侯爵令嬢は天使の罠にはまる
当日、ノーラとマーサには気合いを入れて準備をしてもらって、優しいお姉様風に仕上げてもらった。お兄様はノーラとマーサにも探りを入れてきていたが、マーサが適当に誤魔化してくれた。
手続きをして門から外に出ると、既に停まっていた馬車からおめかししたハルトくんが下りてきた。
「エル姉様!」
くそう、めっちゃ可愛いな。何で魔王の弟なんだ。しっかりエスコートをして馬車に乗せてくれた。学院からは歩いて行ける距離なのだが、二人で馬車の中というシチュエーションを大いに楽しんだ。
足が床につかないために、ぷらぷらさせているのも可愛いし、今日連れて行ってくれるカフェのお勧めスイーツなどを一生懸命キラキラした瞳で教えてくれた。
ご飯も食べるのにスイーツの話ばかりだな。天使はスイーツが大好きなのかな。
「ハルトくんは、甘い物が好きなの?」
「はい、大好きです!エル姉様も好きなのでしょう?お兄様から聞きました!」
ぐっ。ディートリヒ情報か。王妃陛下のお茶会でもりもりお菓子を食べていたからか。でも空いたお皿は下げてもらっていたし、制覇したのまでは知るまい。まぁ、実際に好きだからいいけれど。
カフェに着くと、ハルトくんはお兄様に教えてもらって個室を予約しておいたんです!と張り切っていた。初めて予約したらしく、それが更に私の嬉しさを倍増した。
紳士の卵、可愛すぎる!!私が初めての相手で良かったんですか!!
「こっちです」
手を引いて、ハルトくんが個室へ連れて行ってくれる。従業員が微笑ましいものを見る笑顔で扉を開いてくれた。ハルトくん、可愛いもんね。わかるわ。と理解の眼差しを向けておいた。
あれ?個室なのに人がいる。
…?!!!!!!!
何故でしょう。ハルトくんが予約した個室に、ベルンハルトとディートリヒがいます。悪夢でしょうか。
「やぁ、エルヴィーラ嬢。ハルトをここまで連れてきてくれてありがとう」
「違うよ!僕がエル姉様をここまでエスコートしてきたの!」
あぁ、さらっとハルトくんがディートリヒの隣に座ってしまった。ということは、私はベルンハルトの隣ということでしょうか。嫌です。
走って逃げ出したい。お兄様を連れてくれば良かったかも。いや、余計にややこしくなりそう。
「エル姉様、どうかした?」
純粋無垢な顔で見ないでぇぇぇぇ。椅子はベンチタイプで、詰めて座れば三人は座れる広さがある。ええい、ままよ!心に勢いをつけたが、体に勢いはなかった。もの凄い端っこにちょこんと座った。これが今の私の精一杯。
「もっとこっちに来い、落ちるだろ」
ベルンハルトが普通な感じて人の腰に手を回してきて、引き寄せられた。ひぃぃ、今度は近すぎませんかぁ!ってか、さりげなく腰を触ったなぁ!許可無く触るなぁ!許可を求められても触らせないけど!
腹が減った。とベルンハルトがメニューを開いて見始めた。二人に一つしかないんですね、メニュー。
一応私にも見えるように広げてくれているけれど、どんどんめくっていくから何があるのか理解する前にページが変わっている。
思いやりって知ってますか、殿下。
私がベルンハルトに近寄りたくないのを知っているはずのディートリヒが憎い。メニューをまともに見ることも出来ないので、さり気なくディートリヒを睨んでおく。
これくらいは許されるはずだ。ディートリヒとハルトくんはメニューを見ているので、気が付かないだろう。
「ハルトはどれにする?」
「うーん。ハンバーグがいいな」
「この間もハンバーグだったじゃないか」
「美味しかったんだもん」
「ダメだよ、違う物も食べなさい」
「えー」
可愛い応酬が繰り広げられている。こうやって見るとちゃんと兄弟だな。ディートリヒもお兄ちゃんしてる。普段の魔王感も薄い。どうせならと思って、視線を天使に固定した。拗ねてる顔も可愛い。癒やされる。
「決まったのか?」
ベルンハルトが言ってきた。メニューを見られないのに決まるわけないだろ!自分はさっさと決めたのか、メニューを渡してきた。
ぺらぺらと自分のペースでめくって確認する。うーん、どれにしよう。ベルンハルトがいるから、一応マナーに気をつけないとな。口を大きく開かないといけないものや、食べづらいのもマナー的に難易度が上がるからなしだな。
簡単なマナーで上品に食べられるもの…。天使お勧めのデザートも食べたいから、量も少なめで…うん。ドリアにしよう。
食べたいのや興味があるものを選ぶより、マナーから考えた消去法の方が早く決まるなぁ。いつも同じ物を食べるのは嫌だけれど。
「そんなにたくさん食べられるの?デザートも食べるんでしょう?」
お兄ちゃん厳しいな。多い分は食べてあげたらいいのに。お兄様はよくそうしてくれたな。
「俺が食べてやるよ、ハルト。好きなのを頼めば良い」
わっ、こっちのお兄ちゃんが反応した。その怖い顔でお兄様と同じ事言うな。あれ、今日の顔はそんなに怖くないな。
「いいの!?殿下が食べてくれるんだったら、これがいい!」
「甘やかさないで、ベルン」
「いいだろ。腹が減った。早く決めろよ」
ディートリヒお兄様は厳しいので、結局更にしばらく揉めてから決まった。ハルトくんは最終的に自分の意見が通って、にこにこしている。可愛い。でも何でこの二人が当たり前のようにいるんだ。
「ごめんね、エルヴィーラ嬢。ハルトは二人で行きたいって言ったけど、まだ十歳だから保護者は必要だろう?僕たちと一緒の馬車は嫌だろうから、先に来たんだ」
一緒の馬車だったら、回れ右して帰ったな。さっきも帰りたかったし。いくら天使でも、そこは譲れないな。いや、天使だけ部屋に引っ張り込んだかな。誘拐か。保護者が必要なだけなら、ベルンハルトはいらなくないか?
「俺は勝手についてきた」
何だと、ベルンハルト!!何で勝手についてきたんだ。一緒にご飯を食べる相手に困ったりしないだろうが!!
「エル姉様?」
天使の声で余計なことは考えないでおこうと決めた。天使との会話を楽しまなきゃ。二人は空気だ!ここにはいない!
ハルトくんは本当にディートリヒのことが大好きなようで、前に会った時のように、話の間にお兄様自慢を挟んでくる。
「このカフェも、以前お兄様が連れてきてくれたんです。いつも美味しいお店を僕に教えてくれるんです」
「確かに詳しそうね。覚えているハルトくんも凄いわ」
「お兄様はとても優しいんです。気配りも完璧なんです」
「ハルトくんも優しくて、気配りができるものね」
「お兄様は格好いいんです。何でも格好良くこなしちゃうんです、僕の憧れです」
「そう、ハルトくんの憧れの存在なのね。ハルトくんも格好良いわよ」
「お兄様は運動神経がいいので、剣技も凄いんです。僕ができないこともすぐにできるんです。でも、僕ができるようになるまで待っていてくれるんです」
「ハルトくんはできるまで頑張っているのね。凄いわ」
「お兄様は魔法も凄いんです。いつも丁寧に教えてくれるんです」
「ハルトくんは魔法も頑張っているのね」
「お兄様はお勉強も凄いんです。家庭教師の人に教えてもらってもわからなかったのに、お兄様に教えてもらうとわかるんです」
「わからないところをちゃんとわかるまでするなんて、ハルトくんは凄いわね」
「ハルト、お願いだからもうやめて…」
私はちゃんと聞いていたのだが、ディートリヒの心が先に折れたようだ。恥ずかしいよね。目の前でべた褒めされるの。純粋なハルトくんだからこそ、余計に。
天使との会話を楽しみながら食事を終え、次はデザートだ。天使がメニューを開いて解説を始めてくれた。




