侯爵令嬢は姉妹ごっこを楽しむ
「悪いけど、そろそろ僕は失礼するよ」
天使の解説を聞きながらデザートメニューを見ていたら、ディートリヒがそんなことを言い出して出て行った。保護者じゃなかったんかい。
ディートリヒが店を出たのを確認すると、ベルンハルトがとんでもないことを言い出した。
「二人とも、デザートはまた今度だ」
「「えー」」
天使とハモった。
「後で戻ってきて、お土産に包んでもらえば良いから。行くぞ」
強引に腕を引かれて店から出た。触らないで欲しい。私が抵抗できずに連れ去られて行くので、ハルトくんもついてくる。だって怖いんだもん。抵抗できない。
店の外に出ると同時に、ベルンハルトは全員に変身魔法をかけた。視界が変わったので、私の背が伸びたことに気が付いた。
サイズも変えるなんてレベルが高いな。ベルンハルトもハルトくんも別人になっているので、私もそうなのだろう。
周囲にベルンハルトの護衛がいるが、気が付いていないようだ。私たちは、ちょっと裕福な家の夫婦とその子どものような見た目になっているらしい。
「なんで、殿下」
天使の素直な疑問に私も同意を示して、うんうんと首を縦に振る。普段と違って顔を見ることができた。
「殿下はダメだ。パパとママだ」
「えー、嫌だよ」
天使に賛成。何がパパだ。縁起でもない事を言うな。
「いいか、どうやらディートリヒは今から自分の婚約者候補に会うらしいんだ。どんな人か全然教えてくれないし、見たいんだよ。ついてこい」
どこの噂好きのご婦人だよ。強引だな。一人で行けよ。断れないけど。どうせ断れないにしても、このままの状態は嫌だ。
「だったらせめて、ハルトくんと姉弟にして下さいよ。殿下はパパでいいですから」
私の提案に天使が味方についた。
ディートリヒが待ち合わせしているという、別のカフェに着いた。個室ではなく堂々とテラス席にいる。
学院の休みにこんな目立つところでお茶をしていたら、明日には学院中の話題になっているだろう。わざわざ見に行く必要あるのか?
ディートリヒの向かい側には、上品で大人しそうに見える女性が座っている。
あの席を女性側が選んでいたなら、見た目通りの人ではなさそうだけれど、個室に入っていたら見ることもできなかったな。それならベルンハルトも諦めたのに。
ベルンハルトが二人の様子がよく見える席を確保した。ベルンハルトがパパ、私とハルトくんは姉弟になっている。ベルンハルトが満足するまでハルトくんと姉弟ごっこをして、ハルトくんを可愛がろう。
「ヴィーは何にする?」
ハルトヴィヒなのでヴィー。単純だ。ここに来るまでに決めた。
「お姉ちゃん、これ美味しそう!」
ハルトくんは完璧に可愛い弟に擬態した。うっ…何故かディートリヒを感じる。
「あ、ほんとだ。これも美味しそう。あ、これもいいわね」
「ほんとだ、どうしようお姉ちゃん」
「当店のおすすめは、こちらとこちらですよ」
笑顔のお姉さんに、季節のパフェとチョコレートパフェを勧められた。ハルトくんの様子が微笑まし過ぎたようだ。わかる。
「美味しそう…。オススメ…」
ハルトくんの目が、キラキラ輝いている。顔が別人でも可愛い。天使は内面から天使だ。
「両方頼んで、半分こしようよ」
「うーん、こんなにたくさん食べられるかな」
「残った分はパパに食べてもらえばいいじゃない」
ねぇ、パパ、と冷たい目線で言う。
「わかった、食べるから。好きなのを頼め」
私たちはパフェを、ベルンハルトはコーヒーを注文した。パフェの残りなんて、アイスが溶けてドロドロだぞ。頑張って食べるがいい、パパよ。言質は取ったからな。
パフェが来るまで、ハルトくんと姉弟ごっこを楽しんだ。勉強を頑張っていると言ったので、頭を撫でたら髪の毛がさらさらで心地良い。褒めまくった。はぁー、癒やされる。可愛い。天使。
「なにやってんだ、お前ら」
パパうるさい。
「あっちを見てみろよ」
ディートリヒの方を見ると、ディートリヒはお得意の貼り付け笑顔でコーヒーを飲んでいた。女性の方は、ケーキも食べているようだ。二人の会話はここまでは聞こえない。ディートリヒはスイーツ食べないの?
「ディーは興味がなさそうだな。あの女、見たことあるか?」
見覚えはない。首を横に振る。
「お父様の友人の娘です。僕はあの人、あまり好きじゃない」
天使がまさかの発言!天使の表情を曇らせるとは何事だ。ベルンハルトも気になったようだ。
「ディーの見ていないところで意地悪をするのか?」
「ううん。でも、僕はいないみたいにする。お兄様と僕が一緒に居る時でも、勝手に来てお兄様を連れてどこかに行っちゃう」
ハルトくんが拗ねている。この天使を見て存在を無視するなんて、どういうことだ。視力悪いのか!?
パフェが到着した。半分この話を聞いていたようで、二つ注文したのにミニパフェ四つになっている。なんかすみません。でもありがとう。チップはパパからお願いします。
「美味しいね」
「うん!」
天使がいつもの笑顔に戻って良かった。
私とハルトくんが残したドロドロのパフェにベルンハルトが絶句している時、ディートリヒが女性をエスコートしながらカフェを出て行った。
お腹いっぱい。ディートリヒは最後まで嘘くさい笑顔を貼り付けたままだった。仲が良さそうには見えなかったな。
ベルンハルトがパフェを食べるのに四苦八苦しているのを、ハルトくんと実況して遊んでいたら、ふいに視界を遮る様にテーブルの上に手が置かれた。
「みんな、楽しそうだね?」
魔王ーーー!!いつもより更に怖い笑顔!!怒っているのに笑顔だから余計に怖いんだよ!!
「あ、あれだよ、エルヴィーラが見たいって言うから」
嘘つけぇぇぇぇぇぇ。
「殿下、嘘ついちゃダメです」
天使ぃぃぃぃぃぃぃ。
「どうしてここにいるか、教えてくれるかな?」
全員拉致されて、元の店に戻りました。
ベルンハルトの変身魔法は、威力は凄いけれどバリエーションに乏しいらしく、それで魔王に見つかったようだ。
激おこのディートリヒの機嫌を取るため、ベルンハルトがハルトくんに大量のお土産という名の賄賂を用意した。私の分もおまけでついてきた。大量なので、フランツたち使用人と一緒に食べようかな。
ディートリヒには全く効果がなくてお説教が続いていたけれど、私とハルトくんは素直に喜んだ。
二人の周囲は冷気が凄いが、気にせずハルトくんと話をしていた。ハルトくんの帰る時間になったので、私とハルトくんは先に店を出た。
ベルンハルトは縋るようにこちらを見ていたが、無視した。自業自得だ。こっち見るな。怖い。
私とハルトくんが乗った馬車は、二人分のお土産でパンパンになった。空間収納を使わない状態では部屋まで一人で運べないので、ノーラとマーサに門まで迎えに来てもらった。
「またね、ハルトくん」
「はい!今日は楽しかったです!」
天使は笑顔で帰って行った。
後日、ベルンハルトからの恨みがましい目線から耐えることになった。怖いわ。焦点を合わさない必殺技を使い続けなければならず、クラスメイトの令嬢に、遠い目をしてどうしたのかと心配された。
予想通り、ディートリヒが女性とテラス席にいたことが、学院で噂になっているとデポラが教えてくれた。
「何か上品で大人しそうな女の人だったらしいけど、選んだ席から考えると気が強そうだと思わない?牽制しているのよ」
「ガロン卿の友人の娘らしいよ」
「!!たまには役に立つじゃない!赤い髪だったと言っていたし、年頃の女性なら南の辺境伯かな。でかした!!」
酷い言われよう。でも、たまにはデポラの役に立てて良かった。
ちなみに、私がガロン侯爵家の馬車から出てきたのを見ていた人もいたらしいが、それほど話題にはなっていないとか。




