侯爵令嬢は天使の誘いを受ける
連休明けから座学の授業風景が一変した。まず、ベルンハルトの周囲に令息が集まった。窓際の二列目にベルンハルト、隣は以前と同じくディートリヒ、その隣にスヴェン。ベルンハルトの前後も令息で固めていて、令嬢は近くの席を確保することができなくされていた。
イザベラの場合は、弟にまで阻まれていることになるから切ないな。誰の味方なんだ。
デポラに聞くと、連休中に女子寮のエントランスに張り紙がされていたそうだ。当然私は見ていないが、昨日の談話室はその話題で持ちきりだったとか。
ベルンハルトと交流を深めたい人は、昼食と夕食時に時間を取ること。参加者は完全予約制にすること。後は予約方法の説明と、婚約者候補については他の人より回数を増やす優遇内容。
それ以外の時間は、ベルンハルトにも普通の学院生活を送れるよう配慮して欲しいことなどの注意書きがあったそうだ。
予約希望者は各寮受付に申し出ればいいらしい。絶対に申し込まないけどね!
しかも、昨日はディートリヒがわざわざ詳細を説明に談話室へ来て、大騒ぎになりかけたらしい。人気あるんだなぁ。
早速一生の思い出にと申し込む人もいたし、常に一緒にいるはずのディートリヒ目当ての申し込みも多いらしく、割と自由に申し込みができているそうだ。
ディートリヒがお願いする形で、ルイーゼとイザベラが中心になって連休中にスケジュールを作成。今朝にはもう貼り出されているそうだ。
表面上はすっかり穏やかになったが、裏では色々あるらしい。もちろんデポラ情報。
ディートリヒめ、私が言ったことをほぼそのまま実行に移したな。だけど、聞く限りでは婚約者候補たちがあまり優遇されていないようだった。
まさか三年丸々かけて選ぶ気なのか。私が絶対に選ばれない確信がもてたら、いくらでもダラダラ決めて頂いて結構だが、普通にさっさと決める努力をしろと思う。
スーリヤとか、来年には社交界デビューが控えているんだぞ。
ちなみに私がディートリヒにやらかした件は、談話室へ来たついでにディートリヒが上手に言いくるめてくれたらしい。
道理で時々視線は感じるものの、私に視線を向ける暇があるならディートリヒを見たいといった感じに変わってるわけだ。
何をどうやったらそこまでできるのかは分からなかったが、ありがたい限りだ。ディートリヒからは特に何も言われていないけれど、機会があればお礼を言おう。
休憩中も誰もベルンハルトに話しかけることはなくなっていた。それぞれが自分の友人たちと話をして過ごしていたし、ルイーゼとスーリヤも一組に来なかった。
昼食は全員に大注目されながら令息令嬢たちと食べていた。最初は絶対ルイーゼだと思っていたが、違った。
「それは多分、昼食は確実に時間が決められているからじゃない?どうせなら、もっと長く時間が取れる夕食時を狙うと思うわ」
「夕食は無制限なの?不公平だね」
「夕食も同じ時間に決められていたけれど、授業があるわけじゃないから絶対ってわけじゃないでしょう?」
「へぇー。皆色々考えているんだね」
「エルも少しは頭を使いなよ」
「無理無理。興味ないことに時間使うなんてもったいないもん」
私とデポラのやり取りに、周囲からくすくすと笑い声がもれる。守ってもらう必要はなくなったけれど、一緒に気安くご飯を食べるくらいにはなれたみたい。嬉しい。
「今日の夕食はきっとルイーゼ様とね。それで明日はイザベラ様、明後日はスーリヤさんね」
「全部で八人か。令嬢が四人いて、いつもディートリヒがいるから令息は三人しか参加できないし、不利だよね」
「いつもはいないみたいよ。ディートリヒ様目当ての子ががっかりしていたから」
「ついに小姑を卒業するつもりなのかな?」
「さあね。厨房に迷惑をかけないように、日替わりで男子寮と女子寮の談話室を行き来するそうだから、会うのが嫌なら気をつけなさいよ」
「はぁい」
夕食はやっぱりルイーゼで、もの凄く着飾ったルイーゼが男子寮に行くのを目撃した。すぐに気が付いて、別館の影に隠れることができて良かった。これから気をつけなければ。
私はお兄様に会いに続きの間へ行く。たまにはノーラとマーサにもゆっくりしてもらいたいし、お兄様が煩いのもあって、今日は二人で続きの間で夕食を食べる約束をしている。
ノーラとマーサ用に夕食を空間収納のストックから出そうと思っていたのだが、たまには厨房の料理も食べてみたいとのことだったので、後で感想を聞くことにした。
私が持っている通話機は、相手によって着信音を変えることができる。私はお気に入りの作曲家がいるので、その人の曲を設定することが多い。
デポラは優しく楽しげな曲調の『春の女神』。実際私の女神だしと本人に言ったら、きもい、うざいって言われたけれど、本心ではなさそうだった。照れていたから。
イザーク様は明るく軽快な『夏の夜』。これは本人からのリクエスト。夏の夜にデートするといいことがあるそうだ。応援してねって言われた。何を?って聞いたら微笑むだけで、何も教えてくれなかった。
お兄様は包み込むような優しさと暖かさを感じる『雪の降る街』という曲にしている。
天使・ハルトくんと出会って、そういえばと思い出した。魔王の着信音は初期設定のままにしていたのだが、お気に入りの作曲家には『魔王』と『天使』という対になっている曲もあった。
なので、ディートリヒの着信音を『魔王』にしてみた。低音がメインの、魔王の恐ろしさや残酷さをイメージした曲になっている。かかってくることもないと思うけれど、ぴったりだと思う。
続きの間に向かっている廊下で、突然通話機から『魔王』が流れ始めた。焦ってパニックになって、通話機が手につかず、落としてしまった。曲のイメージと重なってより怖く感じた。
拾わなければと心では思っているのに、体が拒否をして『魔王』が流れる通話機をただ凝視してしまう。
誰かの手が伸びて通話機を拾ってくれた。お礼を言わなければと顔を上げたら、魔王本人だった。ぎゃぁぁぁぁぁ!すぐ近くにいるなら、発信しないでよ!
「何でそんなに焦ってるの?それに、何で僕の着信音が『魔王』なのかな」
張り付いた笑顔で拾った通話機を差し出してくれるが、通話機からは『魔王』が流れ続けている。どうする?テーマソングみたいになってますけど。似合いすぎていますけど。
本人が目の前にいるんだし、切るか?悩んでいる間にディートリヒが発信を切った。廊下が静まりかえる。魔王再び、だ。っていうか、ルイーゼと夕食を食べるんじゃないのか?
「何かご用でしょうか」
思い切ってその話題はスルーすることにした。
「スルーする気?まぁ、いいけど。実はこの間ハルトを男子寮まで連れてきてくれたでしょう?ハルトがきちんとお礼がしたいから、エルヴィーラ嬢にまた会いたいって言ってるんだよね」
天使…。可愛いな。お礼なんていいのに。
「それでなんだけど、連休で空いている日はない?ハルトがエルヴィーラ嬢と町のカフェに行きたいんだって」
天使とまた会える!?お兄様とダンジョンに行かない一日は、デポラはデートだし私に基本予定はない。喜びのままに了承した。
「じゃあ今週末、十二時頃にハルトを門の前まで馬車で迎えに行かせるから。ハルトをよろしくね」
ハルトくんと二人でデート!うきうきしてきた。魔王は来ないんだ!天使はどこに連れて行ってくれるんだろう!服は何を着ていこう!?
うきうきしたまま続きの間でお兄様に会ったら、不審がられた。天使のことはお兄様には内緒だ。ついてきそうだもん。二人でデートしたい。
お兄様とダンジョンに行っている間も、うきうきし過ぎて疑われた。ギルド員の人と話をして誤魔化した。今は追求しないで欲しい。二人でデートしたいんだもん!




