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侯爵令嬢は抱きつかれたい

 連休最終日、図書館に行くか、ただ学院を散策しようか迷いながら敷地内をふらふらしていたら、明らかに道に迷った感じの男の子が不安そうにしているのに出くわした。


「こんにちは」

 茶に近い金髪で、大きなくりくりの瞳をした可愛らしい男の子だった。

「!こんにちは」

 恥ずかしいのか、もじもじしている。ぐぅかわ。天使だ。天使。


「どちらへ行かれるの?」

「!あ、はい、あの…。兄様に届け物をしようとしたのですが、男子寮がどこか分からなくなってしまって…」

 学院生じゃなかったのか。この広い敷地で地図も無ければ、迷子になっても仕方が無い。

「まぁ、そうなの一緒に行きましょう」

 手を差し出してみた。勢いで手を繋いではくれないだろうか。だって可愛いんだもん。


「え、でもご迷惑では…」

 そんなことを気にするなんて、ますます天使。言葉とは裏腹に期待にふくらんだ瞳がうるうるしている。可愛すぎる。鼻血でそう。


「大丈夫よ。気にしないで」

「!ありがとうございます。僕はハルトヴィヒと言います。ハルトと呼んで下さい!」

 何処かで聞いたことのある名前だけれど、すぐに何処の誰かを思い出せなかった。誰かを考えるよりも、今の時間を楽しもう。


「私はエルヴィーラよ。エルって呼んでね」

「はい!エル姉様!」

 エル姉様!?何て素敵な響き!!もう、鼻血が出てもいい!もう一回呼んで!!


 手を繋いで一緒に歩いた。ぐふふ。ハルトくんは十歳。すっかり安心して、笑顔満開のハルトくんから可愛らしいお兄様自慢を聞きながら、ゆっくりと男子寮へ向かう。

 天使ともっと一緒にいたい。


 優しくて頼りになって、時々厳しいけれど、それはそれは格好いいお兄様だそうだ。わかる。私もお兄様を人に自慢したらそんな感じになりそう。自慢のお兄様が誰か気になるところだが、行ってからのお楽しみにしよう。


 男子寮の大きな扉を開いたら、受付が女子寮と同じようにあったが、女子寮のようにエントランスはなく、エントランス部分がそのまま談話室になっているようだった。

 何人もいる令息から注目を集めてしまい、ざわついている。天使可愛いもんなぁ。

 天使はちょっと高い受付台に背伸びをしているが、それが更に可愛さを倍増させている。鼻血が…。


「こんにちは。僕はハルトヴィヒと言います。お兄様に会いに来たのですが」

「ハルトヴィヒ様ですね。お兄様から今日来られるとお伺いしておりますよ。呼んで参りますのでこちらでお待ち頂けますか」

「はい」


 そう言って、ハルトくんは嬉しそうににっこり微笑んだ。本当に鼻血出る。天使…。癒やされる…。しかも、大勢の人に注目されている事に緊張しているのか、手をぎゅっと握ってきている。

 あああ、部屋に持って帰りたい。美味しいスイーツとお茶でもてなしたい。頭をなでなでしたい。絶対に癒やされる。間違いない。変態じゃないよ。


「ハルト!」

「お兄様!」

 ハルトくんが私の手を離して、声の主に走っていった。ああ、可愛い。不安だったのね。私にも飛び込んできて抱きついて欲しい。頭をなでなでしたい…。ん?


「ハルトが迷惑をかけたみたいで、申し訳ない。ありがとう、エルヴィーラ嬢」

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!天使のお兄様は魔王!?聞いていた話と全然違う!!

 隣にベルンハルトもいる。ベルンハルトとディートリヒは幼馴染みだから、当然ハルトくんとも面識があるはず。逃げよう。今すぐに!


「じゃあね、ハルトくん」

「ありがとう、エル姉様!」

 凄い笑顔で手を振りながら見送ってくれたが、私の精神の何かが削られた。そうだ、部屋へ戻ろう。


 その後は外出する気にはなれなかったので、お菓子を作ることにした。マーサ秘伝のレシピで、タルトを二台ずつ三種類焼く。一台は自分達用、二台目はフランツたち女子寮の使用人用だ。

 お兄様が別館を要塞化した件で以前フランツにお裾分けした時、一緒に食べた使用人皆が気に入ったらしく、どこのお店の物か聞かれていたのだ。


 手作りと聞いてとても驚いていたが、手に入らないことを嘆いてもいた。最近はほぼ完全にマーサのレシピを再現できるようになっていたので、持って行こう。

 使用人の人達に廊下を通る度に恐縮されて、却ってこちらが恐縮していたし、もうちょっとフランクな関係になれたらお互いに楽なのにという、打算付き。


 全てのタルトが焼き上がったので、お盆に載せて渡り廊下を歩く。お盆で両手が塞がっている。本館の扉をどうやって開けるべきか。一時的にお盆を置く台が、ここにはなかった。むむむ…。

 大声を出すのはどうかと思う。侯爵令嬢が大声は頂けない。ノーラやマーサを呼びに戻るのもなぁ…。


 悩んだ末に、ドアを足でノックした。ノックですよ、ノック。誰か気付いてくれないかな。しばらく蹴っていると、恐る恐るといった感じで扉が開いた。


「すみません、両手が塞がっていたもので。開けて頂いてありがとうございます」

 足で蹴っていたなどと悟らせないために、優雅にお礼を言う。開けてくれた男性使用人は、私の顔とタルトを交互に見た後に、扉を大きく開いてくれた。


「ありがとうございます。フランツはどちらにいますか?」

「呼んでまいりす」

「お待ち下さい。お邪魔でなければこちらからお伺いしたいのですが、ご案内頂けないでしょうか」

 フランツだって、両手が塞がったら扉を開けられないじゃないか。


「使用人部屋になりますが…」

「はい」

 彼はしばらく逡巡した後、フランツの所へ連れて行ってくれた。狙い通り、彼が全ての扉を開いて通してくれた。


「エルヴィーラ様?」

「こんにちは。お休みの所に押しかけてごめんなさい」

「いえ、こんなむさ苦しい所に…、タルト、ですか?」

 フランツの目はタルトに釘付けになっている。前回の、余程気に入ったのだろうな。マーサのお菓子は最高だもん。


「お休みでたくさん作ったからお裾分けしようと思いまして。今回はマーサが作ったのではなく、私が作ったので味は劣ると思いますが…」

「エルヴィーラ様が作ったのですか?」

「?はい」

 今、私そう言ったよね?


「そ、そうですか。ありがたく頂戴いたします」

 恭しくフランツがお盆を受け取った。そんなに気に入っていたのか。味がかなり劣っていたらどうしよう。マーサは大丈夫だって言ってたけど。


 タルトは渡せたし、仕事の邪魔をしたくないのでさっさと戻ろうとしたら、同じ扉が整然と並ぶ廊下を見て、自分がどこから来たのかわからなくなってしまった。タルトを気にしすぎて、周囲を見ていなかった。


「すみません、自分がどこから来たのかわからなくなってしまいました…」

 案内してくれた人に、出口までも案内してもらうことになった。

「ご迷惑をおかけします…」

 今度はしっかり見ていたのだが、もう一度フランツの部屋へ行ける気がしなかった。ここは迷路か…。お礼を言って部屋に戻った。


 数日後、フランツが部屋を訪ねてきた。ノーラが対応していて、通りかかった私が応接室へ入るように促したのだが、勤務中ですのでと断られた。真面目だな。お茶くらい飲んでいったら良いのに。

 先日のタルトは大変好評だったそうだ。良かった。皆からのお礼です、と王都のお菓子をもらった。


 お礼なんてと遠慮していたら、談話室での提供用にお菓子を仕入れるが、予定数量より少なくしか入荷しないことがあり、その場合は提供するわけにもいかず、そのお菓子はそのままにされてしまうことが多いそうだ。

 内緒ですよ、と笑顔で圧をかけて置いていった。私が談話室へ近寄らないのをわかっていて、持ってきてくれたのだろう。ありがたく頂いた。

 たぶんルイーゼ派閥の人数に足りないお菓子なのだろう。彼女たちは何故か、全員同じ物を注文するらしい。


 それから、時々使用人たちとお菓子を交換するのが恒例行事になった。私は最初の時に扉を開けられず悩んだので、使用人廊下と渡り廊下の間にある扉を、先に全開するようにした。

 それからはお盆を取りに戻っている間に、気が付いた使用人の誰かが待機してくれているようになった。


 扉が全開、がこちら側の合図のようになってしまった。申し訳ない気もするが、以前よりもずっと快適に廊下を通れるようになった。お礼を言われるだけなのだが、気さくに話しかけられることも増えた。作戦成功。


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