侯爵令嬢は再びストーカーに…?
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
ベルンハルトが追いかけてくる。続きの間での個室籠城を目指すが、ベルンハルトの足が速い、速すぎる!お兄様と今日も約束していないし、色々と非常にまずい。このままでは扉前の廊下に辿り着くことさえできずに追いつかれる!!まずい!!
誰も見ていないのをいいことに、最速で階段を駆け上る。もうパンツ見えてもかまわん!踊り場にディートリヒの姿が見えた。
「ディ、ディートリヒ様ぁぁぁぁぁ!!!助け、助けて!水魔法使って、隠してぇぇぇぇぇぇ」
間髪いれずに魔法で認識されにくくしてくれた。前にもこんなことあったな!!息を殺してディートリヒの後ろに隠れた。触れておくことも忘れない。息も切らさずベルンハルトも階段を駆け上がってきた。
「ディー!エルヴィーラは!?」
ひぃぃぃぃぃ、怖い。思わずディートリヒの背中に張り付いた。
ディートリヒは無言で階段の上を指さした。ベルンハルトがそのまま駆け上がる音が聞こえて、ふと止まった。そのまま行けよ!何で立ち止まった!
「まさか、認識阻害?前にもこんなことあったよな?」
「そうだね。嫌がる女性を追いかけるのは良くないと思うよ。アルフォンスにそう言ったのは誰だったっけ?」
「ぐっ・・・・・・」
渋々ベルンハルトは元来た道を引き返していった。
「それで?今度は何?」
ベルンハルトが怖すぎて涙出てた。安心したら、更にポロポロ出てきた。ディートリヒが大慌てしている。ディートリヒは相変わらず泣いた女性の扱い方がわからないようだ。
「こ、怖すぎるぅぅ・・・」
オロオロしているディートリヒを放っておいて、とりあえず気持ちのままにメソメソした。
「あああ・・・、そんなに擦っちゃダメだよ。・・・鼻水も出てるし・・・」
そんな解説いらん!わかっとるわ!一生懸命すすっているわ!
困ったディートリヒが自らハンカチを出して色々拭いてくれた。安心感で涙が止まらない。
私の手を引いて続きの間へ歩いて行くので、渡されたハンカチで、せめて鼻水だけでもと思って隠した。誰かに見られたら、ディートリヒが可哀想過ぎる。鼻水と一緒にいるなんて!
当然だけど、待ち合わせをしていないので誰もいない。ソファに座って、すぐに箱でティッシュを渡された。盛大に鼻をかんで、涙を拭き、気分的にもちょっと落ち着いて来た時に、飲み物を出された。ハーブの香りがする。ディートリヒが注文したのか。
「それ飲んで。気分が落ち着くよ」
なるほど。大人しく飲んでいたら、専門学院側の扉が勢いよく開いた。
「エル!」
「イザーク様!!」
駆け寄って問答無用で抱きついた。安心感半端ない。引っ込み始めていた涙がまたいっぱい出てきた。
気が付くと、個室でイザーク様の膝に座っていた。向かいにはディートリヒがいて、凄い真顔で座っていた。冷静になると、何だこれ。怖すぎて泣きすぎたわ。二人ともごめん。
「お、落ち着きました・・・」
やっと声を絞り出せた。
「さっきと同じハーブティーでいい?」
ディートリヒがやはり真顔のまま聞いてくる。結構怖くてびくっとしてしまったら、イザーク様が安心させるように腕に力を入れてくれた。
「ええ。ご迷惑をおかけしました・・・」
言いながら、イザーク様の膝から降りようとしたら、イザーク様が離してくれなかった。安心感も居心地の良さも抜群なのですが、冷静になるととても恥ずかしいので離して欲しい。勝手に抱きついて、散々泣いたくせにわがままでしょうか。
「使用人に見られたくないのですが・・・」
小さく呟くとイザーク様が降ろしてくれた。すみません、何から何までと思ってイザーク様を見上げたら、めっっちゃくちゃ怖い顔をしていた。怖すぎて小刻みに震えた。イザーク様って、そんな顔できたんですね。怖い、怖いよぅ・・・。
ディートリヒが大きなため息を吐いた。それはもう盛大に。
「イザーク様、エルヴィーラ嬢が怖がっていますよ。僕も事情はわからないと言っているじゃないですか」
イザーク様が顔をこちらに向けようとしたので、見たくなくて手で押さえてしまった。
「おいおい、そりゃないだろ、エルちゃん」
「だってさっきの怖い顔見たくなぃぃぃぃぃ」
「わかった。悪かったよ。エルちゃんに怒っていたわけじゃない」
「誰に怒ってたの?」
「え?ディートリヒ」
「え?何で?」
イザーク様と見つめ合う。見つめ合う、見つめ合う・・・。
「誤解がようやく解けたようなので、お茶を飲みましょうか」
ディートリヒがお茶を注文した。
お茶の良い香りがする。落ち着くわぁ。
「それで、何であんなに泣いてたんだ」
「そうですね、僕もそれが知りたいです」
「殿下が話しかけてきたので、それとなく逃げようとしたら逃げられなくて・・・。怖すぎて走って逃げたら凄い形相で追いかけてきて」
「「・・・・・・」」
二人の盛大なため息がかぶった。二人の目線が先を促すように動いたので、仕方なく続きを話す。
「それで、殿下の足が速すぎて追いつかれる絶望感と恐怖感で一杯だった時に、ディートリヒ様に助けて頂いて」
「・・・それで?」
「逃げている時から泣いていたみたいなんですが、安心感で涙が止まらなくなりました」
「ディートリヒ、悪かった」
イザーク様がディートリヒに頭を下げた。
「・・・いえ、わかって頂ければ・・・」
言いながらディートリヒは体から力を抜いた。
「お二人にはご迷惑をおかけしました・・・」
「いい、俺には謝るな。エルちゃんは昔から殿下を怖がっていたからな」
「殺されるかと思いました」
「・・・なんで?」
「顔が怖いんだから、仕方ないだろう」
「ベルンの?」
驚いているディートリヒに頷いて肯定する。
「初めて会ったときは、顔を見ただけで泣いてたもんな」
「そうですね・・・」
遠い目になった。父に連れていかれた王城で、この人に殺されるんだと思って泣いたなぁ・・・。イザーク様とお兄様がいなかったら、非常にまずいことになっていたと思う。二人に感謝。
それ以来、父にベルンハルトと会うことを強要されない限り、避けた。強要された時はお母様も含め、誰かに必ず付き添ってもらった。それぐらいどうしようもなく怖かったのだ。繋がれた手を強く握って、お母様のスカートに隠れた。
睨みつけている様子なんて、どう見ても殺人鬼の形相にしか見えなかった。殺人鬼を見たことがあるわけではなかったけれど、私の脳内イメージとぴったりだった。
皆はイケメンだと言うけれど、世のイケメンがあれなのだったら、皆と美的感覚が違うのだと本気で思っていた。デポラが同意してくれるまで、ずっとそう思っていた。あんなに怖いのに貴族令嬢の責務として、普通に話しかけられる人たちを尊敬した。
魔法を頑張って自分に自信をつけ、お兄様がくれた防護魔法のブレスレットを身に付けて、ようやく睨んでいても耐えられるようになった。それもここ数年のことだ。学院でそれなりに話をする機会があり、意外と大丈夫かと思い出したところの今日だった。
「どう考えても今日のは無理ですね。ついに私を殺しに来たのかと・・・」
思い出しただけで体が震える。
「いや、それはないから」
ディートリヒは即座に否定した。
「エルちゃんの勘はよく当たる。俺は殿下にそう思わせる何かがあるんだと思ってるよ」
イザーク様 、優しい。
「エルヴィーラ嬢はどうしてそこまで殿下のことが嫌いなのかと思っていたのですが、そういう理由があったのですね」
「まぁ、理由っていうか、生理的に無理っていうか・・・」
「あぁ、うん。納得したから無理に話さなくていいよ」
「もう落ち着いたか、エルちゃん。いい時間だから一緒に夕飯を食べよう」
「えっ、もうそんな時間?」
「そうだよ」
「ノーラたちに連絡しなくちゃ」
「ディートリヒはどうする?」
「元々ここで食べるつもりだったので、ご一緒していいですか」




