個別鍛錬を二人の名前で予約しておくよ」
「ありがとう。お兄様は断っとく」
「・・・ストレートに話さないでよ。僕は暗殺されたくないからね」
「大丈夫だよ、適当に嘘つくから」
「いや、それが怖いんだよ。バレバレの嘘とかつかないでよ」
「信用ないな。わかった。デポラにどんな嘘がいいか相談してから断る」
「それなら安心だよ」
「酷いな!」
「前科があるだろう?通話機を目の前で使っておいて、持っていませんとか。あんな嘘ありえないからね」
「あははははは!・・・その節は失礼いたしました」
「本当にね」
ベルンハルトに会うこともなく、無事に寮の部屋に辿り着いた。
「今日はありがとうございました」
きっちりお礼はしておこう。かなり迷惑かけたからな。ディートリヒは爽やかに帰って行った。




