侯爵令嬢は無事に逃げた
私たちはクリストフルの部屋にあった残りの薪を回収してから寮に戻った。それでも一週間分もない。
備蓄していた薪は、今現在ちゃくちゃくとルイーゼが無駄遣いしているだろうし、根本解決にはなっていない。とりあえずはいいとしても、この先はどうするつもりなのだろう。
薪を運ぶのを手伝ってくれたクリストフルとフラウに別館の場所を教えて、これから二人が過ごす予定の居間へ案内した。荷物は一階に置いてもいいし、クローゼットにもかなり余裕があることを伝えておいた。
ユキちゃんたち親子も紹介したが、二人を嫌がらなかったので良かった。
荷物を取りに戻る二人をイザーク様が手伝おうとしたが、クリストフルも空間収納を使えるので大丈夫だと言って出て行った。
イザーク様は恐縮するフランツの荷物と、専門学院の寮へ自分の荷物を取りに出て行った。イザーク様はすごく優しいけれど、何て言うかすごい貴族オーラがあるんだよね。恐縮してしまうのもわかる。
それぞれが昼食を作ることになったのだが、当然皆さんに譲られたので一番最初に私たちが調理し食べ始めることになった。
さっきのノーラを見ていたら、そうなるよね。私でもそうするわ。
ノーラとマーサ、ヨアヒムが手早くイザーク様やユキちゃんたちの分も作ってくれた。まだノーラとマーサから冷たい気配が漂っているので、私は怖くて厨房に行けなかった。
その間、お兄様と必要なテーブルや椅子を人数分揃えたりした。
先にフランツと戻ってきたイザーク様に、お兄様と呼ばれた。内緒話?
「昼食を食べたら、薪を調達しにいこう」
イザーク様?あてがあるなら、何故あの時に言わなかった!
「何で今言うんだ?薪を手に入れたとしても、何かと男手はいるだろう?」
お兄様、ごもっともです。
「木を切って、水魔法と火魔法の組み合わせで木から水を抜けないかなって思ったんだよ。理論上は可能だと思う。それで木から水を抜けたとして、それが人にも応用できたらどうする?危険は減らした方がいいだろう?」
「魔法で水分を抜くのか。その発想はなかったけれど、確かに危険な発想だな。拷問とか…色々と嫌なやりようが思い付くな」
お兄様怖い!思い付かないで!
「だろう?殿下は知らされていないだけで既に実用化されているかもしれないが、大勢にその可能性さえ知らせない方がいい」
イザーク様!色々考えていたんですね!
昼食を食べてから三人で外へ出た。今日もそこそこ雪が降っているし、安全面を考慮して案内役はユキちゃんに任せた。
ちゃんとコタローも肩にのせてきた。コタローはノーラが昨日慌てて作ってくれた毛糸のケープをしていて、可愛い。
基本大人しく肩にのっているだけのコタローが寒いのではと気にしてくれたのだ。お兄様とイザーク様はそりで私はユキちゃんに乗せてもらう。
イザーク様も一度ユキちゃんに乗ってみたいと言ったのだが、ユキちゃんが何故か嫌がった。お兄様はよくわかってるね、ってユキちゃんを褒めた。どういうこと?
「ユキちゃんは女の子だから」ってお兄様は言った。???
ユキちゃんが安全な道を選んで、木が多い場所へ連れてきてくれた。切っても大丈夫そうな木を教えてくれて、お兄様がそれを防護魔法の応用で切る。そこから私の出番だ。
イザーク様と相談しながら木から水分を取り除く方法を考えた。イザーク様の発想は素晴らしかった。しばらく試行錯誤したら、簡単にできるようになった。
お兄様が木を切り、それに私が重力魔法をかける。イザーク様が身体強化で寮に向かって木をぶん投げる。流れ作業が完成した。山のことを考えて、広範囲から木を少しずつ間引くようにした。
イザーク様がぶん投げた地点に行くとそれなりの木の量になっていて、今度はお兄様が防護魔法の応用で木がばらけないようにして、私の重力魔法と風魔法で補助してイザーク様がまとめて門に向かってぶん投げた。
イザーク様単体でも飛距離が凄いな。乱暴な気もするけれど、イザーク様が考えることは効率がいい。空間収納にちょこちょこ入れて運ぶより、圧倒的に早い。
無事に門の前まで木が移動したら、イザーク様がベルンハルトに通話を始めた。私はその横で木を乾燥させる。
「薪を調達してきた。……。節約すれば、一旦雪が落ち着くまでは保つ量は確保した。……、ルイーゼ嬢が持っていった分は全てそちらで使えばいい。……、そうだ。……、寮が備蓄していた食材もこちらで引き取ろう。……、そちらには一切行かないから、そちらもそうしてくれ。連絡事項はフランツに頼む」
イザーク様はベルンハルトから、私たち全員が完全に別行動をする権利を勝ち取った。薪も自分たちで調達するし、食料も寮の備蓄をこちらがメインに使うことになった。
どうやって薪を手に入れたか言わずに納得させるなんて、交渉力まであるのか。これであちら側には一切関わらないですむ。やった!楽しいだけの冬休みになりそうだ。
部屋にいる人全員を呼び出して、木のまま引きずって寮まで持って帰った。重力魔法で軽くしているから、女性陣でも平気。雪には不可思議な跡が残って面白い。
ルイーゼも少し前に、大騒ぎと共に連れ出されたそうだ。別館にまで声が聞こえるほどの大騒ぎだったらしい。フランツが遠い目をしながら教えてくれた。
フランツは立ち会っていなかったが、薪の件でフレドリクと話をしたついでに、どういう状況だったのかを聞かされたらしい。
まず、朝の出来事で機嫌を損ねていたルイーゼは、ベルンハルトの入室を拒否した。その為、ベルンハルトが延々と扉の前でお詫びを繰り返すことになった。
段々イライラしてきたベルンハルトを諫めていた護衛までもがイラつき始め、危機を感じたフレドリクは慌ててディートリヒを呼びに戻った。
ディートリヒに励まされながらも根気強くベルンハルトが非礼を詫びて、ようやく扉が開いた時にはもう、ベルンハルトも護衛も我慢の限界を超えていたらしい。ベルンハルトと護衛が強引に部屋の中まで入り込んで大騒ぎ。
暴れる使用人に全員が引っ掻き傷だらけになりはしたものの、無事にほぼ捕縛状態ではあるが全員を運び出すことに成功したらしい。
一応ルイーゼだけはベルンハルトに横抱きで運び出されたらしいが、裸足だったとか。
フレドリクが私たち用にエントランスに残してくれていた薪を、クリストフルが空間収納に入れてフラウと一緒に男子寮まで運びに行ってくれることになった。
御者の人たちが目の色を変えて手伝ってくれたそうで、すぐに戻ってきた。既にあちらでも騒ぎが起こっているのか。可哀想に。
男性陣全員で、暗くなる前に全ての木を薪にしてくれた。またルイーゼたちに持って行かれたらたまらないということで、本館と別館の間にある渡り廊下に薪を積み上げ、本館からは入れないように鍵を閉めた。
ルイーゼの評判は既に最悪だ。薪は普段の使用量から考えると、節約したら二ヶ月分近くあるかも。今日調達しに行ったのとは別の場所へ取りに行けば、三か月は大丈夫そうだ。
夕食は薪のお礼もこめて女性陣で全員分を用意することになった。ノーラとマーサの態度がすっかり軟化していた。落ち着いて良かった。
「クリストフル様は使用人のフラウさんと幼馴染みで、私たちと同じような主従関係を築いておられたのですよ。フランツさんとも一緒に昼食の用意をされていました」
「魔法も使って、積極的に家具の移動も手伝ってくれましたよ」
なるほど。そういうことか。
クリストフルは同じテーブルに全員の料理が並んでいることに一瞬驚いていたが、ノーラやマーサ、ヨアヒムが同じテーブルに普通に座ったのを見て、自分もフラウと一緒に座った。
クリストフルも普段からフラウと一緒に食べていたそうで、ますます私たちとうまくやっていける気がした。
クリストフルたちは、私たちの料理に感激してくれたので、二人も喜んでいた。夕食も話をしながら一緒に食べて、すっかり仲良くなった気がする。
寝る頃になって、空間収納からイザーク様が自分とフランツのベッドを、クリストフルも自分とフラウのベッドを出した。家具はできるだけ避けてまとめたけれど、結構圧迫感があるな。
その後、お兄様の防護魔法が爆発した。まず、寝室と居間に防護魔法を使い、無駄な薪を使わないようにした。それは昨日と同じなのだが、そこからだ。
女性陣がいる寝室を居間側からは見えないようにした。音も漏れないし、居間側からは侵入もできない、ミニ要塞の完成だ。
お兄様は当然のように女性陣側で寝るつもりで、寝室に自分のベッドを移動して二つの部屋を繋げる扉の近くに陣取った。
一応皆子どもの時からの付き合いだけれど、ノーラとマーサもいるんだけどな…。二人は苦笑いして許していた。
イザーク様とヨアヒムはいつものことと全く気にしていなかったが、クリストフルたちはお兄様の防護魔法重ねがけか、シスコンぶりのどちらかに驚いていたと思う。両方かも。




