侯爵令嬢は無意識に呪いをかける
自分が実際に剣を習うようになって、自分が今までどれだけ何も考えていなかったかに気が付いた。
私の周囲にはイザーク様という素晴らしい逸材がいるので、個別鍛錬の時にガン見するようになった。真似はできないと思うけれど、何かを得たいし勉強になる。
「エルちゃん…。そんなに見られると、照れるを通り越して呪われそうだよ…」
「呪いなんてかけてませんよ!」
「エル…、今回はエルが悪い」
「えっ!?そうなの!?呪ってないよ??」
「自分の顔を見てから言おうね」
お兄様が不憫な子を見る目で頭を撫でてきた。ちょっとわかるようになってきたのに。いや、負けるわけにはいかない。
めげずに呪い続けたおかげか、個別鍛錬でイザーク様やお兄様に勝つ回数が増えた。ふふふん。やればできる子なのだ。
コタローの魔力を吸っている影響か、魔力量もめきめき上がってきている。コタロー自身も活発に動くようになってきた。ユキちゃんも、順調だと言っていたので良かった。
休憩時間に時々、クリスやディートリヒの頭に乗ったりもしだした。楽しいらしい。クリスはまだしも何で魔王にまで。
令嬢たちはディートリヒの頭にコタローが乗っているとたまらないらしく、毎回大騒ぎになる。クリスの時は空気化しているからか、騒がれない。クリス…。
「コタロー…凄く可愛いんだけどね…」
魔王がコタローの可愛いさを無碍にできず、かといって令嬢に囲まれるのに困っていた。コタローが無闇に触られたりしないように気を遣ってくれているので、安心して任せられるのだが、魔王が弱っていて申し訳ない。
「コタロー、あまりディートリヒ様に迷惑をかけちゃダメよ」
「ディー、リヒ、クリスより、高い、楽し」
「……」
キラキラ感想を述べるコタローを前に、ディートリヒは何とも言えない顔をしていたが、はっきりと断れないようなので放置することにした。コタローの楽しさを優先します。
努力しているのを褒めてくれたクリスが、時々演習でペアを組んでくれるようになった。クリスは凄い。さすが辺境伯。
私相手だとクリスの演習にはならないのを分かった上で、丁寧に色々なことを教えてくれるのでありがたい。新しい発見が毎回ある。
お兄様にその話をしたら、個別鍛錬にクリスを呼ぶ提案をされた。演習を邪魔しているお詫びにもなって丁度いいかも。
クリスも快諾してくれて、イザーク様との対戦を始めた。お兄様は防御型過ぎてワンパターンになりがちだが、クリスとは幅広い駆け引きが出来るのでイザーク様も楽しそうだ。
イザーク様が勝つと同時に大袈裟な仕草でクリスに抱きついた。どちらかというと細身のクリスに、ごつめのイザーク様が演劇のワンシーンのように情熱的に抱きついている。
行動が理解できずに反応が遅れたクリスが、体を拘束された状態でぷるぷるしている。その様子が何とも言えず面白くて、爆笑した。
「何の罰でスか…」
その後のクリスは誰に勝っても負けても凄い勢いで逃げるようになった。怖がりすぎ。面白かったのに残念。実力は流石なので、クリスも観察の対象にした。
「…エルさんの顔が怖い…」
「諦めろクリス。一応呪ってはいないらしいぞ」
ひどい、イザーク様。そんなに怖い顔をしているのかな。気をつけよう。笑顔で見るように気をつけてみたら、お兄様にその顔はもっとやめようね。って言われた。何でだ。
一度クリスに勝って、嬉しさもあって普通にクリスに抱きついたら、もの凄く驚いて固まってしまった。その後小刻みに震え出した。
それから一度も勝てない。何故だ…。あれはまぐれだったんですか…。
「エルさんにだけは負ける訳にはいきません!」
「何でだ!!」
「命が大事っス!」
「抱きついたくらいで、死ぬわけないでしょ!」
「死にまス!!殺されまス!!」
クリスはこちらを見ていない。視線の先にはお兄様がいた。お兄様か!シスコンを拗らせ過ぎ!
お兄様が、それはそれは怖いオーラを撒き散らしていた。何か負けん気に火がついた。お兄様からの圧力ごときで全く勝てなくなるなんて、どれだけクリスと実力差があるのだ!
「絶対に勝って抱きついてやる!」
「お断りしまス!」
なんだかんだ言いながらも、クリスは面倒見がいい。クリスはイザーク様とお兄様の対戦の時には解説をしてくれる。凄くわかりやすくて、ぐぐっと実力が伸びてきた気がする。
剣術演習で実力差が開いてきたのを感じたイザベラが、悲しそうにするようになった。美人が悲しそうにすると、心が抉られるような罪悪感を感じてしまう。
クリスの真似をして、その辺で演習している人の動きを解説をしてみた。イザベラも熱心に人の動作を観察するようになった。
二人であれこれ話ながら見ると、演習の休憩時間も楽しくなった。男の人が騎士演習を見に行くのが好きなのが、ちょっとわかった。
ある日、剣術演習の時にはタオルで顔を隠すようクリスに言われた。個別鍛錬の時ほど集中して見ていないから多分大丈夫だと思うのだが、クリスに絶対にタオルを取ってはいけないと念押しされたので従っている。
タオルを取ったら、もうペアを組まないとまで言われた。日焼け防止にもなるからいいけれど、一体私はどんな表情をしているのだ。イザベラにそんなに酷い顔をしているのかと聞いたが、不思議そうな顔をするだけだった。
イザベラの希望で、私たちの個別鍛錬を見学に来ることになった。イザベラもレベルの高い戦いに興奮して見ている。面白いからそうなるよね。剣術演習は基礎鍛錬をしている人が多いから、迫力が違う。
イザベラを信用していない訳ではないけれど、イザベラには本気の魔法を見せないようにしている。ちなみにクリスには冬休みに、ベルンハルトの婚約者になりたくないからこそこそしていることを伝えてある。お兄様が圧迫していたので、絶対に秘密にしてくれると約束してくれている。
見学だけでは勿体ないということで、クリスを相手にイザベラと二人で挑んでみたが、こてんぱんだった。くそう。
ヘロヘロになってしまったイザベラを、私で慣れているお兄様が自然に介抱している。
デポラと一緒に三人で個別鍛錬もして貰った。ダーリンとのデートを邪魔して申し訳ない。ダーリンはお兄様たちと鍛錬してもらっている。
「良くなってきたわね」
デポラが珍しく誉めてくれたので、イザベラと顔を見合わせて大喜びした。貴重なお言葉が聞けたので、今日は二人でお祝いだ!
「基礎はまだ続けるわよ。だけど、エルたちにはこっちの方があっていると思うのよね」
デポラが剣術演習で使うよりも小型の剣を出してきて、使い方を教えてくれた。確かにこっちの方が向いている気がする。
重さもそれほど無いし、扱いやすい。だけどこれって暗殺用とかに使うような…?まさかね。でも、こっちの方が体格に合っていて圧倒的に扱いやすい。
ますます剣術が面白くなってきたが、剣術演習では使わないように注意された。やっぱり人に見られるとまずい代物なのですか。個別鍛錬はこちらの剣に切り替えた。
「エルちゃんは、どこを目指しているのかな?」
「私にもわかりません。イザーク様、やっぱりこれは暗殺用なんでしょうか…」
イザーク様は面白そうに笑うだけで、教えてくれなかった。けち。
ある日、クリスが別館に訪ねてきて、沢山の食材と調味料をくれた。
「実家から送ってきたス」
「こんなにいいの!?」
私が気に入って教えてもらった料理がほとんど作れるようになる。
「こちらでは手に入りにくいスからね。冬休みのお礼と、イザーク様がうちの特産品であるアクセサリーを、いくつかオーダーメイドで依頼してくれたお礼ス」
えっ、いつの間に!!
「前から存在は知っていたみたいなんスが、デザインがダサ過ぎるって言われて。アドバイスもしてくれたんス」
あまり記憶にないが、雪の結晶を魔力で加工した、繊細な感じのものだった気がする。イザーク様のアドバイスなら、素敵なアクセサリーになりそう。
「それで母が大量に送ってきたんス。イザーク様とヴェルナー様に先に連絡したスけど、二人とも自分の分もエルさんに渡してくれって言うので。皆さんで分けて下さい」
なるほど。二人とも料理は面倒だけれど、食べたいのは食べたいんだな。有難く全て受け取っておいた。
後日、クリスとフラウが特に気に入っていたお菓子を作って、男子寮に持っていった。だいたいエントランス兼談話室にいると言っていたが…、いた。
「クリスさん」
「あれ、エルさん。どうしたんですか」
「これ、食べてもらおうと思って」
「まさか…」
「二人とも好きだったでしょう?」
「ありがとうございまス!」
喜んでくれたのか、最後に訛ったな。ふふふん。何か嬉しい。




