侯爵令嬢は再会する
門に着くと、立ったまま使うそりを渡された。板の上に立って、板から伸びているT字の持ち手を持ち、風魔法で雪が積もっているところを滑っていくらしい。
「持ち手だけ持って風魔法を使ってくれ。微調整は俺がするから、手だけは離すなよ」
ベルンハルトが話しかけてくるが、目は合わせない。顔が怖いもん。問答無用でそりに乗ることになった。雪が降っていて視界が悪いので、まぁまぁの速さで進んでいく。
「こうやって火魔法を使ってくれ」
ベルンハルトが進む先を火魔法で平らにしていく。雪がなくなって見えた石などを避けて進む方式のようだ。
雪の上をそのまま滑った方が効率が良さそうな気はするけれど、黙っておく。雪には詳しく無いし、重力魔法とか使えと言われたら嫌だ。視界の確保もベルンハルトがやっているみたい。
「はぁ…。何で?どこへ?」
ディートリヒに話しかけたのに、返事はベルンハルトからきた。
「ハルトの乗った馬車が、途中で魔獣に取り囲まれて立ち往生しているんだ。かなり強い魔獣で御者では手に負えないとディーに連絡が来た」
ハルトくんのピンチ、だと…?
「急ぎたいからエルヴィーラ嬢を巻き込んだんだ。ごめんね。僕は火魔法が苦手なんだよ」
天使のピンチ!
「……ぬるい……!!」
「えっ?」
「私が前に詰めるので、二人は私のそりの後ろに片足を乗せて下さい。そりに魔力を流します。早く!」
「あ、ああ」
「私、運動神経が微妙なので、微調整は頼みますよ。後、道案内も」
風魔法を発動して、さっきの比ではない速さにした。天使のピンチに何をもたもたしているのだ!!
「う、ぉ!」
一瞬二人が後ろに持って行かれそうになっていたが気にしない。乗っていられないなら置いていくぞ!あ、道がわからなくなる。
二人とも運動神経抜群なようですぐに慣れたようだ。よしよし。
「右、次の道を右だよ!!」
合点承知!ハルトくんを見送ってから三十分は経っている。急がねば。重力魔法も駆使して道なき道をガンガンに進む。火魔法なんていらねぇ。
時間のロスだ。待っててね、ハルトくん。エル姉様が今行くよ!
馬車の影が見えた。大きな白い魔獣と小さな魔獣に取り囲まれている。ん?この気配には覚えがある。そちらに気を取られて適当にそりを止めたら、ベルンハルトとディートリヒが飛んでいった。あ、ごめん。風魔法で雪の上にふわっと落ちるようにした。
でも、これは…。この子たちは…。考えている間に、一番大きな魔獣が飛びかかってきた。
「エルヴィーラ!!」
二人が魔法を発動しようとしたので、重力魔法で抑えた。ぽんっという効果音が聞こえそうな勢いで、大きな猫魔獣が小さな猫に変わって、私に飛びついてきた。
「エル、アえた…」
「やだ、やっぱり湿地で会ったお母さん?」
「そう、コドモタチ、トオデできる、エル、アいにきた」
足下に子どもたちが集まってきた。全部で六匹。全員無事に育ったようだ。可愛い。
「そうなんだー。でも何であの馬車を?」
「あのナカ、エルの、ニオいする、ニンゲン、いる。エルの、おカシ、ニオいする」
「ああ、ハルトくんと直前まで一緒にいたし、お土産で渡したからか」
「ここ、もうすぐナダレ。エルの、トモダチ、タスける」
「えーーー!ありがとう!!」
お礼のつもりで、なでなでする。
「このヒトタチ、コエ、キこえない」
え、私には普通に聞こえるけれど。何で?
「こら、どういう事か説明しろ」
全身雪まみれのベルンハルトに言われた。木から雪でも落ちたのか、葉や小枝が髪にささっている。髪もボサボサのお陰で表情が見えにくくなってはいるが、ついディートリヒを探す。
呆気にとられたと思われるディートリヒは、尻餅をついた体勢のまま、道の脇に避けられた雪に半分以上埋まっている。私の重力魔法のせいですね。てへっ。
「えーと、すみませんでした」
安全が確認されて、ハルトくんと使用人が馬車から顔を出した。
「つまり、この魔獣とエルヴィーラは知り合いで、ここで雪崩が起きるからハルトを助けようとしてくれたってことだな」
「はい…」
「イソいで、エル、オオきいの、もう、クる」
「降りろ!!」「皆、走って!」
はっとした表情で、ベルンハルトやディートリヒが素早く指示を出した。二人にも声が聞こえているようだ。
ベルンハルトの号令で、全員が馬車から飛び降りた。ベルンハルトはハルトくんを抱え上げて、火魔法で馬車と馬を繋いでいる部分を焼ききってから、猛スピードで走り出した。皆早い。
だんだん私が集団から遅れていっていることに気が付いたディートリヒが、手を引いてくれた。身体強化魔法が苦手ですみません。
途中から足の回転がディートリヒのスピードに追いつかず、気が付いたらほぼほぼ引き摺られていた。ディートリヒ、力持ちだね。
足掻くと却って邪魔をしてしまう気がするので、されるがままにしておこう。さすがに重いと思うので、一応重力魔法で自分を軽くはしておいたよ。全員に追い風も足しておいた。
お母さんたちも併走している。お母さんは一番小さい子をくわえていて、他の子どもたちもしっかりついて来ている。
走り出して少ししてから、雪崩の音が響いてきた。間一髪、パウダースノーが少しかかった程度で全員無事だった。馬はそのまま寮の方角に走り去ってしまった。
「ありがとう!」
お母さんをぎゅむぎゅむ抱きしめる。走りきった男たちの荒い息づかいが聞こえる。
「エル、ナマエ、つけて」
「いいの?うーん、じゃあ、真っ白だし、雪の日に再会したから『ユキ』ちゃん!」
「あーーー」
息を整えていたはずのベルンハルトの声が聞こえた。何だ、センスが悪いとでも?
「…体、何ともないのか?」
「?何とも」
「そうか、ならいい」
何だよ。
「ありがとう、エル。子どもたちも、名前、欲しい」
ユキちゃんが突然すっごい流暢になっているので驚いた。
「魔獣への名付けは、魔力を渡すんだよ。様々な能力が向上する」
へぇー知らなかった。
「じゃあ、この子たちは男の子だから『タロ』、この子は『ジロ』、女の子か…。『サン』に『シロ』、あ、男の子まだいた。『ゴロ』、この子は小さいな…『コタロー』にしよ!」
全員に名前をつけた。ベルンハルトは何故か頭を抱えていて、ディートリヒからは呆れた視線を感じる。
「センス…」
苦しそうな息の間から吐きだしたディートリヒの言葉が、妙に響いた。
帰りが大変だった。馬なしで戻るのはキツい。そりも雪崩に巻き込まれて無い。ベルンハルトが迎えの馬車を手配したが、ただ待っているよりこちらからも歩くことを選んだ。
ユキちゃんが大きくなって、背中に乗っていいと言ってくれたので、お子ちゃまたちとハルトくんと一緒に乗った。
もふもふ…。素晴らしい毛並み。ハルトくんもテンションが上がっている。ところで魔獣って、学院の敷地内に入れるのかな。聞きたくはないけれど、知っていそうな人に聞くしかない。
「殿下ぁー」
「なんだ」
「寮に魔獣って入れていいのですか?」
「申請すれば飼える」
「そうですか。ありがとうございます」
帰ったら、フランツに申請の仕方を聞こう。飼うことになるかどうかはわからないが、いつ来ても良いように申請してしまおう。
三十分ほど歩き続けた頃に迎えの馬車と会えたが、定員オーバーで私とお子ちゃまたちはそのままユキちゃんで移動した。
御者はフレドリクがしてきた。多芸だな。ユキちゃんの声は魔力が一定以上あるか、相性が良くないと聞こえないらしく、フレドリクもユキちゃんの声が聞こえなかった。
ハルトくんは私がユキちゃんに名前をつけてから、声が聞こえるようになったと言う。仕組みがよく分からないが、ハルトくんにも声が聞こえて良かった。
「エル、頼みあって、私、来た」
「なぁに?私にできること?」
「エルに、頼みたい。コタロー、生まれつき、魔力強い。このまま放置、ダメ」
「そうなの?強い魔獣になるんじゃないの?」
「魔力負けて、コタロー死ぬ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「エルヴィーラ、うるさい!」
馬車の窓をわざわざ開けて、ご機嫌斜めのベルンハルトから文句がきた。小さい男め!
「エルに、コタローの、魔力、毎日、吸い取って、欲しい」
「どうやって?」
「コタローと、接触、たくさん吸える、それだけ」
「何だ、それでいいの?いいよ。コタローがそれで助かるなら、協力する」
他のお子ちゃまに追いやられて、端っこにいたコタローを肩にのせた。
「ありがとう、エル、頼って、良かった」
「ハルトくんを助けてくれたしね。これくらいじゃお礼にもならないよ!」
寮に着いたので、馬車組と別れて私はそのままユキちゃんに乗って女子寮へ行った。
寮に戻ったら、ありえない完成度の雪だるまが鎮座していた。えっ、すっごい綺麗に丸いんですけど。球体なんですけど。二人とも器用過ぎて、もはや原形が…。
二人は私がユキちゃんや子どもたちと一緒に帰ってきたので驚いている。事情を説明しつつフランツを探し、申請の仕方を聞いて申請した。
「全部で七匹ですね…」
フランツも驚いていた。




